各駆動輪のホイールの内側にモーターを配置して、それぞれの駆動力を独立して制御する「インホイールモーター」。かつては、将来有望な技術として位置づけられていたものの、現在までにインホイールモーターの量販車は出現しておらず、具体的な市販化計画を発表している大手の自動車メーカーもありません。
最近クローズアップされることが少なくなったインホイールモーターは、いまどうなったのか。その動向と将来性について、あらためて考えてみました。
「夢」は敗れたのか? まだ可能性あり??「インホイールモーター」の現在地
文:Mr.ソラン、エムスリープロダクション
写真:TOYOTA、LEXUS、SUBARU、MITSUBISHI、イラスト:著者作成
2010年代は、多くのメーカーがIWMのコンセプトモデルを提案
インホイールモーター(以下、IWM)は、各駆動輪のホイールの内側に駆動モーターを配置して直接それぞれのタイヤを駆動させる、あるいはホイール近傍にモーターを配置して短いドライブシャフトを介してタイヤを駆動するシステムのこと。IWMの構想は古くからありましたが、日本で実車として仕上げて広く知られているのは、2003年に当時の慶応大学の清水教授が製作した8輪自動車「エリーカ」で、最高速度370km/hを記録しました。残念ながら市販化には至りませんでしたが、その後のIWMの開発にとって、重要な役割を果たしたクルマと位置付けられています。
メーカーとしては、2005年に三菱自動車が「ランエボIX」ベースのIWMの試作車を製作。日産も東京モーターショー2007においてコンセプトカー「PIVO 2」を出展、スズキは東京モーターショー2017において「e-サバイバー」を参考出品、トヨタとレクサスも、東京モーターショー2019においてコンセプトカーの「e-RACER」と「レクサス LF-30 Electrified」を公開するなど、各メーカーとも将来有望な技術として開発に取り組んでいました。
ちなみに、2輪の電動アシスト自転車や電動バイクでは、IWMが一般的です。駆動輪のホイールのハブにモーターを配置しており、4輪の自動車と比べて、必要出力が小さく、電動部品がコンパクトにすむのでIWMが理にかなっているのですが、大型の電動バイクではバネ下荷重が増えるのを嫌い、モーターを車体側に搭載してベルトを介して駆動輪を回転させるタイプもあります。
「ランエボIX」をベースにつくられた、IWMの試作車
2019年の東京モーターショーで展示されたインホイールモーター採用のコンセプト車「レクサス LF-30 Electrified」
2007年に日産が発表したコンセプトカーのPIVO 2。高出力のインホイール3Dモーターを採用し、バック走行ではキャビンが360°回転すると共に、4つのホイールユニットを制御して、タイヤを真横に動かすこともできた
メリットが多いIWMだが、コストと軽量コンパクト化が課題
それぞれの駆動輪に最適な駆動力を発生できるIWMは、タイヤを直接駆動するのでレスポンスや駆動効率に優れ、4輪それぞれの適正な独立制御によって操作性、安全性が向上するなどメリットが多く、具体的には、車両の横滑りやタイヤの空転などの防止、旋回時のロールや加減速時のピッチングを抑えることが可能になります。ドライブシャフトが不要となるためにタイヤの切れ角が大きくとれるので平行移動や方向転換も自由自在。左右のモーターの回転方向を逆にすれば、その場で前後の向きを変えることも可能です。
また、重いデフやドライブシャフト、エンジンが不要なのでクルマの軽量化につながり、パッケージングに余裕ができるのでクルマのスタイルや車室などの設計上の自由度が増すという点も大きなメリットでしょう。
インホイールモーターの概念図。IWMは、各駆動輪のホイールの内側に駆動モーターを配置。(イラストは、著者作成)
一方で実用化に関しては課題も多く、IWMはモーター/インバーターの数が増えるのでコストアップは避け難く、さらに搭載スペースと重量の制約の中で、高効率・高出力のモーター/インバーターが求められます。また、モーター本体に直接路面からの衝撃が伝わるため、モーターには高い耐久性や浸水対策、ブレーキと隣接するため熱対策も必要です。バネ下荷重が重くなるため、サスペンションの振動吸収能力が低下して乗り心地が悪化すること、そのために専用のサスペンションを用意しなければならないことなども実用化に向けては解決しなければならない課題です。
IWMでなく、4モーター/4WDモデルは増える見込み
冒頭で触れたように、2010年代には自動車メーカーも関連部品メーカーも積極的にIWMの開発に取り組んでいましたが、今のところIWMが市販化された例はありません。
IWMの市販化の可能性があったのは、ベアリングやドライブシャフトを手掛ける、「NTN」 のIWMシステムです。NTNは、2018年に中国新興メーカーの長春富晟汽車創新技術(FSAT)と、2019年からNTN製IWMを採用したBEVを市販化することを前提にライセンス契約を締結。しかし、理由は明らかではありませんが、現在のところその計画は実行されていません。
一方で、構成が簡単な4つのモーターで前後左右輪を制御する4モーター/4WDシステムは市販化が進んでおり、今後は高性能なBEVモデルを中心に増えることが予想されます。2021年に米国の電気自動車メーカーのリビアンが、4モーター/4WDのBEVピックアップトラック「RIT」とSUV「RIS」の発売を開始しました。前後の駆動軸中央に2つずつモーターを配置して、4つのモーターでそれぞれのタイヤ駆動力を制御することによって、優れた走破性と力強い動力性能を実現しています。
また市販車ではありませんが、東京オートサロン2022で公開されたスバルSTIのレーシングコンセプト「STI E-RA CONCEPT」も、モーターを4基搭載した4WDシステムです。その他にも、ポルシェやBMWなどの高出力モデルやスーパーカーで採用が計画されています。
これらの動きは、4輪独立制御のメリットを追求しようとする動きはあるものの、IWMに適用できる軽量コンパクトな高性能な駆動(モーター/インバーター)システムがまだ構築できていないことを意味しています。したがって、IWMのクルマが登場するのは、これらの課題がある程度解決できると予想される2030年以降になりそうです。
東京オートサロン2022で初公開されたスバルSTIが発表したレーシングコンセプト「STI E-RA CONCEPT」
◆ ◆ ◆
インホイールモーターの開発は現在も継続的に進められていますが、まだ課題が解決できておらず、市販化に向けた具体的な動きは、近々にはないでしょう。まずは、BEVのバッテリーやモーター、インバーターなどの効率、コスト、軽量コンパクト化などの基盤技術の確立を待たなければいけません。
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みんなのコメント
普通のホイールぐらいに軽量化できれば…