バスに乗る旅と言えばどのような旅を思い浮かべるでしょうか。
はとバスの旅のような、観光地を巡ったりするバスツアーをまず思い浮かべるのではないでしょうか。余談ですが私は、果物狩り全般、いわゆる“狩りもの”の旅が好きです。この場合、バスはあくまでも旅の手段です。
一方、バスそのものが目的であるツアーもあります。それには、バス好きの個人が好きなバスを事業者から借りて貸し切りツアーを主催するバスファンによるバスファンのためのツアーとバス会社が主催するオフィシャルなツアーの2種類があります。
【画像67枚】京阪京都交通バス「京都・奈良にまたがる廃線跡を巡る旅」のフォトギャラリーはコチラ
従前は個人貸し切りツアーもバス会社のそれもさほど違いはありませんでしたが、2022年前半のバス会社主催の方に参加してみてちょっとした変化を感じました。
これならもしかしたらバスファンではない人が参加しても楽しめるのでは?と思ったのでシリーズで紹介しようと思います。
バスファンでなくても乗ってみたい!? 進化したバスツアーに参加!【その4】~奈良・京都にまたがる廃線跡を巡る旅(奈良交通側)~
「ただバスに乗るだけならバスファン個人貸し切りツアーには勝てないので、事業者が主催するアドバンテージを活かした『ならでは』な企画で差別化したい」
とは、ツアーの仕掛け人である京阪京都交通運輸部運輸課の西村さんの弁。
2022年前半に行われたツアーにはこれまでにない特長が2つありました。それは次の二点です。
(1) 添乗しているその道の研究者や専門家から、路線や沿線の歴史を時代背景と共に学ぶ
(2) 他のバス会社とのコラボで二社のバスに乗る(今回は一社2タイプのバスの予定でしたが、人数不足で1台になってしまいました)
どんなツアーだったのでしょうか。私が参加したツアーを5回に分けて紹介します。
最終回の第5回は、6月11日(土)・12日(日)に行われた“京阪京都交通バスファン感謝ツアー~京阪バス京都奈良線を辿りスルッとKANSAIバスまつりへ前乗り”です。京都と奈良をかつて結んでいた京阪バス路線の歴史を辿る、越境路線シリーズの第4弾。
ツアーの翌日に3年ぶりに開催された“スルッとKANSAIバスまつり”に前乗りし前夜祭的に盛り上げようというものでした。
シリーズ(4)で紹介した奈良交通奈良―京都線廃線跡を辿る旅と同じコースの京阪京都交通編です。こんな偶然あるんですね。でもそれだけにいろいろ興味深い点がありました。
せっかくなので近鉄バスもやってくれればいいのにと思います。
ツアーはJR京都駅八条口からスタート→同烏丸口からはできるだけ廃線跡を辿り→京阪バス発祥の地見学→向島ニュータウンでフォトラン→京都京阪バスと記念撮影→JR山城多賀駅でフォトラン→京阪バス奈良車庫跡地見学とフォトラン→JR奈良駅西口のルートを走行しました。
バスには、京阪バスOBであり、現在は特定非営利活動法人ひらかた環境ネットワーク会議公共交通部会副部会長と一般社団法人八幡市観光協会参与という二つの肩書きを持つ北西進太郞氏が同乗。京阪京都交通の西村さんとのコンビで聞くマニアックな話に加えて、沿線の歴史や地域事情を学びました。
京都―奈良間に三社の直通バスがじゃんじゃん走っていた
かつて京阪バスが奈良県奈良市まで運行していました。
その時代は高度成長期にあたり、バス路線をどんどん伸ばし、自社エリア外にも広げていきました。今では想像できませんがそんな時代もあったのです。
京阪バスも京都―八日市線、京都―今津線、京都―和歌山線などの中長距離路線を開通させました。
さて奈良線ですが、今の状況を知る人には不思議に思うかもしれません。しかし、当時の鉄道(特に国鉄)はサービスも劣り、まだ道路も混雑していなかったため需要がありました。どのバス会社もエリア外への路線進出申請も盛んで、路線獲得競争も熾烈だったそうです。
