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425ccにできること! 齢58歳の2CVでパリからシトロエン100周年イベントへ(前篇)

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425ccにできること! 齢58歳の2CVでパリからシトロエン100周年イベントへ(前篇)

「70km/hぐらいしか出ないから、高速道路は乗らない方がいいよ」と、事前にメールで知らされていた。となれば、渋滞しまくる日中のパリ市内を横断なんてとんでもないし、スマホやナビで一発検索したルートなど、まるで使えない。乗り込む前は少なからず不安だった。

ところが、シャルル・ド・ゴール空港から車で15分ほど、オルネー・スー・ボワにある元工場跡地で、1961年製のシトロエン2CV AZLPといざ対面したら、そんな不安は雲散霧消してしまった。あの少しグレーがかった不透明なブルーのボディに、イエローバルブのライト、しかも内装はパープルのストライプのハンモックチェア。フランスの大衆車としてもっとも輝いていたであろう全盛期を思わせる、まさにアイコン的な佇まいの2CVだ。そんな1台が、シトロエン栄光のラリー史を彩るモータースポーツ車両と同列に並んで迎えてくれたのだから、気分がアガらないはずもない。

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チュイルリー公園の下をくぐってジャンヌ・ダルク像を、2CVの窓から望む。PSAグループのオルネー・スー・ボワ工場は数年前に閉鎖されたが、跡地内に元々あったシトロエンの歴代モデルを保存するアーカイブ的スペースであるコンセルヴァトワールは、組織改編で今やプジョーとDSというグループすべての旧モデルを保管する「ラヴァンチュール・プジョー・シトロエン・DS(L’Aventure Peugeot Citroën DS)」の一部となった。予約制ながら大人10€の入場料で見学を受け付けているし、工房では一般のコレクター車両のレストレーションも、また車両がオリジナル状態であることを、リサーチの上で認定する証明証の発行サービスをも行っている。

モンマルトルの丘から、パリ市内を眼下に。それにしても、試乗前に対象車が600~700psとかハイパワー過ぎてビビることはあっても、それらの50分の1にも満たない12psというアンダーパワーがゆえにビビる、という経験はしたことがない。確かに、依頼時に「例えば2CV?」などと、具体的な車種名をリクエスト気味に出したのは自分だったが、チャールストンに代表されるような高年式の602cc、ようは運転の難しくなさそうな仕様を当て込んでいた。1961年式のAZLPは、2CVの市販デビューである1949年から数えてメカニズム的には第2世代にあたる。しかも発進・停止の1速時にクラッチを切る必要はないがクセありと評判の遠心クラッチ付きで、かつ3-4速のトルクに大きな谷間アリ、と評判の仕様なのだ。

セーヌ河岸沿いを走ると、ビル・アケム橋とエッフェル塔はむしろキャンバストップを上げた天井越しに見えてくる。年式も年式なので万が一の立ち往生に備え、もう一人のジャーナリストと相談して日本でも発売されたばかりの最新モデル、C3エアクロスの広報車も借りて、日本から牽引ロープを持っていくことにした。旧コンセルヴァトワールあらため「シトロエン・ヘリテイジ」の広報担当者、ドゥニ・ユイル氏は出発前に、ひと通りのコクピット・ドリルを施してくれた。ちなみにフランス語の「ユイル」はオイルのことで、Lをひとつ多く綴る姓をもつ同氏は、日々ハイドロを含むシトロエンの旧モデルに多数囲まれ、仕事をしている訳だ。

さすがに長い登り坂のような局面は得意ではないが、こなせないことはない。パリを2CVで走り抜けるベタだけど不思議と心地良い初日はおっかなびっくりで動かしながらパリ郊外のホテルに着くことを優先したが、どうせ時差ボケで目が覚める翌朝、まだ空いているパリ市内を2CVで巡ってみた。東の空が白み始めた頃はまだまだ夜気が残って肌寒かったが、太陽が昇り始めてからはあえて屋根を開け放ってみた。

アクセルペダルは床から生えるオルガン式、ブレーキとクラッチは「シャンピニオン(きのこ)」と呼ばれた簡素な形状。はっきりいってパリに住んでいた頃は、パリの街中で2CVを転がすなんて、ベタ過ぎて恥ずかしいと、何の疑いもなく確信していた。ところがいざやってみると、陳腐な言い方だが見慣れたはずの景色が新鮮に見えるというか、2CVの車窓というフィルターを通じて、現実の今のパリより、その昔に本や映画にあったような旧いパリが目の前に現れたような気になってきたのだ。これでボーダーTシャツとベレー帽とエスパドリーユ、あとはバゲットを小脇に抱えたら、いわゆる「フランス人コスプレ」の一丁あがりで、それらのアイテムをひとつも用意してこなかったことを少し後悔した。牽引ロープで頭が一杯だったせいもあるが、「直球のベタ」には、やはりクラシックというか古典となるだけの、根拠というかパワーがあるのだ。

