いすゞ・ビークロス
いすゞには型破りなクルマを作るメーカーというイメージはあまりないが、ビークロスは輝かしい例外である。1993年の東京モーターショーでコンセプトカーとして発表され、4年後にほとんど変更することなく発売された、いすゞ・ビッグホーンに近いコンパクトSUVである。
<span>【画像】名車と珍車は表裏一体【ランボルギーニLM002など4台を写真で見る】 全103枚</span>
1997年から2001年まで生産され、主に米国で少数が販売された。
ランボルギーニLM002
現在のランボルギーニ・ウルスは、高級・高性能SUVの1つとして広く知られている。ランボルギーニが過去に製作した強力なオフロード・トラックであるLM002よりも、はるかに有名でトレンドの一部となっている。
LM002は、角張ったボディに大きなV12エンジンを搭載し、4輪を駆動させた。控えめに言っても、これは当時ランドローバーが作っていたものとは全く違う。スポーツカーメーカーがオフロード・トラックを作るのはおかしいと思うなら、ランボルギーニがもともと農耕用トラクターを作っていたことを思い出してほしい。
リンカーン・ブラックウッド
フォードの高級車ブランドであるリンカーンがピックアップトラックを作るというのは、当時は良いアイデアに思えたはずだ。ブラックウッドは、同時代のフォードFシリーズと関連しており、豪華な装備を満載していた。しかし、一般の人々はこのピックアップトラックにほとんど関心を示さず、米国では2002年モデルのみ、メキシコでは2003年モデルまで販売されるに留まった。
フォードが失敗した分、GMが成功した。ブラックウッドに似たコンセプトのキャデラック・エスカレードEXTは、2002年から2013年まで2世代にわたって製造され、奇をてらったものとは思えないほどの成功を収めている。
ロータス・エウロパ
ロータスは1960年に初のミドシップ・レーシングカーを開発し、6年後にはそのレイアウトを市販車にも導入した。このタイプのスポーツカーとしてはかなり早い時期での登場であり、「ブレッドバン(パン屋のバン)」と呼ばれる奇妙なボディ形状を除いても、エウロパは当時としては異例の存在であった。
当初、ロータスはルノーのクレオン・アルーエンジン(ルノー16や世界ラリー選手権で優勝したアルピーヌA110にも搭載)を採用していたが、1971年にはフォードのケントエンジンをベースとしたツインカムがラインナップに加わった。
マトラ・ジェット
ルネ・ボネ・ジェットとして知られていたマトラのスポーツカーは、単なる変わり者ではなく、エポックメイキングな存在だった。生産台数はかなり少なかったものの、世界初のミドエンジン搭載ロードカーとして生産された。
1962年に登場したジェットは、ルノーのクレオン・フォンテエンジンを搭載していたが、このエンジンはルノーのセダン「8」、スポーツカー「フロリード/カラベル」、バンの「エスタフェ」に搭載したばかりであった。
マトラ・ランチョ
ランチョは、1977年から1984年まで製造されたクロスオーバー車で、この言葉が浸透するずっと前のものである。シムカ1100をベースにした(正面から見るとよく似ている)このクルマは、2枚のドアの後ろにあるメインのボディワークがグラスファイバーで作られていた。
キャビンのリアセクションは、フロントセクションよりもはるかに広いヘッドルームを持ち、光を取り入れるためにウィンドウが増設されていた。ラゲッジスペースは驚異的で、特に上に積み上げる準備ができていればなおさらである。ランチョの主なウィークポイントは、1.4Lのガソリンエンジンで前輪のみを駆動するため、見た目よりもはるかにオフロード性能が低いことだった。
メルセデス・ベンツAクラス
2013年以降に製造されたメルセデスAクラスは、以前のモデルとは似ても似つかぬものとなっている。旧モデルは背が高く、前輪駆動であることから、従来のメルセデス製品とはすでに一線を画していた。
さらにすごいのは、サンドイッチ・フロア・システムを採用していたことだ。これは、衝突時にエンジンとトランスミッションが運転席と助手席の足元に押し込まれるというもの。しかし、1997年にスウェーデンで行われたテストで横転し、安全性の低さが指摘されてしまった。メルセデスは「クルマの過失ではない」としながらも、しばらくして適切な調整を行った。
メルセデス G 63 AMG 6×6
一般に販売されている6輪車は、どれも奇抜なものばかりである。中でも、メルセデスGクラスSUVの6×6は圧巻だった。6個の車輪は、AMG製の550ps近い出力を持つ5.5LツインターボV8エンジンで駆動される。歴代Gクラスの中で、これよりパワフルなのはV12 AMG G 65だけである。
この6×6は、オーストリアのマグナ・シュタイヤー社で2013年から2015年まで短期間生産されたが、非常に高価で、それに伴って非常に希少な存在となっている。