京阪バスの運行開始は昭和37年(1962年)7月25日ですが、それより前の昭和27年(1952年)5月11日に近鉄バスの前身である奈良電バスが開通させています。最後発の奈良交通が運行開始したのは昭和40年(1965年)8月25日でした。
そうなんです。この路線は三社が運行していたのです。
最盛期は近鉄バスが京都駅―大安寺29往復、京阪バスが京都駅―奈良駅10往復、奈良交通が五条(二見発着の便もあった)―京都駅5往復で、京都―奈良間は三社合計で20分毎の運行でした。
(注:五条は今は五條だが当時はこう表記されていた。大安寺は旧奈良営業所で跡地はショッピングセンターになっている)
気になったので当時の所要時間を調べてみました。
北西進太郞氏作成の昭和39年(1964年)10月の時刻表をもらいましたので、昔と今を比較してみましょう。
―――――
昔:京阪バスでの国鉄京都駅~近鉄奈良間:1時間19分(ドリームランド経由便:1時間27分
今: 鉄道(近鉄)での近鉄奈良駅~京都駅間: 1時間5分(普通(各駅停車))(参考:35分(特急)、46分(急行))
今:乗用車での近鉄奈良駅~京都駅間:1時間20分から2時間20分
―――
昔:奈良交通での五条~京都駅間:2時間35分
今:鉄道(JR・近鉄乗り継ぎ)でのJR五条~京都駅間:1時間48分から2時間15分
今:乗用車でのJR五条~京都駅間:2時間10分から4時間10分
―――――
昔のバスと今の鉄道を比べると「そんなに悪くないじゃないか」と思うところですが、今の道路状況と比べるとどうでしょうか。
乗用車での所要時間計測結果はGoogleマップで調べました。もちろん乗用車のものです。バスを貸し切る場合の運転者との打ち合わせでは、この結果×1.5はみておいてくれと言われるので、その係数をかけると一般道を通る路線バスでのこの距離の移動は絶望的な気分になります。それだけ一般道路状況が悪化しているということです。
モータリゼーションの進展とこのような道路状況の悪化もあり、徐々に利用者は減り、便数も減り、京阪バスが平成8年(1996年)3月29日、奈良交通が同10月5日に廃止、近鉄バスが平成10年(1998年)3月に廃止(同時に奈良営業所も廃止)されることで路線の歴史に幕となりました。
京阪バスの停留所は51カ所あったそうです。24号線を走っていると歩道の食い込みを目にしますが、そこがバス停跡です。食い込みはあっても標柱はもうありません。悲しげなバス路線遺構ですね。
今年創立100周年を迎えた京阪バスの発祥の地で正統派メロンパンを知る
大正11年(1922年)7月20日に創立された桃山自動車という会社がありました。
同社は桃山駅から明治天皇が眠る桃山御陵までの参拝客輸送を行っていました。大正13年(1924年)には京阪自動車と改称、昭和2(1927年)に京阪電鉄が経営権を握り、創業50周年の昭和47年(1972年)に社名が京阪バス株式会社になりました。
この創業地には今は京阪桃山ビルが建っており、ビルの前には昭和62年(1987年)に建立された記念碑があります。
近鉄桃山御陵前駅と京阪伏見桃山駅の間に京阪桃山ビルはあります。
余談として、ここ来るまでの車中で西村さんから、京都正統派メロンパンの話を聞きました。
「京都人にとってメロンパンと言えば、ラグビーボールみたいな形のパンに白あんが入っているパンのことです。世間一般で知られるタイプのメロンパンは『サンライズ』と言うんです」
と。
そのメロンパンを今も売り続けているパン屋さん(ササキパン)はここから見える、京阪伏見桃山駅の西に向こうに延びる大手筋商店街の奥にあります。
気になったので後日買いに行きました。
昔風のおしゃれな洋食のごはんの盛り付けみたいな形をしたパンに白あんが入っています。若干クッキー生地的な感触もありますが、どちらかと言えばクリームパンに近い。
このメロンパンを二つくっつけるとマクワウリに見えますが、その昔はメロンと言えばマクワウリのことだった(庶民限定だと思いますが。私も幼少期にはマクワウリをメロンだと信じ込まされていました)のでこのパンをメロンパンと称するようになったとの説があるそうです。
