あの頃のキャスティングは面白かった!
タレントをどう使うか?
クルマのコマーシャルは多額の費用をかけて作られてきたのはご存知のとおり。今も強く記憶に残っているものが多い。1990年代にも、面白い作品が、いくつも生み出された。
80年代までは、有名タレントが登場して“ニッコリ”しているだけでもよかったけれど、車種が増え、メーカー間の市場での競争が熾烈になるつれ、タレントをどう使うか? どうやって商品を印象づけるか? が、重要となってきた。
それゆえ各メーカー、個性的なキャスティングが増えたのだった。
(1) トヨタ「ビスタ」(4代目)×田村正和90年代のなかばから、市場は大きく、ミニバンを含めたSUVへと動いていた。トヨタ自動車が4代目ビスタを発売した94年あたりは、それでも、まだちょっと前の良き価値観が残っていた。
トヨタは、4代目ビスタ発表の3カ月前にテレビでオンエアが始まり、人気を集めはじめた「古畑任三郎」シリーズ(三谷幸喜脚本)主演の田村正和をキャラクターに起用。タイミングもよかった。
田村正和のイメージ通りの、落ち着いて説得力のある声で「これまでのビスタはこうだから、(4代目は)こんな感じ?」と、始まる。次に「違いますよ」と、意外なセリフがあり、そして「ふっきれてる。」というキャッチコピーが入る。
なにが”ふっきれてる”のか? 当時はよくわからなかった。メーカーの意図としては「走りがふっきれた」「スタイルがふっきれた」そして「なによりも開発思想がふっきれた」ということだったようだ。
先代から、「TEMS(トヨタ電子制御サスペンション)」をはじめ、「テレスコピックステアリング」「超音波雨滴除去ドアミラー」「フルエリアワイピングシステム式車速感応時間調整式間欠フルコンシールドワイパー」「エレクトロニックディスプレイメーター」などが廃止されたのが4代目。
一方、ホイールベースを延ばすとともに、ボディはピラードハードトップをメインにすえたのが4代目だ。ファミリー層がSUVに移行しつつあるなかで、セダンとしての価値を追求した結果だろう。
広告と実像をあまり強く結びつけるのもどうかとは思うが、開発思想が“ふっきれた”とは、セダンでマスを追求していく時代ではなくなった……ということだったのか。
すべてお見通しの警部補・古畑任三郎とイメージがうまく二重写しになったような田村正和に象徴される、大人っぽいハードトップセダンの価値をわかる人に向けて開発されたクルマ。それが5代目ビスタだったのだろう。
ビスタは5代目(98年)になると、1505mmもあるクロスオーバー型というのか、側面から見た際に、妙な縦横比が採用された。そしてハードトップは廃止。そのかわり、メインには「ビスタアルデオ」と、名付けられたステーションワゴンが据えられた。
急な勢いで変わっていくトレンドに翻弄されていた感がある。
(2) ホンダ「オデッセイ」(初代)×アダムス・ファミリーテレビコマーシャルとして、キャラクターに強いひねりが効いていたのが、1994年に発表されたホンダの初代オデッセイのもの。コピーは「幸せづくり研究所」で、登場するキャラクターはいわゆるアダムス・ファミリーだった。
米国のカートゥニストである、チャス・アダムズ(12~88年)が創作した不気味な一家が、いわゆるアダムス・ファミリー。ごく最近では、ティム・バートン監督、ジェナ・オルテガ主演のNetflix ドラマ「ウェンズデー」(2022年)の元ネタでもある。
カートゥーン(ひとこまマンガ)としての初出は37年の「ザ・ニューヨーカー」誌。故・長谷川町子はこれにインスパイヤされて「いじわるばあさん」(1966年)を作ったのではないかというのが、私見である。
ただし、ドラキュラ、マミー、人造人間といったモンスターで構成されたアダムス・ファミリーのやることは、はるかに悪辣。人命に関わるいたずらが大好きで、よくこの内容で連載が許可され、さらに多くのファンを生み出したものだ、と、作品集を何冊も持っている私ですら、あきれてきた。
