自動車解体施設「ヤード」が増えている。解体を待つ車両が大量に置かれる施設を指し、運営業者は真っ当な人たちがほとんどであるはずだが、その一方で盗難車の保管場所として利用されるケースが多発していることから、全国の自治体で「ヤード」の不正行為を規制する「ヤード規制条例」(通称:ヤード条例)を制定するケースが増えつつある。
そんな「ヤード」が急増している地域が三重県にある。本稿ではそんなヤードを取材した体験記と、ヤード急増の背景解説をお届けします。
パトカーも出動!! 急増地域の「ヤード取材」で外国人のクルマ2台に追いかけられた…盗難車の温床「ヤード」とは?
文/加藤久美子、写真/伊崎豊
■ヤード急増の背景
三重県木曽岬町(きそさきちょう)は愛知県との県境、木曽三川の河口部に位置する人口約6000人の小さな町だ。この町に近年、自動車解体のための作業場「ヤード」が急増している。理由はいろいろあるが、まずは隣接する愛知県で2019年12月より「ヤードにおける盗難自動車の解体の防止に関する条例(ヤード条例)」が施行され、ヤードへの規制が厳しくなったことがあげられる。
条例の制定で監視の目が厳しくなり、なにかと都合が悪くなった愛知県のヤード運営業者(自動車解体業者)が、隣接する木曽岬町などでヤードの設置を始めたのである。
2020年に木曽岬町の隣町である愛知県弥富市に大規模自動車オークション会場『MIRIVE愛知会場』が新規オープンしたことも関係しているだろう。オークションで仕入れた中古車や部品を海外に輸出するための作業場として、ヤードは欠かせない存在だからだ。
もちろん、すべてのヤードが自動車盗難や犯罪に関わっているわけではないが、実際のところ自動車盗難の温床となっているヤードも多い。そして、木曽岬町をはじめ、愛知県と近い場所に違法ヤードが急増していることから、三重県においても2021年10月1日に全国5県めとなるヤード条例が施行されている。
多くの「ヤード」は真っ当な業者であるが、一部の不正利用者のせいで監視が厳しくなっている。三重県木曽岬町のヤードは、2021年4月に近隣住民とのトラブルを読売新聞が報じている
ここで「ヤード条例」について説明しておきたい。ヤード条例は現在7つの自治体で導入されている。
全国で初めてヤード条例が施行されたのは千葉県(2015年)で、茨城県(2017年)、愛知県(2019年)、埼玉県(2020年)、三重県(2021年)と続いてきた。さらに茨城県坂東市、兵庫県三木市においても2016年にヤード条例が施行されている。
条例の内容はそれぞれ少しずつ異なっているが、いずれも自動車盗難の温床となる可能性がある、中古車解体施設であるヤードを規制する条例で、設置の際に経営者の届け出義務や自動車や原動機などの部品取引の記録を作成し一定期間は保存する義務を課す。警察官の立ち入り権限強化や規定に違反した業者に是正命令を出すことができ、命令に違反した場合の罰則も規定している。
なお、三重県警察は条例設置の趣旨を公式サイトで公開している。
「全国の警察の捜査を通じて、組織的に盗取された自動車が解体され、取り外されたエンジン等の主要部品が販売・輸出されている実態が明らかとなっており、当県でも同様の事例が確認されています。
首都圏や隣県の愛知県では、盗難自動車の処分が行われるおそれのある事業を規制する条例が制定されており、当県でも、犯罪組織が県境を跨いで活動することを踏まえ、このような事業に届出制度を設ける等の措置を定める条例を制定したものです。」
■三重県木曽岬町のヤードで写真を撮っていたら…
昨年(2021年)夏のことである。三重県木曽岬町で違法ヤードが急増しているというニュースを見て、関西方面での取材の帰り、立ち寄ってみることにした。
青々とした水田が広がる中、ところどころにヤードらしきものが点在している。金属製のフェンスで囲まれた場所にたくさんの古いクルマが積み重ねて置かれている。
囲いはないが多数の中古車が停められている場所もあった。ヤードの出入口に掲げられた看板にはアラブ系、中東系と思われる代表者名が記されていることがほとんどだ。
これらのヤードの写真は徐行しながら走るクルマの助手席からカメラマンが撮影していたわけだが…。
10か所程度のヤードを撮り終えて、場所を移そうと木曽川沿いの道を走っていた時、後方に白いレクサスRXがいるのに気付いた。あれ、このRX、さっきヤードの前にいたクルマでは…? と思ったのだが、その後、RXは消えたが数分後にまた同じRXが後ろにいることに気づいた。何? もしかして追いかけられている?