メルセデス・バネオ
前置きが長くなってしまうが、ドイツ語では「バン」という言葉が英語よりも広い意味を持つことに触れておく必要がある。そのため、英語圏の人は「バネオ」という名前から、バンを乗用車に改造したものだと思ってしまう。実際にはAクラスを長くしたもので、総容積の約70%が乗員と荷物のために使われていると謳うほどの広さを持っていた。
しかし、見た目はやはりバンであり、それがわずか3年で生産が中止された理由の1つでもある。
ミニ・クラブバン
ミニは、新しい市場分野に進出しても、想定より顧客が少なく、すぐに撤退してしまうことがある。そのため、クーペ、ロードスター、ペースマンの寿命は短かった。もう1つ例として挙げられるのは、いまのところミニブランドで唯一の商用車となっているクラブバンである。初代クラブマンにリアとサイドのウィンドウを付けず2人乗りにしたもので、バンとしては室内空間が狭く、フロアの高さも不便であった。
しかしBMWは、ケータリングやイベントの企画者、カメラマンなど、小さな荷物をたくさん運ぶ必要のある人たちにアピールできると期待していた。残念ながら、このプロジェクトに見合うだけの数の人々がクラブバンを購入することはなかった。
ナッシュ・メトロポリタン
ナッシュ・メトロポリタンほど、1950年代の米国車のステレオタイプを覆すものはない。ナッシュ・ケルビネーター社が設計し、英国のオースチンが製造したメトロポリタンは、とても小さいクルマだった。全長は4mに満たず、1.5L以上のエンジンは搭載されなかった。
米国でも他の市場でも、大きなインパクトを与えることはできなかったが、8年間も生き残ることができるほどの人気を誇った。
日産キューブ
キューブは、奇抜なものが好きな日本では特に奇抜さを感じさせないクルマだった。しかし、3代目が欧米で発売されるやいなや、変わり者の地位を獲得した。
しかし、その魅力は日産が期待していたほどには西洋に伝わらず、日本ではその後も何年も売れ続けたが、欧米ではあっという間に生産中止になってしまった。
プジョー1007
プジョーの小型MPV(ミニバン)で、スライドドアを持つこのクルマは、一見するとちょっと変わっているが、とても便利そうなクルマに思えた。しかし、重い上に2006年当時で1万5000ポンド(約230万円)以上と高価で、前席のシートベルトは背の高いドライバーでも届かないほど後ろに取り付けられていた。
マジックテープで取り付けられたトリムは、色違いのものと簡単に交換できるという特徴があったが、問題を補うには十分ではなかった。販売は低迷し、プジョーの顧客は一般的な小型ハッチバックに流れ、1007は5年後の2009年に廃止となったのである。
ポンティアック・アズテック
アズテックはクロスオーバーSUVであり、多くの点でむしろ良いクルマであった。買った人はおおむね気に入っていたが、問題は、ほとんど誰も買わなかったことだ。
買ってもらえなかった理由は、見た目がとても奇妙だったからだ。大手メーカーが販売したクルマの中で最も醜いクルマの1つとよく言われ、2005年に生産中止になった今でも、そのレッテルが剥がれていない。
特筆すべきは、中身はほぼ同じ車種でありながら、よりオーソドックスなスタイリングを持つビュイック・ランデブーの販売が、事実上3対1でアズテックを上回ったことだ。アズテックの12万台に対し、ランデブーは31万6000台が売れた。
ルノー・アヴァンタイム
マトラが開発・製造したアヴァンタイムは、ルノーが21世紀初頭の激動の時代に販売した最も奇妙なクルマの1つである(ヴェルサティスなど特異な外見を持つクルマも販売していた)。
クーペとして販売されたアヴァンタイムは、実際にはMPVのエスパスをベースにしており、運転中はそのことを意識せざるを得なかった。とはいえ、矢印のようなスタイリングやダブルヒンジ式の重厚なサイドドアなど、エスパスらしからぬ特徴がある。
冒険的なクルマであることは誰もが認めるところであり、おそらくルノーが生み出した最大の変わり種である。しかし、それが人気に結びつくことはなく、ルノーはわずか2年で販売を中止した。
ルノー・トゥインゴ
第二次世界大戦後の20年間に発売されたルノーの小型車は、ほとんどがエンジンをリアに搭載していた。その中でも前輪駆動のルノー4は異彩を放っていた。現在、その称号は3代目トゥインゴに引き継がれている。トゥインゴは、スマート・フォーツーやフォーフォーとともに開発され、エンジンを乗員の後ろに搭載する21世紀唯一のルノー車である。
また、このようなタイプのクルマとしては1990年代半ばから後半にかけてのスパイダー以来、初めて販売されたモデルである。
ルノー・トゥイジー
この記事の中でトゥイジーは、BMW i3と共通の特徴を持っている。それは、最初に販売を開始してから約10年経った今日でも、新車で買うことができるということだ。