初代オデッセイのコマーシャルを制作したスタッフが、どうやってホンダの宣伝担当を説得したのかわからないし、当時、このコマーシャルを見たひとの何人が「あ、アダムス・ファミリーだ!」と、ピンときたか知らないが、セットにもカメラワークにも外国人俳優の役作りにもしっかり手をかけた出来映えだ。
重要なのはファミリーが最初で、次はそのファミリーにインパクトがあること。トヨタならサザエさん一家を起用するかもしれないが、適度にとんがっていたホンダだけに、不気味さを逆手にとったのだろう。大変重要なモデルであるオデッセイでこれをやったのは英断だ! と、当時テレビの前の私は思った。
初代オデッセイは乗用車とミニバンの中間的なスタイリングが印象的だった。「アコード」の基本プラットフォームを使いながら、2830mmものロングホイールベースを実現。全長も4750mmと思いきった長さ。ただし全高は1650mm前後に抑えられていた。
長いルーフをもつ車体には3列シートが収まっていた。これが先述した7人で構成されるファミリーをキャラクターに使う理由。2列目シートを折りたたむと広い積載空間が使えるのは、大きなカラダのフランケンシュタインの怪物役の役者で表現していた。
スライドドアを商業車みたいだと敬遠する傾向が強い米国市場を考えて、後席用ドアも前ヒンジの乗用車的なもの。これもよかった。
ただし、3列目シートの空間は狭くて、大人には不向き。荷物置き場が一番向いていた。ロングホイールベースの車体を考えると、残念だと思ったものだ。パッケージングって難しい。
(3) ダイハツ「ロッキー」(初代)×相原勇初代ダイハツ・ロッキーのテレビコマーシャルはまことに元気のいいものだ。ほぼ全篇にわたって「ロッキー」と叫んでいるバージョンもあった。主演は、タレントの相原勇。
相原勇は、当時テレビの深夜帯にもかかわらずある種の社会現象まで引き起こした「三宅裕司のいかすバンド天国」(TBS系)の司会アシスタントで人気を呼んでいた。番組は89年2月に始まり90年12月に終了するので、90年6月にロッキーが登場した時点では、おもいっきり旬のひと。
“イカ天”は、ご存知のかたが多いと思うけれど、素人バンドの勝ち抜き合戦。5週勝ち抜くとメジャーデビューが約束される構成だった。この番組出身の「人間椅子」など、今も世界的に高い評価を受けながら活躍中のバンドがあるのも、文化的貢献度が高かったといえるのではないだろうか。
表現の幅が広く、ビジュアルでも凝ったバンドが多く登場したことでバンドブームが起こり、若者の多くが楽器を手にするきっかけを作った。この頃人気のあった日本のフェルナンデスが、さきごろ倒産したとき、私は一瞬、“イカ天”のことを思い出した。
“イカ天”では、相原勇の「次のバンドはこのバンドだい!」という紹介がキュートで、これで好感度が急上昇。ロッキーのコマーシャルでも、市街地を走り、そのあとオフロードを走るシーンに合わせて「街乗りだ、山乗りだい!」と、相原節が聞けた。
初代ロッキーは、しかし、広告から受けるイメージとは異なり、本格的な成り立ちのクロスカントリー型4WDだった。セパレートフレームのシャシーに、リヤサスペンションはリジッド。1.6リッターエンジンに組み合わされる駆動系は、トランスファー付きパートタイム4WDと、もうひとつ、ロック機構をもつセンターデフ式フルタイム4WDとが用意されていた。
ホイールベースは2175mmとかなりショート。全長3800mmていどのボディには2ドアしか用意されていなかった。リヤの合成樹脂製のトップを取り外してセミオープンに出来る(それによって車内騒音が低減できる)など、ジープみたいな構成だ。
実際、市街地で使うにはけっこうハードな印象で、限られたユーザーを対象にしている感が強かった(当時はメルセデス・ベンツのGクラスもそんなクルマだった)。日本では6年間、海外の一部の市場では12年間生産継続されたのだから、オフロードの走破性を評価するひとは一定数いたことになる。
文・小川フミオ 編集・稲垣邦康(GQ)
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