かつて、メルセデス・ベンツといえば大きな高級車、というイメージが強かったが、現在ではAクラスやBクラスをはじめ、小型車のバリエーションも増えた。そんなメルセデス・ベンツの小型車の歴史を何回かに分けて振り返ってみたい。
ガソリンエンジン車は小型であることがポイントだった
メルセデス・ベンツは、今でこそAクラスとその派生モデルであるBクラスやCLAなど、小型車もつくっているが、かつては大きめのクルマに専念する高級車メーカーというイメージが強かった。しかし、実は130年も前から小型車づくりに取り組んできたのだった。
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そもそも歴史的なベンツ1号車が「小型」だった。メルセデス・ベンツの前身のひとつである、カール・ベンツが率いるベンツ社(ベンツ&Co.)は、1886年に史上初の(これについては諸説あるが…)ガソリン自動車を完成させた。
ベンツ1号車は、0.89psを発生する単気筒の1Lエンジンを床下に積む、2人乗りの三輪車だった(前が1輪、後ろが2輪)。見るからに細い車輪やフレームシャシは自転車の技術によるものだが、エンジンの性能からすればそれでこと足りた。
ガソリンエンジン車は、最初から「小型車」として誕生するのが使命だったともいえる。先に実用化されていた蒸気エンジン車は、蒸気機関が大がかりなので、乗り合いバスや作業用車など、大型車両が主だった。
それに対しガソリンエンジンは、燃料も含めて軽量コンパクトだった。小型のパーソナルカーは、ガソリンエンジンの実用化によって可能になった。ガソリンエンジン車なのだから、小さくつくらなくては意味がない。もちろん、最初は大型エンジンがつくれなかったということもあるのだが。
ベンツ1号車と同じ三輪車は何台もつくられ、市販化された。ベンツははじめからクルマとしてのパッケージを考えて、1号車を開発した。3輪車はあまりに性能が控えめだが、そもそもドイツではクルマ禁止法的なものがあり、クルマを公道で走らせるのもままならない時期もあったので、それで十分ともいえた。
やがて状況は改善され、ベンツ社は1893年に2号車というべき「ビクトリア」を市販する。ステアリング機構を改良して4輪車化し、実用車としての改善を盛り込んだ。エンジンは3psを発生する単気筒の2.9Lで、1号車と同じようにシート下に配置された。車体は1号車より大きめで、さまざまな派生モデルもつくられた。
翌1894年には、ビクトリアの縮小版のような「ヴェロ」を市販化した。ヴェロのエンジン排気量は1Lしかなく、2人乗りで、まさにシティコミューターというべき小型車だった。ベンツ社は、1890年代後半には最大の量産メーカーになっていた。とくにヴェロは多くつくられ、1901年までの間に1200台が生産された。ヴェロは世界最初の量産車といわれている。
ベンツはシンプルな機構で、量産し、価格をなるべく安く抑えて、実用車を人々に提供しようとした。19世紀末のベンツ車は、旧式な設計ながら、信頼性も高く、多くのメーカーに模倣されることになる。
ところが、レース参戦に熱心なメーカーが急速に近代化、高性能化を進めていた。1901年には、将来(1926年)ベンツ社と合併することになるダイムラー社からフロントエンジン4気筒のメルセデスが登場し、新時代の自動車として一世を風靡する。
ベンツ社はそのあおりで、ヴェロの生産も終了して、メルセデス流の設計に転換せざるをえなくなった。やがてモンスターレーシングカーなどもつくるようになり、その後しばらくの間、ベンツ社、そしてダイムラー社と合併したダイムラー・ベンツ社は、小型車で気を吐く存在ではなくなるのだった。(文:武田 隆/写真:メルセデス・ベンツ)
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