昭和の高度成長期の象徴、向島ニュータウン(フォトラン(1))
フォトラン(走行するバスを思い思いの場所で撮影すること)はまず向島ニュータウンで行われました。
京都市域では昭和30年から40年代にかけて、住宅難を受けて大規模な公営団地(ニュータウン)建設が行われるようになりました。
京都―奈良線が運行した向島ニュータウンは昭和47年(1972年)に造成が始まり、昭和53年(1978年)に入居が始まりました。昭和54年(1979年)には近鉄京都線に「向島駅」が開業し、鉄道利便が図られ、ニュータウン内では近鉄バスが駅へのフィーダー輸送を担当するようになりました。
団地入り口には案内図が掲示され、建物に壁面に取り付けられた棟番号が懐かしい。幼少時に京阪宇治交通(現・京都京阪バス)沿線の醍醐石田界隈の団地に住んでいた従兄弟の家によく遊びに行っていたので、団地の景色は思い出の景色でもあります。
歴史の一コマになるJR山城多賀駅(フォトラン(2))
ここは京都奈良線の歴史とは関係ない場所ですが、今の京阪京都交通に縁のある場所なので立ち寄りました。
この駅があるJR奈良線では2023年春の完成を目指して第2期複線化事業が進められています。大工事中にはどうしても運休せざるを得ないことがあるものですが、この事業でもありました。これまでに何度かあった終電繰り上げ、代行バス輸送の際に運行を受託した数社のうちの一社が京阪京都交通です。
この地を運行したことがない京阪京都交通では、担当運転士に予習書を渡したそうなのですが、
「そこに載る写真は日中の写真、ところが実際の運行は深夜で真っ暗なのでいかに運転に慣れた運転士とは言えかなり困惑していた」
そんな苦労があったそうです。
同社以外では京都バス、京都京阪バス、西日本JRバス、奈良交通も担当しているので普段見ないバスを撮影しに訪れたバスファンも多かったと聞きます。
西村さんによると、年度内に最後の一回がありそうだとのことなので、気になる方はマメにJR西日本のウェブサイトをチェックしてみてください。
ちなみに余談ですが、私の過去記事で紹介している西日本JRバスが主催したV12エンジン搭載いすゞガーラV12のさよなら乗車会には、京阪京都交通のバスと重走したことや奈良交通平城営業所に訪問するだけでなく、その時点で平城営業所の三扉車最後の1台と連節バスの試乗会にサプライズ部品販売会など、内容がかなり濃かったことがかなり新鮮でしたが、それはこの代行輸送受託に関わる会議の後の雑談の結果生まれた企画だったそうです。
【西日本JRバス、V12エンジン搭載いすゞガーラV12のさよなら乗車会を開催】
https://carsmeet.jp/2020/03/17/143948/
ところで、京都府内にはバスが走っていない市町村が増え始めていますが、特に南部に空白地帯が多く、このJR山城多賀駅がある井手町も路線バスが走らない町になってしまっています。奈良から見た場合は遠い向こう側に見える北部の方がよほど少なそうな感じはしますが、がんばるバス会社が数社ありまだまだ路線が多いのは意外です。
奈良交通のど真ん中にあった京阪バスの車庫(フォトラン(3))
シメは京阪バス奈良跡地です。
場所は奈良交通[2]市内循環外回りの八軒町バス停と大森町バス停の中間あたりの左側です。市内循環が走る市内ど真ん中にありました。
「だいたいこの辺かな」
と、バス停標柱があったあたりに看板を持って立っている西村さんの横を通過するバスを撮影しました。
この後、JR奈良駅西口で初日は終了。
前後扉車も三扉車もこなくなってしまったバス停なので京阪京都交通車とはいえ前後扉車がここにいる姿を見るのは感慨深いものがあります。
充実の資料とおみやげ
毎回充実している車内配布資料ですが、今回もかなり濃かった。