フロアではなくダッシュボードの高さにあるシフトレバー。バックはニュートラルから少し押し込んで左へ倒し、奥へ入れる。加えて2CV AZLPの遠心クラッチは、予想していたよりは面倒くさくない。街中でジワジワと徐行するのに向いていないことは確かだが、進むと決めてアクセルを踏めばそれなりのダイレクト感で繋がる。シフトレバーを左に傾けながら手前に引くと1速だが、何よりこの1速はフル乗車&積載で登り坂のような状況をもカバーするためだろう、とにかく低くて10km/h超で十分に吹け切ってしまう。続く2速は通常通りにクラッチを切って、中立からシフトノブを奧に押し込む。それでも街中の制限50km/hまでの速度域をまかない切るには至らず、3速が要る。3速は手前にシフトノブ&レバーを引くだけで、もっともコツを不要とする。わななくような駆動系ノイズが抑えられ、空冷2気筒エンジンがポロッポロッと謳い出すような陽気なエキゾースト音に感じられるのも、3速からだ。

パイプのフレームにゴムとリングで布を張っただけのハンモックシート。それにしても、500kgにも満たないほど軽い車体と、開発の必要要件に記されていたという「凸凹道でもカゴに入れた卵をひとつも割らずに走り切れるサスペンション」もあって、街で2CVの取り回しは意外なほど、軽快で快適だ。走り出して一度、ある程度の速度域にのせてしまえば、ハンモックシートの大らかな上下動と、豊富にストロークするサスペンションのおかげで、乗り心地は予想していた以上にフラットで柔らかい。計器類は速度計とバッテリー計しかない内装は、今の目で見れば、あらゆるモノが剥ぎ取られたように見えるかもしれない。なのに、これだけミニマルな構成の車内に身を置いて、非力なエンジンを謳わせながら移動することが楽しく、乗っている者を陽気にさえする。「素にして上質」とは、とある老舗の塩昆布の売り文句だが、要件を満たすために用意周到に練られたシンプルさの凄味、そういう滋味を2CV AZLPに感じたことは確かだ。

速度メーターはステアリング左上に、まるで後づけのように備わる。郊外の田舎道に出ると、3速よりも先、シフトノブがニュートラルより手前で右に倒れるポイントを探りながら4速に入れるが、確かに3速とのギャップは深く、60km/hから上の速度域にのせるには時間がかかる。70km/hより上の速度も、出ないことはない。だが、レブカウンターが備わっていなくてエンジンの回転数は耳で感じるしかないこと、ある程度の距離をこなした頃には、それなりにオイルも減ることも確認したので、あえてブチ回したい気にはならなかった。

つまりいくら頑張っても70km/h少々が限度の1961年の2CV AZLPは、フランスの郊外の国道や県道の制限速度である90km/hにすら届かない。だが道行く他車も手慣れたもので、そもそも2CVが遅いことは当たり前に受け止められているのか、追越車線がなくても見通しのいい場所でセンターライン寄りを空ければ、スパーンと抜いて行く。異質の者同士がシェアしあい行き交う公道はパブリック・スペースだからこそ、お互い要らぬリスクは冒さないという態度だ。「皆がこうしなきゃいけない」式の同調圧力が強い社会で、あおり運転のような本人にも相手にもリスクを強いる調子とは、大きな隔たりを感じた。

リードできるというペースではないが、交通の流れに心地よく身を任せて走れる。移動そのものが目的そう思わせる2CVの走りこんなペースで、森や麦畑が交互に広がるような長閑な風景の中を走り続けながら、ふとした思いが頭をよぎった。高度経済成長中だったとはいえ高速道路もまだ通じていないような時代、3~4週間も休暇をとったうちの最初と最後の丸数日間を、こうして車上で過ごしながら、南仏までバカンスのために下っては往復していた、いにしえのフランス人の生活様式を想像してみたのだ。そりゃあ、途中の村々の食事処やホテル、ガレージは大した賑わいだっただろうし、休み明けに人に話して自慢したくなる話題が、山ほど貯まったはずだ。

イベント会場で交通整理の末に通されたパーキングは、右を向いても左を向いても2CVばかりだった。単なるA to Bの2点間をただ線で繋ぐのではなく、余韻ともいうべき延長線をも描き出すような移動の質は、アウトバーン上を速く安定して走り切ることを目的としたドイツ車辺りとは、2CVをはじめとするフランス車の、甚だ異なるところだ。これこそがフランスの自動車雑誌がよく用いるところの「la vie à bord(ラ・ヴィ・ア・ボール)」という概念で、車上での生活(レベル)とも車上ライフ(の充足度)ともいえる。

それはさっさと目的地に着くだけが移動の目的ではなく、移動自体が目的たりうる、そんな考え方と肌感覚だ。逆にいえば、目的地に着くという欲望に対して馬鹿正直すぎない、理性的な余裕ゆえの上品でもある。2CVの簡素ながら凛とした空気感は、そこから来ている。

次篇では今回の目的地、フェルテ・ヴィダムで7月後半の週末に行われたシトロエン創業100周年記念イベント「Le Rassemblement du Siècle(世紀のミーティング)」の様子をお届けする。

文と写真・南陽一浩 編集・iconic

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