ヤードの写真を撮っていたことを怒っているのだろうか。もちろん、敷地内には侵入していないし、車道から見える範囲の撮影だ。
何度か田んぼの角を曲がったかピッタリついてくる。なんで追われる。怖いな。と思っていたら、なんとRXの後ろに仲間らしきハリアーの姿も見えた。つまり私のクルマは2台に追いかけられている状態だ。と思ったらハリアーが角を曲がった。再びRXに追いかけられる状態となったわけだが、数分後、前方に再びハリアーが現れ、ハリアーとRXの間に挟まれた状態になった。
そして、予想通りハリアーが止まって降りてきた外国人風の男性が私に「停まれ!!」というゼスチャーをしながら叫んでいる。すぐ後ろにはRXが控えており、窓を開けて何やら大声で叫んでいる。
私たちは挟み撃ちになった状態だ。停まるしかないのか。いや、しかし何されるかわからない。停まるべきか? 突破すべきか? そして私は観念し(たふりをして)、ウィンカーとハザードを出して減速し、停車する意思を示した。ハリアーの男が歩いて近づいてくる。
「いまだ!」
一瞬のスキをついてハリアーの前に出た。やった! 逃げ切った! と思ったが、ハリアーの男は即座にクルマに乗り込み、RXと2台で追いかけ始める。同乗していたカメラマンは110番しているが、周囲が田んぼばかりで住所を示す目印がない。警察からは「落ち着いてください、停まって下さい、停まって警察の到着を待って下さい」と指示されるが、場所の特定がなかなかできない。
2台とはかなり距離も離れた状態で信号がある横断歩道に来た。
青から黄色に変わるところでギリギリ通過。2台が通るときには当然赤になっているだろうと安心していたら、なんと2台とも赤信号を無視して横断歩道を突破してきた。どこか安全な場所に止まらないと! と思っていたら営業中の喫茶店が見えてきた。
ここに入ろう! クルマを駐車場に停めて店内に駆け込んだ。「助けてください! 外国人に追いかけられているんです」と。
駐車場にハリアーとRXが入って来たのも見えたが、店の中までは入ってこない。警察に喫茶店の名前と場所を告げた数分後、三重県警のパトカー2台が駐車場に入ってくるのが見えた。ああ、助かった。
■なぜ、私たちは追いかけられたのか
追いかけられたハリアーとRX。映画のワンシーンのような?人生初のカーチェイスを体験した
私たちはメディアで自動車盗難の記事を書いていることを伝え、ヤードがどういうところか知りたいので写真を撮っていたことを警察官に伝えた。
そして私たちを追いかけてきた外国人2名が警察を通じて述べた「追いかけた理由」は以下。
「最近、ヤードに置いてある自動車部品を盗みに来る悪い奴らが増えている。写真を撮っていたあなたたちは部品を物色するために下見をしに来ているのかと思った。もしくは、なにかを盗もうとしていたのかと思った。だからクルマを停めて話を聞きたかっただけだ。」
警察いわく、「調べたところ彼らは解体業者としての登録もあり、違法なヤードを運営しているわけではない」と。そして三重県警の警察官立会いのもと、息子が撮影した彼らの名前や会社名が入っているヤードの写真は削除させられた。
これには納得がいかなかった。何もやましいところがなければ、命がけで信号無視までして追いかけて来る必要もないだろうし、写真を削除させることもないだろう。そもそも、彼らのヤードは高い塀に囲まれていて外からはほとんど何も見えない。削除させられた看板の写真は表に出ているもので、誰もが見ることができる。
