ポルシェを語る時、レースを抜きにすることはできない。ポルシェはその誕生以来、プライベートドライバーにリーズナブルな価格でレース参戦車両を提供してきたが、2006年には997型911でも「GT3 RS」を投入している。もちろんレース参戦を前提とした車両なのだが、それを一般道で誰にでも味わわせてしまうところがまた、ポルシェのポルシェたるゆえんでもある。今回は2007年に行ったこのGT3 RSの試乗の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年4月号より)
プライベート レーシングドライバーのためのRSシリーズ
ポルシェは、その誕生時点から「フォルクス・シュポルト(民衆スポーツ)」と呼ばれている。それゆえにその後のレーシングカーの作製にあたっては、もちろんホモロゲーションという規定はあったにせよ、自らのモータースポーツ参戦に際してプライベートドライバーに比較的リーズナブルな価格で同じレベルのレーシングスポーツカーを販売していた。
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もっともよく知られているのがポルシェ904カレラGTSである。1963年から64年の間に生産されたこのミッドシップ・ポルシェは、日本GPで疾走して日本でもすっかり有名になった。そして1972年にはいわゆるナナサン・カレラ、911 2.7RSが発表され、1978年に911 3.0SC RSが登場した。
そしてこの辺りから業績不振もあってしばらくお休みがあり、1988年の964、そして1993年の993で空冷最後のRSが登場する。そして1999年に水冷996が発表され、このモデルをベースにRSの直系であるクラブスポーツ「GT3」が市場に送り込まれたのである。さらに2003年4月にはいよいよ「RS」の称号が与えられたGT3 RSが発表され、これで未来に向けてプライベート・レーシングドライバーのためのRSシリーズが継承されることが明らかになったのである。
今回、ロードインプレッションに借り出したのはこのRS直系のGT3 RS、ベースはもちろん最新の997である。エンジンはターボと同じベースのボア×ストローク100×76.4mmで総排気量は3600cc、最高出力415ps/7600rpm、最大トルク405Nm/5500rpmだ。
さて、シュツットガルトへ到着すると、いやな予感は的中した。これまでポルシェの高性能モデル、特にRSをテストする時に決まって雨が降ったり、ひどいときには雪までが降ったりすることもあった。そして今回はどんよりと曇った空から、いまにも雨が降り出しそうな勢いであった。
いつもは優しいポルシェの広報担当ミヒャエル・バウマン氏もさすがに「雨が降ったら貸し出しはできない」と、きっぱりと言っており、低く垂れ込めた雲を見上げながらキーを渡す時も、とても心配そう。「このカタチのまま返して欲しい」と冗談とも言えない冗談を発している。
しかし、やや救いというか、安心なのはこのクルマに乗るのが2度目だったこと。最初の予行演習ではドライで、かなりのインフォメーションは集っていた。なぜそんなにナーバスなのかといえば、このGT3 RSに装着されているタイヤを見ていただければわかる。フロント(235/35ZR19)、そしてリア(305/30ZR19)に装備されるミシュランのパイロットスポーツ・クラブのプロフィールは3本の浅い溝の他に、まるでネコが引っ掻いた痕のようなパターンしかない。しかも、この日の外気温度は8.5度だ。
案の定、ポルシェの駐車場を出たところですぐにズリッと来る。タイヤが暖まらないと、まるで泡だらけの銭湯の中を下駄で駆けているようだ。仕方ないので、午前中はスタジオでスタティックな撮影と観察に専念する。
GT3をベースにしたこのRSのもっとも大きな特徴は、ボディである。GT3がスタンダードカレラ、つまり後輪駆動ボディを使っているのに対して、このGT3 RSはカレラ4やターボなど4WDモデルと同じボディを使っている。そのためにリアが44mm広がっている。そしてこのワイドなリアには巨大な固定式カーボン製リアウイングがある。一見すると調整が可能なようだが、公道バージョンでは認可されないので一応ボルトで止まっている。
しかしこうした空力的付加物、そしてワイドになったボディの結果、空気抵抗はやや大きくなっており、Cd値はスタンダードGT3の0.29から0.30へとわずかに落ちている。また、このテスト車に装備されているのはオプションのPCCB(ポルシェ・セラミック・コンポジット・ブレーキ)で、フロントが380mm、リアが350mm、共にドリルド・ベンチレーテッドタイプである。また黄色いキャリパーは強固なアルミ製のモノブロックタイプでフロントに各6個、リアには各4個のピストンを装備する。
