ミニマムな空間が得体の知れない楽しさに繋がる
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第44回は「小さなチンクエチェントの大きな魅力」をお届けします。
行きはよいよい帰りはちょっと…屋根付きコインパーキング争奪戦! ただしフィアット「500」は絶好調です【週刊チンクエチェントVol.43】
小さい車体はチンクエチェントの武器
2021年オータムのゴブジ号は、ずいぶんとオーサムだった。「おー寒っ!」じゃないぞ。「Awesome!」なんだぞ。「とてもよい」とか「すごい」のオーサムなんだぞ。そこんところ間違えたらバチが当たるからね。
いやいや……そう、エンジンルームのオイルじんわり噴出問題が依然としてあるにはあったけど、そこを除けば何も問題らしき問題はなく、やたらと好調で、走りは滑らかにして速いし──チンクエチェントにしてはだけどね──「やばい! 止まっちゃうかも……」とイヤな汗をダラダラ流しちゃうようなグズり方をするようなこともまったくなかった。
だから楽しい。だから気持ちいい。だから気分が浮き立ってくる。
そうなると、前回報告した“980円屋根付きコインパーキング”争奪戦という過酷な闘いが待ってることを承知のうえで、あっちこっちに乗っていきたくなるわけだ。もともとそんなところがこの『週刊チンクエチェント』の基本コンセプトで、ようやくそれに近い使い方ができるようになってきた。
もちろん仕事にだって乗っていく。がんばってもアベレージが上がらなくて遅刻しちゃう可能性もあるし、もっと言うなら途中でへそを曲げて止まっちゃって辿り着けない可能性もあるのだが、許してもらえそうな状況だったり相手だったり、あるいは何かあってもリカバーできそうときにはゴブジ号で走っていった。
今回のメインカットは、老舗の自動車雑誌、『LE VOLANT』の試乗の仕事で東京某所に出向いたときのモノだ。ドイツ系に強いLE VOLANTらしく、巻頭特集の中の2台のドイツ製SUV比較試乗、である。指定された時間に現場に到着してみると、ゴブジ号を停められるスペースはその2台の間しかなかったのだ。
ゴブジ号の小さいこと小さいこと……。
いや、もちろん2台が大柄なモデルだということもあるのだけど、同じ“自動車”だとは思えないくらいの歴然とした差である。ゴブジ号、半分ぐらいしかないんじゃないか? と思えてくる。
そう、2代目フィアット500は本当に小さいのだ。資料によってわずかに数値が異なる場合があるけれど、全長2970mm、全幅1320mm、全高1325mm。日本の軽自動車が山車に思えるほどのサイズだ。軽自動車もたまに乗ると「小さくて楽だなぁ……」なんて感じられるものだけど、日本が誇る軽自動車の規定は、長さ3.4m以下、幅1.48m以下、高さ2.0m以下とされていて、大抵の場合は規定いっぱいいっぱいで作られてる。チンクエチェントはそれより長さが43cm短くて、横幅が16cm狭い計算だ。どれだけ小さいか、乗ったことのない人でも何となく想像できるだろう。
その小ささって、実はチンクエチェントの武器であり、実は大きな魅力でもあるのだ。
車内には手が届かない箇所なんてほとんどない
例えば機動力、と言えばいいのかな? 都内のゴチャついた道でも狭い路地でも、まったく躊躇せずに入っていける。何せ運転席に座っていて車体の四隅に自分の手が届くんじゃないか? っていう気持ちになるくらいだから、いうまでもなくクルマの先端とか後端とかモロモロがどのあたりにあるのか、めちゃめちゃ掴みやすい。視界も悪くないから、例えば人ごみの商店街みたいなところに入らなきゃならないようなシチュエーションでもまったく難儀しないし、ちっとも不安がない。ついでに通行人の皆さんから「かわいい♡」なんて声が聞こえてきたりもするし。
何せそういうサイズだから、フツーに走っていて道を狭く感じるということが、ほぼ皆無。道幅や障害物に必要以上に気を使うなんてことも、ほぼ皆無。一般的な往復1車線ずつの道でカーヴが続いたりすると、片側の車線の中だけでアウト・イン・アウトのラインを作りながらコーナリングできちゃうくらいだ。それもまったく危なげなく。
運転席から右にまっすぐ手を伸ばしてちょっと身体を傾ければ、助手席側の窓を開閉するためのレギュレーターを楽勝でクルクル回せるし、三角窓の開閉も、その外側にあるドアミラーの調整もできちゃうし、後ろを振り返って手を伸ばせば後席のどこに置いた荷物だってサッとピックアップできちゃう。車内には手が届かない箇所なんてほとんどないのである。
