一台のクルマには、縁あってオーナーになった人との歴史や思い出があり、物語になるほどのエピソードが生まれることもある。
そんなクルマと人との関わりを、オーナーさんに直接取材して、リアルな生の声を紹介していきたいと思います。はたして、どんな生の声が聞けるのでしょうか?
購入した動機から、愛車に対するこだわりのポイント、年間の維持費、故障箇所、愛車の主治医まで、これからそのクルマを購入しようと思っている人にも役に立つ情報満載でお届けします。
文・写真/松村透
【画像ギャラリー】元はレストアベース車。世界に1台のみ! シャープなフェンダーラインを求めてワイド化されたアルシオーネSVX
■世界に1台のアルシオーネSVXに仕上げた41歳のシステムエンジニア
生産終了したいわゆる「絶版車」は、現存する個体数が減ることはあっても増えるケースはほぼないと言って良いだろう。
かつてのように公道を走れる姿に戻れるか、それとも工場や草むらの片隅でひっそりと朽ち果てていくか…運命の別れ道線上にいるのが「レストアベース車」だ。
今回、取材させていただいた個体も、もともとはレストアベース車としてオーナーが手に入れ、世界に1台のワイドボディ化を果たし、イベントなどにも展示されるほど美しく甦った「レスキューされた個体」である。
アルシオーネSVXに魅了されたオーナーが、レストアベース車を手に入れ、なぜワイドボディ化に着手しようと思ったのか? じっくり紐解いていきたいと思う。
オーナーのこざわさん。愛車である1992年式アルシオーネSVX VLとは11年の付き合い
■プロフィール&愛車紹介
・お名前:こざわさん
・ご年齢:41歳
・ご職業:システムエンジニア
・所有しているクルマ(年式、グレード名):1992年式アルシオーネSVX VL
・購入時期: 2010年
・所有年数:11年
・購入時の走行距離:14万キロ
・現在の走行距離: 18万5000キロ
・購入時の金額:約30万円
ジョルジェット・ジウジアーロが手掛けたデザインは古さを感じさえないどころか、時代を超越した美しささえ感じさせる
■アルシオーネSVXを手に入れようと思ったきっかけを教えてください
自動車雑誌に載っていたWRCの記事を読んでいた時、ブルーのインプレッサがニュージーランドあたりのコースを爆走している記事のとなりのページに白いクーペが載っていて「綺麗なクルマだなぁ」と思ったのがきっかけです。
私が高校生の頃なので、20数年前、1996年前後だと思います。まだアルシオーネSVXが現役の頃ですね。
その後、大学生になってからは友人の親族から譲っていただいた軽自動車や、プジョー205GTiに乗ったりしていました。いずれも足まわりをヒットしていて、当時のバイト先だった町工場で溶接して直しましたね。
気がつかない人はホイールとマフラーを交換したアルシオーネSVXとして映るが、見る人が見れば・・・こざわさんの愛車はそのさりげなさがたまらない魅力といえる
ある日、確かYahoo!オークションだったと記憶していますが、アルシオーネSVXのレストアベース車が出品されているのを見つけたんです。たまたま自宅から近い場所だったこともあり、冷やかし半分で現車を見せてもらいました。
確かにヤレてはいるけれど、直せないレベルではありませんでした。レストアベース車としては価格相応だし「直すことを楽しみながら維持できればいいかな」と判断して購入することにしたんです。
私自身、これまで所有してきた愛車も自分で手を入れながら乗っていましたし、手を入れる隙がないような極上車には惹かれないタイプでして(笑)。
オドメーターの距離計は18万5千kmを超えたあたり。こざわさんはそのうちの5万kmをともに歩んできたという
■オリジナルにはこだわらず、きちんと直して現役マシンとして走らせたい
単に古いクルマだからと、今の世の中では走れないというのは受け容れ難いんです。置き物になってしまったらただの鉄の塊でしかありませんから。
博物館などで古いクルマを動体保存していたり、通勤に使っていらっしゃる方を見ると尊敬の念を抱きます。やはり、クルマは人を乗せて走ってこそだと思いますね。
そのため、オリジナルにはこだわらないという考え方なんです。きちんと走るためなら、他社部品の流用も全然問題ないと思っていますし、必要であれば部品作ってもらうのもありと思っていますから。
このSVXも、手に入れた時はボロボロだったんです。当初は自分で手を入れていたのですが、やはり限界があり、おそらくは日本で唯一のアルシオーネSVX専門店であるK-STAFFさんと出会えたからこそ、今の姿があると思っています。
ワイドボディ化にともない、給油口のフタの部分がフェンダーラインにそって鈑金加工されているのが分かる
■愛車との濃いエピソードを教えてください
●ボロボロのレストアベース車をワイドボディ化
当初はルーフの塗装焼けを塗り直そうと主治医であるK-STAFFさんと話していたら、フェンダーラインはどんな形状がよいのかという話になりまして。
私なりのイメージを伝えてみたところ「それなら塗装するタイミングでフェンダーを作ってくれないか、板金屋さんで聞いてみよう!」という流れになったんです。
