チェコ共和国を代表する自動車メーカーへ
以前紹介した「FIAマスターズ・ヒストリックF1レース」を取材したのは6月。ドイツに程近いチェコのサーキット、オートドローモ・モストがその舞台だった。そもそもチェコを訪問したのは、もちろんこのイベントを取材するのが大きな目的だったが、もう一つ、自動車メーカーのタトラとシュコダの故郷を訪ねてみたいという個人的願望もあった。
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小学生の頃だったか中学生の頃だったか、自動車雑誌で”かぶと虫”のような「タトラT77」や「タトラT87」を初めて見た時の驚きはとてつもなく大きかった。まさに“びっくりしたなぁ、もう!”という印象。その後、いろいろと調べるに連れ、メカニズムやパッケージにも興味深いものだと分かってきた。
そして同時にチェコ共和国が、学生時代には東欧圏/共産圏のチェコスロバキア共和国として認識していたから、何ら根拠もないままに農業国だと思い、そこでの工業製品を軽んじていた。ところが、どうやら紛れもない工業国、それも技術レベルが相当高い国であることが分かった。また同じチェコ製の自動車としてWRCなどでも活躍していた「シュコダ」にも一層興味が湧いてきた。「これは行くしかない!」というのが取材に出かけようと決めた最大の理由だ。
と言うわけで数回に分けチェコの博物館で出逢ったクルマたちと、その背景に流れる歴史ストーリーを紹介することにしよう。名付けて『タトラとシュコダを堪能する』。1回目は創業から第一次世界大戦前後のタトラ、だ。
タトラの前身である「ネッセルドルフ車両製造会社」が開業したのは1850年。当初は馬車を製造していたが、後に鉄道の客車も手掛けるようになり、1897年にはクルマの製造を開始する。1918年にはチェコスロバキア共和国が成立。本拠としていたオーストリア・ハンガリー帝国領のネッセルドルフがコプジブニツェへと地名が改称されたことを受け、「コプジブニツェ輸送機器株式会社」に改称している。と壮大な歴史絵巻の中で、作り出すクルマへの高い評価によって、彼の存在感は一層増していくことになる。19世紀末から20世紀初頭(明治の後半から大正にかけて)、すでに彼らはクルマを作りだけでなく、それをチューニングしてレースを戦ったというのだから、彼らとチェコ自身の先進性、工業レベルの高さが分かるだろう。
タトラで製作した最初のクルマが「プレジデント」。まだタトラのブランドを採用する前で社名もネッセルドルフ車両製造工業(Nesselsdorfer Wagenbau-Fabriks-Gesellschaft)を名乗っていたから、一般的には”NWプレジデント”と呼ばれる。隣国ドイツのベンツ社から技術供与を受けていたからリアにエンジンをマウントするパッケージングもベンツ同様で、初期にはエンジンそのものもベンツから供給されたものを使用。上の写真にある1897年式の個体は、タトラ技術博物館/Tatra Technical museumに展示されていたもので、レプリカ。一方98年式の方はプラハにある国立技術博物館/Národní Technické Muzeumに収蔵展示されている個体だ。旧めかしいルックスだが、ステアリングはティラー(レバー状の器具)ではなくハンドル(自転車風でステアリングホイールとは呼び難いが…)が使われていることからも、当時としては随分とモダンな設計だったことは、容易に想像できる。
SOHCの動弁機構を持つ高性能モデル
その一方で、早くも1900年にはレース仕様を名乗る(プラハの国立技術博物館に2人乗りレース仕様と説明されている)モデルも登場しているし、1905年にはSOHCの動弁機構と半球型燃焼室を持ったエンジンを搭載した高性能モデル、タイプSが登場している。1905年と言えば日本国内で考えてみれば明治末期。日本車(国産車)第1号とされる「山羽式蒸気自動車」が製作されたのが前年の1904年だったから、彼我の技術力やモータリゼーションの進化の差は明らか。なお1909年には4気筒のS-4に加え6気筒のS-6も登場。最高出力50馬力/最高速度110km/hの高性能&ハイパフォーマンスを発揮し、レースでも活躍するなど”NW”の評価は一層高まっていった。
1900年製「NW 12HP」は“Rennzweier”の注釈からも分かるように、少し前進したタンデムシートを持った2人乗りレースカー。リアエンジンと言うよりもミッドシップに近いパッケージングだが、ドライバーズシートが高い所にあるから重心高は高そうだ(プラハの国立技術博物館で撮影)。一方「NW タイプS」は、世界で最も早い段階でSOHCの動弁機構と半球型燃焼室を持ったエンジンを搭載。写真の個体はコプジブニツェのタトラ技術博物館で撮影した1913年から14年にかけて生産されたS4 20/30。2台を比べると10年余りの間に随分クルマらしくなったものだと感心する。そのクルマらしさは言うまでもなくク自動車技術の進化でもある。
