日本仕様が発表されたトヨタの新型「GRカローラ」には、台数限定の高性能版「モリゾウエディション」が設定される。同社豊田章男社長の愛称が入った特別なモデルが登場させた意味を、今尾直樹が深読みする!
本格派の走り屋向け
「GRカローラ」に「モリゾウエディション」なる限定仕様があることが明らかになった。
カローラ・ハッチバックにGRヤリスのパワーユニットを組み込んだ高性能モデルがGRカローラで、そのGRカローラを、トヨタのテストドライバーの頂点に立つ「マスタードライバー」のモリゾウこと豊田章男社長がみずから、こだわりをもってつくりこんだのがGRカローラ モリゾウエディションである。
モリゾウのこだわり。それは、「お客様を魅了する野生味」と「気持ちが昂り、ずっと走らせていたくなる走りの味」だとプレスリリースには表現されている。
いうまでもなく、カローラは1966年の発売以来、長年にわたってトヨタを支えてきた大看板モデルである。「社長の豊田は、『多くのお客様に愛していただけるクルマだからこそ、絶対にコモディティと言われる存在にしたくない。お客様を虜にするカローラを取り戻したい。』との強い気持ちを持ち、GRカローラの開発を開始」したという(「」内はいずれもトヨタのプレスリリースより)。
スタンダード・モデルのGRカローラ RZと、モリゾウエディションとの違いは? というと、まずはリア・シートを撤去して乗車定員2名とし、およそ30kgの軽量化を達成。1.6リッター直3ターボの最大トルクを370Nmから400Nmにアップし、ボディ強化のために構造用接着剤を塗るところを3.3m延長、補強ブレースを追加し、さらに加速性能と気持ちのよいギアのつながりを図るべく、6MTの1~3速をクロスレシオ化、ファイナルを低めてもいる。
足まわりでは、モノチューブのダンパーを前後に、フロントは倒立式のそれを採用、ホイールはBBSの鍛造で、TOYOTA GAZOO Racingのロゴがモリゾウエディションにだけ入る。タイヤはミシュランのサーキット走行用のパイロット・スポーツ・カップ2という、ポルシェ「911GT3」と同銘柄を装着する。
じつにまあ、エンスージアスティックな、本格派の走り屋向け、といってよさそうなモデルである。GRカローラRZの発売は本年秋頃で、モリゾウエディションはそれよりちょっと遅れて冬頃になる。現時点で何台になるのかは不明ながら、モリゾウエディションは台数限定だから注文の殺到が予想され、予約抽選は秋頃から受付を開始する。お金があっても、運が悪いと手に入らないという、プライスレスな価値をモリゾウ・ブランドは生み出さそうとしている。モリゾウの師にしてトヨタの初代マスタードライバー、故・成瀬弘が手掛けた限定モデル、GRMNの後継ともいえそうな新シリーズの誕生である。
「自動車会社の社長が車に乗って何が悪い?」
あらためて考えてみると、現役の社長、それも年産1000万台、直接雇用の正社員だけで従業員7万人を超える日本一の大企業、トヨタのトップがみずから手掛けたチューニング・モデルが、トップの愛称を冠して限定生産されるのだ。
いま、私たちは同時代で豊田章男とモリゾウを見ているから、彼の本当のスゴさを理解できていないのかもしれない。大谷翔平みたいに、スゴイ! キュンです! ということを、トヨタ創業家の嫡男はやってみせているのだ。
モリゾウこと豊田章男は、2000年代の初め、成瀬から運転を習い始め、2007年にニュルブルクリンク24時間レースにドライバーとして参戦した頃は、豊田家の御曹司が好き勝手にやっている、という声がトヨタの社内にもあったらしい。成瀬と豊田章男の交流を師弟の物語として描いたノンフィクション『豊田章男が愛したテストドライバー』(稲泉連著/小学館)によると、そういう批判に対して成瀬はこういったという。
「自動車会社の社長が車に乗って何が悪い?」
社長就任はリーマン・ショック直後の2009年で、トヨタは赤字に転落、章男はよりによって最悪の時期に社長に就任した。
そのとき彼が社内に向けて主張したのは、「もっといいクルマをつくろうよ」という、若旦那のつぶやきみたいな方針だった。これまでいいクルマをつくっていなかったんかい、というツッコミを入れたくなるような……。
月日は流れて13年。章男社長は「もっといいクルマづくり」に本気で取り組み、組織改革を断行し、乾いた雑巾を絞るといわれたコストダウンをさらに徹底することによって企業としての体力を底上げした。2022年3月期の決算では、コロナ禍、資材・物流日の高騰、半導体不足という逆風のなか、3兆円近い利益を達成したのである。
創業者の孫という血筋に加えて、ドライバーとしてクルマを正しく評価できる腕もあり、3兆円に迫る利益を生み出した経営者なのだ。スゴイ! そこへもってきて、GRカローラ モリゾウエディションである。
考えてもみて欲しい。自動車が生まれた草創期、創業者が手を汚してみずから自動車をつくるなんてことは当たり前で、みずからのベイビーにみずからのファミリー・ネームをつけることもまた日常的だった。
「自動車会社の社長が車に乗って何が悪い?」
豊田章男は豊田家に生まれてしまったことを存分に楽しんでいるように、筆者には思える。
文・今尾直樹 写真・小塚大樹
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