板金屋さんにつたない言葉で「ボディとブリスターフェンダーは直角に、くぼみのラインをシャープに出して、1990年代のプレス機ではなかなか再現できなかったエッジのラインもシャープさを…」と伝えたら、すぐに傍にあった鉄板を切ってきて、「こんな感じのフェンダーでしょ? 」と、私のイメージをその場で再現してくれたんです。
そのラインこそが、まさしく私が頭に描いていたイメージどおりで、その場で「お願いしますっ!!」と依頼することにしました。
5枚の鉄板を組み合わせて生み出された魅惑のライン。FRPでは歪みが生じるため、このシャープなラインを生み出すのは不可能なのだ
その後、1年以上かけて試行錯誤を繰り返した結果、ボロボロだったレストアベース車がフルエアロ&フェンダーライン修正仕様に生まれ変わりました。
当初は3枚の鉄板で再現しようとしたところうまくいかず、結果的に5枚の鉄板を組み合わせ叩き出しで私のイメージを再現してくださったそうです。
しかも、塗装の前段階であるサフェーサー処理を施し、イメージとは違うとまたイチからやり直したとか…。この形状を生み出すまで6回もやり直したと伺っています。
ただ単に、車幅を広げるフェンダーをつけたSVXは海外にも何台か存在しますが、いわれなければ気づかない、けれど見たら目を離せない、そんな絶妙な品の良さを狙い、SVXの持っている美しいラインと一体化させることも含めてオーダーしました。
フェンダーは約10mm増ですが、もともと絞ってある肩の部分にエッジを付け、デッキを作ったことでワイドに見えるようになっています。フューエリッドもワイドボディのラインに沿ってさりげなくラインを合わせてくれている点も感激しましたね。
上:給油口のフタを開閉した時、下:給油口のフタを閉じた状態
●エンジンをオーバーホール。その結果…
15万キロ走破したエンジンも不調の兆しがありました。そこで、知人のツテをたどってレース用のエンジンを組む方にオーバーホールをお願いしました。その際「ノーマル仕様のままちょっとリファインする程度でお願いします」とリクエストして……。
当時のインプレッサの部品を流用しつつ、エンジン内部にこれまで蓄積したカーボンの除去や、公差の範囲内のバラツキをうまく調律していただいたんです。さらに、ATやトルコンとの相性も加味しつつ、バランス取りをしていただいたようで、ニュートラルにしたままだと振動が出るんですが、トルコンに繋ぐとピタっと消えるんですよ。
5000kmの慣らし運転(普通に街乗り)を終えたあとの「3.3リッターフラットシックスエンジンのとんでもなく滑らかなフィーリング」に感激しましたね。
エンジンがキレイに回るようになったので、もう少しパンチほしいなぁと思いK-STAFFさんを訪ねた時、たまたま何本か作ったオリジナルマフラー(カナダのステブロ製のマフラー)の最後の1本が倉庫にあり、実際に音を聴かせていただいたところ、イチコロでした(笑)。その場で即決しました。
スペシャリストに手より、15万km時にオーバーホールされた3.3リッターフラットシックスエンジン
■愛車に対するこだわりを教えてください
たとえ純正部品がなくても、リビルトや中古品、流用部品などを駆使して、21世紀でも走り続けられるよう、気に掛けながら所有しています。繰り返しになりますが、クルマは走ってこそナンボなので。
手に入れた時はボロボロだった愛車が、今では胸を張って誰にでも見せられる仕上がりに仕上がったという自負があります(30年近く前のクルマには見えないと言っていただけます)。
2018年に開催されたノスタルジック2デイズ会場に展示された時の勇姿(画像提供:こざわさん)
■個人では限界がある。専門店の存在の大きさを実感
現存するアルシオーネSVXは、一説によると1000台を切っているそうです。それなりに弱点を抱えているクルマなので、情報共有は大切だと思いますね。北米のクルマ文化では、旧車好きの方が部品のストックをしつつ、なおかつ交流も盛んだと聞きます。日本でもこういった文化が広がってほしいな、と思いますね。
事実、特定の部品がどんどんなくなってしまうんです。ネットオークションでも奪い合い状態ですし…。そのため、できるだけ代替部品を早めに確保しておきたいのが本音ではあります。
私自身、当たりはずれを問わず、必要であればネットオークションで落札するようにしています。もし使えないと分かれば、可能な限り自分で直してストックしています。
また、主治医である K-STAFFさんは、部品を確保するためだけに相当数のストック車を保有しています。個人では限界があるのでとてもありがたいです…。
ワイドボディ化にともない、K-STAFFオリジナルエアロとマフラーが装着されている
■大まかな年間の維持費を教えてください(自動車税、オイル関係、ガソリン代などを含めた概算)
税金+少しずつ進めているリファインを含めて年間で60万円程度です。
サイドからの眺め。当時のキャッチコピーである「遠くへ、美しく」を見事に体現したフォルムだ
■失礼ながら、これまで大小の故障はありましたか?