何より、そのミニマムな感じには得体の知れない楽しさのようなものがあるのだ。ゴヨーショーのミギリに押し入れの中に作った秘密基地に入り込んで遊んでたときの楽しさに、もしかしたらちょっと似てるかもしれない、なんて思ったりもする。ただそこに収まってるだけで嬉しくなるような、そんなミニマムな空間。それでいて助手席を使った2人乗りでもたいして苦にならないくらいの妙な広さはあるし、後席まで使った4人乗りだと狭い空間に人がパンパンに充満してるかのような感覚があって、思わず全員で笑っちゃうようなおもしろさがある。……短距離限定、だけど。
>>>フィアット&アバルトの専門誌「FIAT & ABARTH fan-BOOK」のvol.08を読みたい人はこちら(外部サイト)
チンクエチェントに、停められない駐車スペースはない
そして、小さい=軽い、がそのままあてはまるのも素晴らしい。2代目チンクエチェントの車重は、これまた資料によって数値にわずかな違いはあるのだけど、初期に近い“500D”あたりでは485kg程度、最後期の“500R”でも525kg程度といわれてる。超軽量スポーツカーとして知られるケータハム セヴンのもっとも軽いモデルに匹敵する軽さなのだ。
実際、その軽さって、結構な場面で実感できたりする。エンジンのパワーやトルクが一般的なクルマと較べて圧倒的にたりないのに現在の交通の流れに何とかついていけるのも、見た目と違ってコーナリングが思いのほか軽快なのも、その軽さによるところが大きいな、と思えるのだ。それに、これもケータハム セヴンと同じっていえば同じなのだけど、駐車してクルマから降りて、駐車位置を微調整したいときなどには、乗り込んでエンジンを再始動して……なんてことはせず、ギアをニュートラルに戻してサイドブレーキを解除して、押す。ひとりで押したり引いたりする。その方がめんどくさくないし、時短に繋がったりもするのだ。信じられないという人がいるかもしれないけど、実に簡単、ひとりでできるもん、なのである。
そこで思い出したのだけど、これだけ車体が小さいと、駐車場でも停めやすいことこのうえない。車体が丸っこいからバックで駐車スペースに入れるときにまっすぐ収めるのがちょっと難しかったりもするのだけど、ワクからはみ出すということがあり得ない。軽自動車じゃないから“軽”と記されたところに停めることは絶対にしないけど、試しに入れてみるまでもなく楽勝。チンクエチェントに、停められない駐車スペースというのは存在しないのだ。
クルマは人を選べない……
そういう素晴らしく小さいサイズだからして、コインパーキングなどでもワクの中に収めるときの自由度が高いから、周りの状況とかを見ながら右端に寄せたり真ん中に置いたり左端に寄せたりしてるのだけど、特に右側にほかのクルマが来ない駐車スペースに停めるときは、僕は右側ギリギリに停めるようにしてる。左側に停まるクルマからのドア・パンチを可能な限り避けたいからだ。
でも、図々しいバカヤローというのもこの世には存在していて、呆れかえっちゃうことというのもあったりする。前回のメイン・カットはゴブジ号が大型SUVと並んで“980円屋根付きコインパーキング”に収まってるモノ。今回も別の日に同じ駐車場で撮った、大型SUVと並んだカットをオマケ的に入れてある。その大型SUVの右側のタイヤ位置。完全にこちら側のスペースに入り込んでるでしょ。僕が右側に貼りつくように停めてスペースがあったからといって、いくら車体が大きいからといって、さすがにこれは度を超してるよな、と思う。おまえのためにスペースを作ったわけじゃないぞ、とただただ苦笑い。いつの間にか出逢うことがなくなってたけど、この大型SUVはいつも決まってこの停め方だった。スペースにちゃんと収まらないなら収まる大きさの駐車場に入れろよな……。
まぁ僕としてはジャイアンにイジメられてるかのように見えていながらも存在感ではまったく負けてないチンクエチェントって、あらためてすごいな……なんて思えたりもして、そこはそこで喜ばしかったのだけど、同時にこういうことが平気でできちゃうオーナーに乗られるこのクルマがとても可哀想に感じちゃったし、こういうバカヤローがこのクルマのブランド・イメージを台無しにしちゃってるのだよな、とも思う。
人はクルマを選ぶことができる。でも、クルマは人を選べない。クルマやそのブランドのイメージが悪くならないような乗り手でいよう、と自戒を込めて……。
■協力:チンクエチェント博物館 https://museo500.com
■協力:スティルベーシック https://style-basic.jp
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みんなのコメント
パワー無くてもコーナーは楽しいでしょう。
経済的余裕があれば完全にメンテナンスして普段の足に使いたいくらいです。