他社のことも紹介されている京都奈良線の歴史解説冊子、別冊路線図、昭和60年(1985年)発行の“乗合バス運賃制度のいろいろ(京滋地区)”、京阪バスが新車を発注した際の車体図4台分、京都市住宅供給公社作製の向島ニュータウン(むかいじまと読む)のご案内とやはりこれをもらえただけでも参加した価値はあったと思うほどの資料群でした。
これ以外に、京阪京都バスから1day ticket“宇治茶の郷周遊木っぷ”と宇治茶バスのペーパークラフトをもらいました。
ちなみに宇治茶バスは今回添乗の北西氏の企画だそうです。ラッピングだと乗る前に見て楽しいだけで乗ってしまえば普通のバス。それではということで、標準仕様の新車を購入し京阪バス系列の整備会社で1000万円かけて改造したとのことです。車内造作にもこだわった力作はぜひ現地で見てください。写真は2019年6月開催のスルッとKANSAIバスまつりに展示されていた宇治茶バスです。
更に今回は、ラミネート保存された貴重な史料がいくつも車内で回覧されました。
ツアーに使用されたのはこの車両
京阪京都交通:
三菱ふそう(K222号車・KC-MP717M・1998年式)
京阪バスからの移籍車で、並んでいる京都京阪バスの車両とはナンバープレートが連番でした。番号世代がずいぶん異なりますが、これはB-8393号車が新車から変わっていないのに対してK222号車の方は大阪、京都、滋賀、京都と4回転属する度にナンバーが変わったためです。新車登録時は「京都22か6537」でした。
京都京阪バス:
三菱ふそう(B-8393号車・KC-MP717M・1998年式)
京阪バスからの移籍者京阪京都交通K222とは元はナンバープレートが連番。
社紋、方向幕車(ただし京都京阪バス表示分しかないためくるくる回らない)、写真では小さくて見えづらいですが前扉の“出口”サイン横に“貸切”とペイントされている(=貸切専用=路線用としては運行されない)が外観上の主な相違点です。
どちらも比叡山路線で活躍した車両です。
スルッとKANSAIバスまつりに乗り込む
翌日、近鉄奈良駅前5時30分、JR奈良駅西口前5時40分集合というとっても早朝からツアー二日目がスタートしました。
と、言っても、スルッとKANSAIバスまつりの会場である平城宮跡・朱雀門ひろば前までのごく短距離でしたが。
これは、展示車になるこの車両の現地搬入タイミングに合わせたからです。回送バスにちょっと乗せてもらうという感じでした。降車後に大宮通りから三条大路周辺を時間が許す限りフォトラン周回してもらえたので、大宮通り朱雀門ひろば前や三条大路を京阪京都交通車が走行する姿を見て撮れました。
さてその朱雀門ひろば前にはそんな早朝なのに、奈良を走ったことがない社局のバスが搬入されるシーンを撮ろうと多くのファンが集まっていました。
ここから先は【スルッとKANSAIバスまつり編】に続きます。
今回の気づきまとめ
1.コミュニケーションは大事
雑談は大事、コミュニケーションも飲みニケーションも大事。雑談から生まれるものもある必ずある。
2.京都のバス会社のややこしい歴史から
バス会社の分社化、分社の先に更に地域別への分社化、そして再合併という流れが全国至る所で見られます。
なんでこんなことが起こるのか?キーワードは「運転士の給与」と「運転士の職業としての魅力」です。
3.バス趣味活動は歴史の生き証人になる可能性がある
これは鈴木文彦氏の言葉です。バス路線の栄枯盛衰は地域の社会経済事情を映す鏡でもあるので、じっくり見ていることは歴史を伝えていく証人になるとも言える。
4.違うバス会社のツアーで同じコースを走るのは楽しい
同じ路線でも別の会社のツアーに参加すると見える景色も違うし得られる知識も違う。
こうなると近鉄バスにもぜひやって欲しい。
さて、2022年前半のバスファンツアー紹介シリーズはこれで終わりです。
後半編でまたお会いいたしましょう!
(取材・写真・文:大田中秀一)
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