巨大なリアウイングの効果で超高速では路面に張り付くよう
雨も上がり、撮影も済んだので、いよいよ出発である。後部にボディ同色のロールケージが張り巡らされた室内は、レザーとアルカンタラで真っ黒、もちろんリアシートも取り外されている。左右で24kgの軽量化に貢献しているレカロ製シートに身体を預け、シートベルトを締め上げると観念して出発直前のコクピットの観察を開始する。
リムの上部中央にテーピングしてあるバックスキンのステアリングホイールの向こう正面には8400rpmからレッドゾーンのタコメーター、その左が350km/hまでスケールの広がったスピードメーターが目に入る。
ふだん乗っている乗用車と較べると、まるで壁を押すような感じの重いクラッチペダルを踏み込み、左手でイングニッションキーを回すと、金属的なクランキングの後、グアーンとボクサーが目覚める。やや抵抗のある、それでいてなぜかメリハリのないシフトフィールを持つシフトレバーをローに押しこみ、スロットルペダルとクラッチペダルを慎重にシンクロさせる。一瞬クラッチの反発力に負けそうになりストールしそうになったので、スロットルを少し踏み込んで、蹴飛ばされるように発進、間もなく「次はクラッチミートをちゃんとしろよ」と警告されようにキャビンにはクラッチディスクの焼けた匂いが充満する。
しかし、その後は別に難しくはない。2速、3速と軽く流しながら、まるで洗濯板の上に座って階段を滑り下りるような硬さを我慢しながら目的の81号線へ向かう。シュツットガルトからスイスへ向かうアウトバーンは比較的空いており、速度制限が解除されている区間も長いのだ。前方が空いたのを見計らってスロットルを開くと、タコメーターの針はまるで風に吹き飛ばされたような勢いで上昇する。
キャビンの中は金属的なギアノイズとボクサーの爆発音で充満する。スタートから100km/hまではわずか4.2秒、ひと呼吸する間だ。そしてそのまま3速ヘシフトアップすると、8.5秒後には160km/h、またその4.8秒後には200km/hに達する。
実は、この頃になると路面からの突き上げは少なくなってくる。そしてメーター読みで300km/hは、特に緊張感なく何度か達することができた。フロントのリップスポイラー、そして巨大なリアウイングのお陰で、RSは路面に吸い付くように安定している。
もちろんこのスピードだと前方のクルマはすべて停止している、あるいはゆっくり移動しているように見えるので、すぐにブレーキに足が届く態勢でいなければならない。もっともポルシェのブレーキの制動力とそのがっしりした剛性感には定評があり、如何なるスピードからも安心してフルブレーキを掛けることができる。もちろん姿勢が乱れることなど皆無だ。
残念ながらこの日、計画していた山間路はまだ雨に濡れており、また落ち葉も多いので、ワインディングのインプレッションは諦めたが、後日のテストで驚くほどのコーナリング能力を確かめることができた。わずか34mm拡大されたリアトレッドだが、コーナリングフォースは凄まじく、バケットシートに収まっていても左足で強く身体を支えていないと、押し倒されそうになるほどだった。
このGT3 RSはポルシェのモータースポーツに対する一般ドライバーへの態度がよく現れている。購入ドライバーはそのままACO、FIA-GT、あるいはIMSAのイベントにすべて参加することができるようにホモロゲーションされ、さらに開催されるコースに合わせてシャシのアジャストも比較的簡単にできるようになっているのだ。
これらの内容を考えるとポルシェのロードゴーイングレーサーは、やはり多くの人たちに幅広くモータースポーツを楽しんでもらおうという考えに立っていることがよくわかる。サーキットに現れる多くのプライベーター達が、ポルシェを選んでいるのは単なる偶然ではないのだ。(文:木村好宏/Motor Magazine 2007年4月号より)
ポルシェ 911 GT3 RS 主要諸元
●全長×全幅×全高:4460×1852×1280mm
●ホイールベース:2360mm
●車両重量:1375kg (DIN)
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3600cc
●最高出力:415ps/7600rpm
●最大トルク:405Nm/5500rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:RR
●最高速:310km/h
●0-100km/h加速:4.2秒
※欧州仕様
[ アルバム : ポルシェ 911 GT3 RS はオリジナルサイトでご覧ください ]
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