・ATミッションのコントロールハーネス交換
・ATのバルブソレノイド交換
・ラジエータアッパーを割れやすい樹脂製から金属製に交換
・足回りのブッシュ類交換
・足回りサスペンションダンパーのオーバーホール(敢えて純正の、強度が高いダンパーをベースに使用)
・ATFクーラーの追加(真夏でもATの調子を保つため)
・コンピュータ類のはんだ割れ・コンデンサ寿命の予防として中古予備品と交換エ
・アフロセンサのコネクタ接触不良で良品の中古と交換
・リアデフのドライブシャフトシールは数年おきに交換
どちらかというと壊れたから直すというより、予防整備です。
室内のコンディションも極めて良好。油温計をはじめとする5連メーターがダッシュボードにすっきりとインストールされている
■純正部品の入手に苦労していますか? (欠品・製造廃止している部品などご存知でしたら教えてください)
アルシオーネSVX専用の純正部品はほぼ欠品しています。リアの足回りの一部など、初代レガシィなどと共用している部品は探せば見つかるかもしれません。
左:ノーマル、右:こざわさんの個体。たった10mm、ラインを変えるだけでこれだけ印象が異なるのだ!
■愛車の主治医のどのようなお店ですか? (ディーラーor専門店等)
アルシオーネSVXのことなら何でも知っているK-STAFFさん。整備はすべてお願いしています。 社長もSVXに強い思い入れがあって、雑談しているといつも長話になってしまいます(笑)。
上:ノーマルのリアフェンダー、右:こざわさんの個体。リアフェンダーアーチのラインも形状が変更され、シャープな印象を与える
■これからも乗り続けるご予定ですか?
足りない部品は、オーバーホールや他車種から流用したりして、動かせる限りは乗りたいですね。でも、自分の体力のほうが先にリタイヤしそうなので頑張ります!(笑)。
特徴的なフロントサイドのガラス。あえて途中で止めた状態で撮影。日本車において極めて稀な形状だ
■未来のオーナーのために購入時のチェックポイントや愛車のウィークポイントを教えてください
30年前の台数の少ないクルマということもあり、基本的には維持には苦労すると思います。壊れると直すのが大変なので、普通の乗れるコンディションのアルシオーネSVXに出逢えたらかなりラッキーだと思います。
直したくとも部品を探すのに苦労するので、「乗るよりも修理している時間のほうが長くなるクルマ」になっていますね……。
それと車重に対して、ブレーキは容量が不足気味なので、強化するとコントロールしやすくなります。
また、初期型ATには、3.3リッターエンジンのトルクは負荷が大きいので、滑りや変速ショックを防ぐため、ATFの管理やソレノイドバルブの劣化はチェックしたいですね。
電気系については振動などではんだ割れやコンデンサ不良が起きている場合は、中古良品などで交換しておきたいです。
インプレッサ用のブレンボキャリパーを鮮やかなグリーンでペイント。ホイールはエンケイの「RS05RR」を装着
■コザワさんにとって愛車はどんな存在ですか?
長距離をのんびりドライブするのが一番得意な相棒…でしょうか。
「いわゆる『ツアラー』ってこういうクルマのことを指すんだ」ということを教えてくれた存在ですね。どんな嵐の時でも安心して乗れるし、その気になれば高速巡航のまま10時間でも走ることができて、なおかつ体への負担も少ない、懐の深いクルマですよね。
サーキットも普通に走れますが、高速道路を80~90km/hくらいでのーんびりと長時間流しているのが一番しっくりくるように思います。クルマというより「船」に近いかもしれません。
こざわさんにとって、アルシオーネSVXは長距離をのんびりドライブするのが一番得意な相棒だという
例えばレガシィにも、SVXのツアラーとしての血が引き継がれているのではないか、と考える時もあります。ツアラーという血を残したという意味では面白い存在だなと思います。
マイナーなクルマだけに、修理部品を確保するためにあちこち情報収集したりと、何かと手がかかりますが、それだけに快調に動いている時の気持ちよさは格別ですよ!
■取材後記
もともとはレストアベース車だったというこざわさんのアルシオーネSVX。くたびれた個体が見事な復活を遂げ、イベントに展示するショーカーへと変貌を遂げるほど美しく生まれ変わったのだ!!
もしも、こざわさんがレスキューしていなかったら、すでに廃車となっているか、部品取り車としての運命が待ち受けていたかもしれない。
嫁ぎ先次第でクルマの運命が大きく変わる。このアルシオーネSVXは間違いなく幸運な1台といえる。もともと生産台数が6000台に満たないというアルシオーネSVX。ましてや、こざわさんの個体は世界に1台しか存在しないスペシャルモデルだ。
その価値と重要性をもっとも理解しているオーナーのこざわさんや主治医であるK-STAFFの皆さんが、この個体を後世に残すべく尽力してくれるに違いない。
停まっていても画になるが、走るとそのデザインがより引き立つ印象。周囲の目を惹くクルマであることは間違いない
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