タトラの新しい時代を築く若き設計者の存在
そのハイパフォーマンスさで評価の高かったNW製のクルマたちだったが、1918年には敗戦によりオーストリア・ハンガリー帝国が解体されチェコスロバキア共和国が誕生する。本拠を構えていたネッセルドルフもコブジブニツェに改名され、それに合わせて会社名も「コプジブニツェ輸送機器株式会社」に変更された。翌19年にはタトラ山脈(スロバキアとポーランドの国境にある山)に因んだ「タトラ」をブランド名とするなど、社会環境が大きく変化。だが、それ以上にクルマ作りにも大きな変化が見られるようになった。
それはより多くのユーザーを対象にした、小型車=コンパクトカーの開発だ。開発を統括したのはまだ若手ながら主任設計者に抜擢された、ハンス・レドヴィンカだった。プレジデントの設計にも、有望な若手として参加していた彼は一時期会社を離れ、オーストリアのシュタイア社で駆動系の設計を習得していた。しかし、経営陣の交代で再びクルマの製作が重要視されるようになったのを機に1919年に復帰。プロペラシャフトを内蔵したトルクチューブをバックボーンとし、フロントに搭載したエンジンをバックボーンにリジッドマウント。そして彼がシュタイア社で習得してきたジョイントレス・スイングアクスルで後輪を独立懸架に設定するのがタトラの、設計における新たな公式となったのだ。
タトラ・ブランドを冠した初のモデルが1923年に登場したタトラT11。ハンス・レドヴィンカが初めて、主任設計技師として手掛けたクルマとしても歴史に残る1台だ。ともにコプジブニツェのタトラ技術博物館に展示されていた個体だがグリーンに塗られた1台は、空冷エンジンらしくフロントグリルを持たないごく初期のモデル。一方、明るいオレンジに塗られた1台は、少し後に生産されたものでダミーのフロントグリルを持っている。
1923年に登場したT11(ブレーキは後輪のみ)は、全輪にブレーキを備えた発展モデルのT12や、派生モデルであるトラックのT13などラインナップを充実させていった。その全モデルにおいて、水平対向エンジンをストレスメンバーとし、プロペラシャフトを内蔵したトルクチューブを主構造とするバックボーン・フレームと、ジョイントレス・スイングアクスルを使った後輪独立懸架は共通テーマだった。
大統領の公用車となったプレステージカー誕生へ
コンパクトカーのT11シリーズの好評で、同じチェコスロバキアのシュコダ(Škoda)やプラガ(Praga)といったライバルメーカーも、バックボーン・フレームやスイングアクスルによる後輪独立懸架を取り入れることになる。結果的にタトラの、そして主任設計者であるハンス・レドヴィンカの評価はさらに高まることになった。
その一方でタトラとハンス・レドヴィンカは新たな技術的チャレンジを開始。それはT11シリーズで成功を見たコンパクトカーとは対極にあるプレステージカーの開発だった。それが、当時にタトラのフラッグシップと位置付けられたT11シリーズをベースに1.9リットル直6エンジンを搭載したT17。2.3リットル直6を搭載したT17/31もあったが、このT17シリーズに代わる新たなフラッグシップの開発が急がれることになった。
こうして誕生したのが1931年に登場したT70だ。3.4リットル直6を搭載したT70に加えて3.8リットル直6のT70Aがラインナップされていたが、しかしタトラもレドヴィンカも、それで満足することはなく更なるプレステージが追求されることになる。そして誕生した究極のプレステージ。T70用を強化したシャシーに6リットルV12エンジンを搭載したT80がそれだ。自動車用のV12エンジンは、1916年に登場したパッカードの“ツイン・シックス”が世界初とされているが、それから15年後にはチェコでもV12エンジンを搭載したクルマが誕生していたことになる。
こうしたプレステージカーでは“つるし”ではなく、歴史あるコーチビルダーによるボディの架装が一般的だがT80も多くのケースでプラハの老舗、ヨーゼフ・ソドムカ社などがボディワークを手掛けるケースが多かった。その好例が、1918年に成立したチェコスロバキア共和国の初代大統領、トマーシュ・マサリクの公用車となった35年製のT80。絢爛たる4ドア・カブリオレのボディは、佇まいだけでも圧倒的な存在感を放っていた。
チェコはプラハにある国立技術博物館に収蔵展示されているタトラT80。ソドムカ製の4ドア・カブリオレのボディはチェコのトーマシュ・マサリク初代大統領の公用車としても知られるが、その一方で世界的に見ても早い時期にV12エンジンを完成させており、戦前のタトラにおけるフラッグシップであることも紛れない事実だ。
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