昭和天皇のクルマは今もメルセデス・ベンツ・ミュージアムに展示
モータージャーナリストの中村孝仁氏が綴る昔話を今に伝える連載。若い時、ドイツ(当時は東西分断で西ドイツ)に留学していた中村氏が取材でダイムラー・ベンツ・ミュージアム(現在のメルセデス・ベンツ・ミュージアムの前身)を訪問したときに見た「タイプ770」を振り返ってもらいます。
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宮内庁はタイプ770を合計7台輸入
メルセデス・ベンツのミュージアム(当時はダイムラー・ベンツ・ミュージアム)を初めて訪れたのはたしか1977年のこと。ドイツ中の自動車博物館を見ようと、足しげく回った。それが実って1978年には『世界の自動車博物館』シリーズという本をカースタイリング出版から刊行することになり、その取材のために2度目のダイムラー・ベンツ・ミュージアム訪問。そして3度目は別の企画で本を出すことになって再び訪問した。
この博物館には御存知の通り、昭和天皇がお乗りになった「タイプ770」、通称「グロッサー・メルセデス」が展示されている。敢えてうるさく言うつもりはないが、グロッサーという発音は間違いで、本来ならグローサーが正しい。ドイツ語独特のウムラウトを省いて呼んだ結果グロッサーになったのだろう。まあ、それはどうでも良い。
戦後昭和天皇がご移動の際にはこのクルマが頻繁に使われ、私も現物は見たことがなかったが、テレビなどでは拝見していた。それがただ1台、オリジナルで残ったモデルがダイムラー・ベンツ・ミュージアムに展示されていたのである。宮内庁はこのタイプ770を合計7台輸入したという。
それらはいずれも第二次世界大戦の戦禍を潜り抜け、戦後まで生き残ったそうだがこの博物館の1台を除き、他の6台は全て解体処分となったようである。
タイプ770は2種類存在する
タイプ770と呼ばれるメルセデスは1930年から1938年まで生産されており、聞くところによれば宮内庁が購入したのは1932年式と1935年式。そして現存するのは1932年式の方だ。いずれのモデルも巨大な7655ccの直列8気筒エンジンを搭載していたが、単に「770」と呼ばれるものと「770K」と呼ばれる2種が存在する。後者にはスーパーチャージャーが装着されていた。
スーパーチャージャー無しは最高出力150ps。一方のスーパーチャージャー付きは200psのパワーを持ち、後者のトップスピードは160km/hに達した。ただし、燃費の方はすこぶる悪く、100kmあたり30Lを消費したというから、3.3km/Lというところ。タンクは120L入りだそうだが、それでも300kmちょっとの航続距離しかなかったことになる。ちなみに当然のことながら第2次大戦中はヒトラーも装甲したこのクルマを使っていた。装甲した場合その車重は4.8tにも及んだというから、あまり走りは期待できなかったことだろう。
現在も昭和天皇のクルマは、メルセデス・ベンツ・ミュージアムに展示されていて、もう1台、旧ドイツ帝国最後の皇帝、ヴィルヘルム2世のクルマとともに並んでいる。ヴィルヘルム2世のクルマは「カブリオレF」と呼ばれるもので、4ドアの巨大なオープンモデルである。同じ1932年式だそうだが、プルマンリムジンの天皇御料車と比べて少しモダンに見える。
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乗り込んで撮影することができた!
さて、宮内庁がこのクルマをドイツ本国に戻すにあたり、菊のご紋はフェイクが用いられ、花弁の数が異なるという話を聞いたことがあるが、何度行っても花弁の数など数えたことがない。残念ながら写真でも確認する術はないからわからない。
そして、1998年になって、とある取材で再びこのダイムラー・ベンツ・ミュージアムを訪れ、いつも通り(もう何度訪れたかわからないので)天皇御料車に対面してきた。この時は博物館が休館日だったこともあり、ダイムラーのお目付け役が同行していたのだが、その時に限ってなぜか、「室内の写真を撮ることは可能か?」と聞いてみると、「OK」と言って、いとも簡単にリアドアを開けてくれて、めでたく玉座と対面した。
じつはその撮った写真がどうしても見つからず、極めて残念である。中を見るだけでもすごいことだったのに、なぜかその時はついでとばかり、「乗っても大丈夫か?」と聞くと、これもあっさりとOK。それがここに紹介する写真である。一緒に同行した編集者と御料車の後部座席に収まってしまった。
私の座る側にはリモコンのようなものが置いてあり、そこには「右に曲がれ」、「左に曲がれ」、「もっとゆっくり」、「もっと速く」などと書かれたボタンがあり、恐らくはドライバーズシートにその情報を飛ばす仕組みになっているのだと思う。天皇陛下御自身がそうした操作をやるとは思えないので、私が座った側は本当の玉座ではないらしいので少し気が楽である。
きっと今は開くことはないであろうリアドアである。今から30年近く前はまだベンツもおおらかだったのか、あるいは日本人の天皇陛下に対する思いが理解できなかったのか、いずれにせよもう2度とない体験であった。
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