クルマではなく、電動の4輪車だが、その外観には目を奪われる。小さな車体にもかかわらず、身長180cmを超える大人2人が座っても十分なスペースがある。
ルノー・ヴェルサティス
無事に生産が終了した後、ルノーは高級セダンのサフランがフランスとドイツ以外では大失敗したことを認めた。当時のCEOであるルイ・シュバイツァーは、「これに懲りて、今後はオリジナリティを重視し、従来のセダンとは異なる個性的なデザインを打ち出していく」と語っている。
これは、アウディA6、BMW5シリーズ、メルセデスEクラスに興味を持つユーザーを対象としたヴェルサティスのコンセプトとなった。しかし、うまくはいかなかった。ヴェルサティスはサフラン同様、ドイツ勢のライバルには叶わなかった。
スマート・フォーツー
ダイムラーが所有するスマートの中で、フォーツーは特に奇抜なモデルであると同時に、最も成功したモデルでもある。
スマートは、ロードスターやロードスター・クーペ、三菱コルトをベースにしたフォーフォー、そして生まれてもいないSUVのフォルモアで、都市部以外のセグメントに参入しようと試みたが、プロジェクトは財政的な破綻につながってしまった。
3代目となったフォーツー(およびロングホイールベースのフォーフォー)は、初代モデルの基本コンセプトを踏襲している。スマートは数ある自動車メーカーの中でもユニークな存在だが、最初のコンセプトは間違っていなかったのである。
サンヨン・ロディウス
初代サンヨン・ロディウスのデザインは、本国韓国ではどんなに理にかなったものであっても、欧州市場のユーザーは戸惑いを隠せなかった。ポンティアック・アズテックとまではいかないが、それに近い独特のデザインであることは誰もが認めるところである。
実際、ロディウスは驚くほどの室内空間を持ち、コストもほとんどかからなかったので、非常に賢明な買い物だったと思う。しかし、このクルマが人々の記憶に残っているのは、やはりその見た目が奇妙だったからだ。
スズキ・ジムニー
3代目ジムニーは、20年に渡る生産が2018年に終了する前から、すでに古めかしい印象を受けていた。旧式のボディオンフレーム構造で、室内はひどく狭く、高速道路では絶対に必要以上に運転したくないものだった。
しかし、その一方で非常に安くて扱いやすく、街乗りに最適なクルマでもあった。おまけに、オフロードでも威力を発揮してくれた。変わり者ではあったが、似たようなライバルもほとんどなく、ファンには唯一無二の存在である。
トヨタ・エスティマ
初代エスティマの外観は、まさに「何もない巨大な空間を4輪で走らせる」というものだった。そのため、非常に実用的なMPVであった。また、前席の下に傾斜搭載されたエンジンが、後輪あるいは全輪を駆動するという、機械的な冒険も見られた。
初代は20世紀最後の10年間を通して販売され、海外でも「プレビア」の名で知られている。その後のモデルも魅力的になったと言えるが、初代と比較するとありきたりなものになってしまった。
トヨタ・ファンカーゴ
初代ヴィッツをベースに小型MPVを作るにあたり、トヨタはボディを上方向にしか伸ばさなかった。そのため、デザインにエレガントさを持たせることはできず(もっとも、他のメーカーでもできなかったことだが)、それが6年間しか生産されなかった理由の1つでもある。
しかし、デザイン上の不自然さはあったものの、小さな面積の中に広い室内空間を実現したことで、多くの人に支持された。海外では「ヤリス・ヴァーソ」の名で販売されている。
フォルクスワーゲン・フェートン
「フォルクスワーゲン」はドイツ語で「国民車」を意味する。そんなメーカーが高級セダンのフェートンを発売した時には皮肉に思えたものだ。フェートンは、デザイン的には非常に落ち着いているものの、高級車としての機能は十分に果たしていた。問題は、高級車を買える人たちが、必ずしもフォルクスワーゲンのバッジを付けたクルマを望んでいないことにあった。当のフォルクスワーゲンはアウディを傘下に置き、その需要に対応していた。
フェートンは2002年から2016年までと長く生産されたが、販売は常に期待外れだった。皮肉なことに、同じプラットフォームをベースとし、(これまた同じように)6.0L W12エンジンを搭載して、価格もはるかに高かったベントレー・コンチネンタルGTのほうが大いに成功している。
フォルクスワーゲン・ポロ・ハーレクイン
1990年代半ばに発売されたポロ・ハーレクインは、生産ラインから出荷されるまでは、特に奇をてらったところはなかった。フォルクスワーゲンは、赤、黄、緑、青の4色に塗られたパネルを選んでミックスすることで、比較的少ない労力で奇抜なクルマを作り出したのだ。
なお、ポロ・ハーレクインのオリジナルカラーは、ルーフ、Cピラー、ドアシルの色で、これらは簡単には変更できないボディパーツだった。
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みんなのコメント
3代目ジムニーって、おいおい(^^;)。