それに、正規に登録されている適正なヤードだからといって盗難車の解体に関わっていないとは言えないだろう。いろいろな思いが交錯し釈然としなかったが、事故も起こらず、身体に危害を加えられたわけでもないので、そのまま横浜(自宅)に向かうことにした。
ちなみに(後日の取材調査によると)私たちを追いかけたのはパキスタン人である。中古車や自動車部品の輸出に在日パキスタン人が関わっていると言われるが、それを裏付けるのが以下のデータだ。在留資格を持つパキスタン人の全国分布人数である。
順位 都道府県 人数
1位/埼玉……… 2,911
2位/愛知………1,931
3位/茨城 ………1,929
4位/千葉 ………1,573
5位/神奈川 ………1,383
6位/栃木………1,319
7位/東京………1,268
8位/群馬………1,177
上位4県はまさに「ヤード条例」を施行している県と一致しており、同時に8都道県すべてが自動車盗難のワースト10の常連である。パキスタン人の中にも善良な中古車輸出業者は多数存在するだろうが、ヤード条例、自動車盗難との相関関係はありそうだ。
■盗難車とヤードの関係
2021年の都道府県別自動車盗難認知件数を見ると、以下のような順位になっている。(茨城県警作成の資料)
(茨城県警察作成資料)
2021年の盗難件数ワースト1は千葉県で、茨城県は2016年からの5年間ワースト1が続いたが、2021年はワースト3位になっている。突出して増えているのは前年比245件の愛知県だ。
愛知県ではレクサスLXやランドクルーザーが特に多く盗まれている。1位の千葉、2位の愛知、3位の茨城、5位の埼玉はヤード条例を制定している。大阪に制定されていないのは府内にヤードそのものが少ないからであろう。また、犯罪率でみると盗難が多い県の近隣県である栃木、群馬、岐阜、三重での盗難が増えていることがわかる。
このグラフを見ればヤード条例が制定されている自治体=自動車盗難が多いことが明確だ。ヤードそのものも全国各地に増えつつあり、最新の統計で全国に約2300~2400のヤードが存在しているという。
ではなぜ、ヤードがこんなに増えているのか。それは、旧車の盗難が激増しているからと推測される。
高級車専門の窃盗団によると、CANインベーダー等の手口で盗まれたレクサス等の高級車の多くは、解体されず完成車のままでダミー車両とすり替えるなどして不正輸出されるケースが多い。輸出先は日本と同じ左側通行の国が中心だ。高級車は多くが車両保険を付帯しているから、盗まれてもそれほど騒がない。1か月程度経過して発見されなければ新車が届けられる。
一方、盗難された旧車の多くはヤードに持ち込まれ解体される。構造がシンプルでエアバッグなどもなく、電装部品が少ない旧車スポーツカーは特にバラしやすい。旧車はほとんどが車両保険に入っていない(付帯するには厳しい条件があり、しかも保険料が高額)のと、SNSですぐに拡散されて騒ぎになりやすい。そこで、一刻も早くヤードに持ち込んで解体し、ヤフオクやメルカリに出品したり、海外に輸出されたりして換金する流れとなる。
ところで気になるのはヤード条例の制定が盗難防止、盗難車発見や窃盗団の検挙にどれくらいの効果が出ているのかということである。こちらはまた、ヤード条例を制定している県の警察本部などに取材をしてみたい。
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みんなのコメント
自分の家や職場で行われたとしたら?どう考えても不信感をぬぐえないし、下手すりゃ逆に110番されると思う。
不審車両が自分の会社の周り回って助手席から写真撮ってたら1流企業でも警備員出てくるわ