突如として群馬県のスバルディーラー、富士スバルから2018年11月1日、50台限定で発売されたWRX STIのコンプリートカー、TC380。
その開発には、今年の全日本ラリー選手権を制した〝世界のトシ新井〟こと新井敏弘選手が関わっているのだが、搭載するEJ20ターボのエンジンパワーは非公表ながら、その車名どおり、なんと380ps/50.0kgmを誇るのだという。
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そこで、ベストカー本誌10日号で『目指せWRCドライバー』を連載している若手ラリードライバーにして、新井敏弘選手の長男、新井大輝選手に緊急試乗してもらった。
さらに比較車両として、シビックタイプR、ルノーメガーヌRSの最新FFホットハッチ2台を用意した。はたしてオヤジが監修したこのTC380を息子がどのように評価するのか?
まとめ/ベストカー編集部
写真/茂呂幸正
初出/ベストカー2019年1月10日号
■なぜ群馬のスバルディーラーがコンプリートカーを作ったのか?
新井大輝選手に試乗してもらう前に、TC380とはどんなクルマか、解説しておきたい。
2018年11月1日、群馬県の「富士スバル」から50台限定で発売されたTC380(価格は496万5840円)。残念ながら、限定50台はほぼ完売した。
註:2019年1月5日現在、限定50台のうち47台が成約済み。残り3台も商談中。
このTC380は、新井敏弘選手全面監修のもと、ラリーで培われたノウハウがフィードバックされた。ポイントはこの手のコンプリートカーとしては珍しくタービン交換されたこと(HKS製GTIIIRSスポーツタービンキット)。
EJ20ターボのスペックは「未公表」(富士スバル)としながらも380㎰/50.0kgmを誇っているのだという。これはS208、そしてタイプRA-Rの329㎰を大幅に凌ぐ、まさに史上最強のWRX STIといっても過言ではないだろう。
このほかにもHKS製スーパーターボマフラー&メタルキャタライザー、アライモータースポーツ製メンバーブレース&RQAエアフィルター、TC380専用レカロスポーツシートなどで武装。購入条件は富士スバルの県内17店舗への入庫可能なこととなっている。
■新井大輝選手が親父の仕事にモノ申す!!!
こんにちは、今回はTC380で高速と一般道、そしてワインディングを実際に走ってみて思ったことを読者のみなさんにお伝えしたいと思います。
まず、ノーマルのWRX STIと基本的に一番違うと思ったのは、エンジンの回転数というか、上がり方のスピードですね。
標準車はタービンの過給圧がかかってからピークに達するまでが短いのですが、TC380のほうはピークに達するまでの時間が長いので、そのギリギリまでずっと速度が伸びていくんです。だから、ぜんぜん問題なく、ストレスなくアクセルを踏んでいけるクルマになっていると思います。
尖ったクルマをほしいと思う人にもうってつけではあるのですが、かといって足回りのセットアップがそこまで尖っている印象はありませんでした。
わりと混雑した街乗りで40km/hくらいの速度で走っていると、ちょっと足が硬いかなと感じるかもしれないですけど、ふつうにストリートを流したり、ちょっとペースを速めに走りたい人にはまったく問題ないです。
それでいてサーキット走行もカバーできるようなクルマに仕上がっています。足回りとしては非常に乗りやすいセッティングになっていると感じました。
■圧倒的トルクで2000回転あれば6速走行OK
TC380は標準車からタービン、キャタライザー、マフラーを交換しているのですが、背圧が標準車に比較して上がっているからトルク感の向上もわかりますし、乗っていてエンジンパワーの下が抜ける感じがしないんですよ。
下から太いトルクでグワッと上がっていくので、極端に言ってしまえば6速でずっと運転できるというイメージですね。2000回転も回っていれば走れます。ふつうはちょっとした坂があったりしてなかなか高いギアのまま走るのは難しいのですけどね。
イメージ的にタービン交換したクルマって、もっとピーキーな特性だと思う人が多いかもしれませんが、ターボとECUのセットアップで過給圧の立ち上がりが緩くしてあります。
TC380は過給圧がピークに達するまでがゆっくりで、アクセルをベタッと踏んでもラリー車のように急激にバンッと非線形で過給圧が立ち上がるのではなく、線形でゆっくり過給圧が立ち上がるので、慣れていない人が乗ってもキレイに乗れると思います。
セットアップをかなりうまくやっているので、非常に乗りやすいクルマに仕上がっています。アクセルをギュッと踏んでバンッと過給圧が上がるのでなく、常に一定で過給圧が上がり続けるので、アクセル開度に依存していないんです。
■シビックタイプRとメガーヌRSと徹底比較
TC380はカリカリのチューニングを施したコンプリートカーではなく、方向性としては標準車をそのままアップグレードした感じです。
アップグレードしたところが尖っているのではなく、全体的にクルマとしての総合性が標準車から1ランク、いや2ランク上がっているのがTC380です。乗り心地も標準車のよさを残していますし。
ひとつ気になるのは、このクルマがディーラーのコンプリートカーとして出たことによって、今までSTIが販売してきたS208やタイプRA-Rよりかなり安くて、かなり速いってことです。
コストパフォーマンスは圧倒的です。でも、ディーラーがやってくれたからこそ、安心して乗れるんですよね。このクルマをふつうのショップがデモカーとして販売しても売れないと思います。ディーラーが販売する安心感は大きいと思います。ディーラー保証がついてくるワケですから。
ですので、全国のディーラーからいろいろなコンプリートカーがもっと出てくると面白くなるんじゃないでしょうか。ベースモデルを作るのはメーカーですが、そこからどういう衣、服を着せるのかはディーラー次第という。
基本的に富士スバルの店舗に入庫できる人が販売対象となるのですが、僕自身も関西の知り合いから「TC380ってどうなの?」ってよく聞かれました。開発にはオヤジは関わっていますけど、僕自身はノータッチですから(笑)。なので、このクルマに乗った人たちがどう思うか、個人的に興味深いですね。
■親父の仕事、ナイスでしたね(笑)
乗ってみて個人的に注文をつけたいと思ったのは、「ダウンフォースがもう少し効いていれば」ということです。
もちろん、いいクルマに仕上がっているのは間違いないのですけど、さらに上を目指すのならば、しっかりと高速走行でスタビリティを上げられる要素があるクルマかなと思います。例えばリアウイングを装着するのもありでしょう。
エンジン本体はまだいじってないので、インタークーラーやラジエター、エアクリーナーなどいじれる余地は70%くらいあると思います。
ほとんどの人に対してちょうどいいレベルの仕上がりになっていると思います。マージンは充分に取っていますから。
標準車を100点とした場合、TC380は150点だと思います。総合的に乗りやすく、しかも速い。面白いクルマだと思います。粗探ししようと思ったのに、オヤジの仕事、ナイスでしたね(笑)。
■3車のなかで、TC380が一番!
