世界初のガソリン自動車の完全復刻車両
新旧の自動車/オートバイにくわえて、オートモビリア(自動車趣味グッズ)に時計、そしてナイキのスニーカーに至るまで、あらゆるジャンルのモノを収集してきたさるコレクターの愛蔵アイテムが、RMサザビーズ北米本社とのコラボにより、カナダ・トロントにてオークションにかけられることになりました。そのタイトルは「The Dare to Dream Collection」。約300点にも及んだ出品アイテムのなかから、今回は世界で初めてガソリンエンジンを搭載したベンツ「パテント モトールヴァーゲン」の精巧なレプリカをお伝えします。
ベンツが神話だった70年代の「W123」…驚きの安全性と最新テクノロジーは当時の国産車では足元にも及べない知恵が詰まっていました
すべての自動車の始祖、パテント モトールヴァーゲンとは?
1870年代からドイツ・マンハイムで内燃機関の研究を続けていたカール・ベンツは、1885年末までに単気筒4ストローク式のガソリンエンジンを完成させ、このエンジンのために特別に設計された3輪馬車に搭載した。
水平に設置され、エタノール系の燃料で作動した4ストローク単気筒エンジンは排気量954ccで、最高出力は0.75ps。巨大なフライホイールとベルトによるプライマリードライブで始動からバルブ駆動までまかない、サイド配置のチェーンによって後輪を駆動した。
そして最初のテスト走行では「パシュッ、パシュッ」という独特の排気音と燃料の臭い、そして少なからぬ振動がもたらすカオス的状況のもと、最高速度8マイル(約13km/h)を記録したという。
ベンツは、一般的に最初の内燃式自動車と考えられているもののオリジンを創り上げた。想像されるとおり多くの面で原始的ではあったが、コイルによる電気式点火や機械的に作動する吸気バルブ、ディファレンシャルギヤなど、多くの機能においてものちの自動車で一般化されるテクノロジーが盛り込まれていた。
ベンツは1886年1月30日付で、その設計による特許を取得したことから、彼は3輪自動車を「パテント モトールヴァーゲン(Patent-Motorwagen)」と命名。さらにそののちも熱心に開発を進めつつ、1886年から1893年の間に約25台が製造され、同時期にガソリンエンジンの開発に勤しんでいたゴットリープ・ダイムラーとともに、自動車産業を創出してゆく。
この自動車のパイオニアは、史上最大かつもっとも成功したメーカーのひとつであるメルセデス ベンツの基礎を築くことになったのだ。
イギリスでつくられたレプリカは、ダイムラー・ベンツも認める完全復刻版
カール・ベンツによるオリジナルの「パテント モトールヴァーゲン」は失われて久しいとされているものの、現在においてもさまざまな場所でこの元祖ガソリン自動車を体感する機会があるのは、イギリスの「ジョン・ベントレー・エンジニアリング(John Bentley Engineering)」社が新たに復刻した、みごとなレプリカ車のおかげである。
1986年以来、ダイムラー・ベンツ本社から資料提供などの支援を受けながら開発され、同年から1997年にかけて数回にわたって製作されたレクリエーション的レプリカは、ダイムラー・ベンツ社自身も最初期に作られた車両のうちの1台を譲り受けたという。
そして2000年ごろには「メルセデス・ベンツ クラシック」が約100台のパテント モトールヴァーゲンを発注したことによって、ジョン・ベントレーの考証能力と技術、そして職人技のクオリティが全世界で証明されることになった。
このほど2024年5月31日~6月1日に開催されたRMサザビーズ「The Dare to Dream Collection」オークションに出品されたのも、ジョン・ベントレー製のレプリカ車の1台。2016年にイギリスの販売ディーラーから同コレクションのために入手したもので、現在も入手したままの状態とのことである。
現在でも緩やかに走らせることも可能で、その際にはエンスー仲間や見物人たちに披露するには魅力的な「マシン」となるばかりでなく、メルセデス・ベンツのコレクションや重要な「ヴェテラン」時代のモーターカーの集まりでも素晴らしい存在感を示すのは間違いない。自動車といえば、すべてがこのマシンとそのデザインに帰結するのだ。
最低落札価格なしでどこまで値が付く?
ところで、今回の「The Dare to Dream Collection」オークションはすべて「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」形式で行われるというのが前提条件。したがって、このパテント・モトールヴァーゲン・レプリカにも7万5000ドル~10万ドルというエスティメート(推定落札価格)が設定され、「リザーヴなし」で出品されることになった。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは、特に対面型オークションでは確実に落札されることから会場の空気が盛り上がり、エスティメートを超える勢いでビッド(入札)が進むこともあるのがメリット。だがそのいっぽうで、たとえ出品者の意にそぐわない安値であっても落札されてしまうリスクもある。
そしてトロント市内で行われた競売では、後者の不安が的中。思いのほかビッドが伸びず、終わってみれば6万7200ドル、日本円に換算すると約1080万円という価格で落札されることになった。
エスティメートの下限をかなり下回ってしまったことから、出品サイドにとっては不本意な結果だったかもしれない。でも、同じRMサザビーズの欧州本社が昨年開催した「LONDON」オークションでは3万2200ポンド、同じく2023年8月の「アイコニック・オークショネア」でも3万6000ポンドで落札された実例を思えば、今回のハンマープライスも決して悪くなかったようにも感じられるのである。
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