比較したシビックタイプRは、誰が乗っても速く走れて楽しめるモデルで、乗った時に「これがタイプRなんだ」とわかるクルマでした。
タイプRってVTECですよね。そのよさがよく出ているエンジンで、その音が室内に入ってくるのが楽しかったです。電子制御が多めなのも特徴で、クルマに乗らされている感があります。トルク感はTC380より上かな。EP82スターレットGTに似たターボのフィールでしたね。
メガーヌRSは欧州車ならではの味つけで、ハンドルを切っていくと限界を超えた時にオーバーステア気味になり、タックインする傾向が強いクルマでした。
一番いいと思ったのはパドルシフトのつながりが自然で、触った瞬間にギアが変速することです。ラグがなく、スポーティに走れます。これは先代の6MTからDCTに変わったことで効率のよさが出ているかもしれませんね。
感覚的にゲームをやっている感覚に近いですね。ただ、レースモードにするとめちゃくちゃ足が硬くて、道の上を自分で走っているような感じを受けました。
ディーラー発の史上最強のSTIコンプリートカーに、ニュルブルクリンクラップタイム最速を競い合うFFスポーツの2台。
3台乗り比べてみて、親父のことを考えない忖度なしで採点しました。結果はTC380が150点、ルノーメガーヌRSが130点、シビックタイプRが120点になりました。
でも一番気になったのは、実はタイプRなんです(スミマセン)……。
■TC380を開発した富士スバル開発陣の狙いは?
聞き手/永田恵一
最後にTC380を監修した新井敏弘選手と、TC380を開発した富士スバル開発陣に話を伺った。
まず、TC380の開発を監修した新井敏弘氏選手は「ラリーを通じて長い付き合いをしているEJ20エンジンの持つ、市販状態では封印されている本当のポテンシャルを、リスクなく味わってもらいたいというのがTC380に対する私の想いです」。
TC380をデビューにこぎ着けた富士スバルの開発陣に話を伺った。まずはTC380の開発に着手したきっかけを聞いた。
「今年の夏に協力工場さんと話をした際に『スバルが完成検査問題で苦しい立場にいる今こそ、御社にスバルや群馬県を元気づける何か話題性のあるクルマを作ってほしい』と言われました。
この話を社に持ち帰ると、弊社の社長も密かに『カスタマイズカーを作ってみたかった』という想いを持っており、お付き合いのある新井敏弘選手にご相談したところ『どうせやるなら普通の人にはなかなか敷居の高い過給機チューンはどうですか。過給機チューンは相当のノウハウが必要なので、スタッフも楽しいだろうし、やりがいもあると思いますよ』と提案され、開発を始めました」(サービス・部品川田雅史部長)。
TC380は過給機チューンがメインとなるカスタマイズカーとなり、このコンセプトについては「新井選手ともご相談したのですが、足回りやエアロパーツなどは比較的間口の広いカスタマイズなので、そのあたりはお客さんの好みに任せて、我々がディーラーとしてすべきなのは『しっかりとした過給機チューンという世界をお客さんに提案すること』と判断しました」(川田氏)。
■壊れてはいけないという条件
ディーラーで販売するクルマということで、過給機チューンをするうえでもかなりの気遣いがあったようで、「パーツそのものはご覧の通りになりますが、ECU制御はアライモータースポーツさんによるマップ変更を行ったものを使っており、我々ディーラーでの整備も考慮し、ノーマルのマップに戻せる機能も含んでいます。
もちろんディーラーで販売するクルマだけに『壊れてはいけない』というのも重要な条件ですので、全体的に一定のマージンは残しながらも、気持ちいいフィーリングを味わってもらうために、完成後には実走テストによる確認も行っています」(技術課齋藤光章係長)。
また新井選手は「過給機チューンが目立ちますが、レカロシートとポジションにもラリーで得たノウハウが盛り込まれているので、ぜひ体感してほしいです」とも語ってくれた。
TC380に対する反響を営業担当の大橋良平氏に聞くと「予想を大きく上回る反響となっています。お客さんにはSTIのS208やRA-Rといったコンプリートカーの抽選に外れてしまった方も多いようで、同時に本格的な過給機チューンに興味を持っている方が少なからずいらっしゃることにも驚いています」。
こういったクルマがディーラーで販売されるのは快挙なだけに、自ずと第2弾も期待してしまうが、川田氏は「反響の大きさは嬉しいところですが、まだTC380に実績もない段階ですので、先のことは何も考えられません」と笑う。
いずれにしてもこういったクルマがディーラーで買えるというのは素晴らしいことで、幅広い意味での今後の展開なども大いに期待したい。
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