「飛行機に例えるならば、86は練習機、スープラは戦闘機です」
トヨタファン、そしてスポーツカーファンが待ちに待ったスープラがついに復活。開発責任者を務めたのは、86を手がけたことでも知られる多田哲哉さん。そんな多田さんと、開発チームのキーマンたちに、新型スープラに込めた想いと、プロジェクトの舞台裏を語っていただいた。
【試乗】スポーツカー好き納得のトヨタ新型スープラ! 悩ましいのはグレード選び
17年の時を経て、ついに復活したスープラ。開発責任者を務めたのは、トヨタ86のチーフエンジニアとしても知られる多田哲哉さん。このふたつのモデルは、同じスポーツカーでありながら、性格は大きく異なると語る。「飛行機に例えるなら、86は練習機。一方のスープラは戦闘機。限界が非常に高く、ある領域を超えると、ドライバーに高い運転技量を要求するクルマです。ピュアなスポーツカーとするために、快適性などについてかなり割り切っています」
その代表的な例は、一般的なクルマではありえないほど太いサイドシルだ。
「サイドシルとは、ドアを開けたときの敷居部分のことですが、ここは幅を拡げれば拡げるほど、ボディ剛性が高くなります。骨格の強度を低い位置で担えるので、重心も低くなります。スポーツカーにとって、いいことづくめなんです。実際、新型スープラは、水平対向エンジンでもないのに、低重心設計の86よりもさらに重心が低く、その一方でボディ剛性は2.5倍も高いんです。ただし、雨の日にスカートを履いた女性が乗り降りしたら、裾が泥だらけになってしまいます。乗降性はお世辞にもいいとは言えません。走っていないときのことは考慮しなくていい。新型スープラはそんな考えで作ったクルマなんです」
こうしたクルマづくりが可能だったのは、86という弟分がいるからこそだった。
「じつは86でも、ルーフ内部の消音材を全廃するなど、低重心のために快適性を犠牲にした部分があるんです。大雨のときに乗ると、車内はすごくうるさいんですよ。トヨタのサービス部門も、絶対にクレームになると心配していました。そこで86では、エリア86という専売センターを設けて、お客さまにきちんと説明できるスタッフを常駐させたんです。納得して買っていただいたお客さまのなかには、実際に大雨の日にお乗りになって『本当にうるさいけど、こういう設計だから低重心の気持ちいい走りが実現できるんだ』と、喜びの感想をSNSにアップしてくださる方もいらっしゃいました。単に販売するだけでなく、楽しみ方もしっかりとお伝えすれば、きちんと理解していただける。そんな実績を86で作ったことが、今回の突き抜けたクルマづくりを可能にしたんです」
86があったからこそ実現できた新型スープラ。と同時に、86でできなかったことも盛り込んだと語る多田さん。
「86を開発したときのトヨタは、量産スポーツカーの生産を何年も前にやめていました。当時のトヨタは、運転技量を問わず誰でもうまく走れるのがいいクルマという考え方に基づいて、より多くのお客さまに喜んでいただけて、たくさん売れるクルマづくりをしていました。そこで復活したのが86でしたから、あまり尖ったスポーツカーにはできません。とはいえ、漫然と乗っていても運転が変わらないクルマでは、スポーツカーにする意味がない」
「そこで考えたのが、長年スポーツカーから離れていたトヨタファンの皆さんに、まずはクルマをコントロールする楽しさを思い出してもらえるクルマにすることでした。あえて限界性能を低く設定して、スポーツカーの限界域での挙動を、安全な領域で練習できるようにしたんです。タイヤをプリウスと同じものにしたのも、同じ理由です。練習でタイヤをすり減らし、スポーツタイヤに交換すれば、タイヤを変えるとクルマってこんなに変わるのかという楽しさも知ることができます。86のおかげでトヨタのスポーツカーファンの腕も上がりましたし、スポーツカーとの付き合い方も定着しました。そうした状況があるから、新型スープラのような尖ったクルマが出せたんです」
人に寄り添うクルマづくりの本質はスポーツカーでも変わらない
そんな多田さんにとって、スープラは特別な記憶があるクルマだ。トヨタに入社後、東富士研究所で実験に携わっていた多田さんが、製品企画部に異動するきっかけを作ってくれたのが、先代80スープラの開発主査である故・都築 功さんだった。
「1997年のことでした。てっきりスープラのモデルチェンジのために引っ張ってくれたのかと思って喜んでついていったんですが、一向にスープラの気配がない(笑)。で、痺れを切らして訊ねたら、『おまえが担当するのはラウム。お年寄りにも乗りやすいクルマだ』と言われて。ぼくはスポーツカーを作るために来たんですと生意気を言ったら、むちゃくちゃ怒られました(苦笑)。ラウムもスープラもクルマづくりの本質は一緒だと。そんなこともわからないやつにスポーツカーなんて一生作れないと」
当時は、その言葉の意味がわからなかったという多田さん。だが、後年になって、乗る人に寄り添って考えることがクルマづくりの本質だと知ることになる。
「ラウムの開発中も、高齢者や障がいのある方にも寄り添って、そうした人たちにも乗りやすいクルマを作れと言われました。都築さんは私を、障がい者施設にも何回も連れて行ってくれ、モックアップを作ったときもドアを開けながら『ほら、こんなところで苦労するんだぞ』といった具合に、ひとつひとつ教えてくれました」
スポーツカーにも、スポーツカーだからこその寄り添い方がある。それはスピードが出ればいいといった単純なことではない。
「今にして思えば、それが都築さんのおっしゃりたいことだったのだと思います」
多田さんの想いは、新型スープラの随所に見つけ出すことができる。例えばボディのあちこちに設けられたダミーダクト。サーキット走行を楽しむ際に頭を悩ませるのがクーリングの問題だが、ダミーダクトは風が通るような位置を狙って設置されており、フタを取ればそのままダクトとして利用できる。ボディに穴あけ加工をする必要がないため、レースのレギュレーションにも合わせやすい。
「じつは、エンジンやミッション、デフ用のオイルクーラーを付けるためのドレインも切ってあるんです。プロが見たら、クーラー用のスペースを空けていることもわかるはずです。エンジンルームでも、タワーバーを取り付けるためのボルト用の穴があったり、バーが通る部分に合わせてパーツの配置を凹ませていたり。こうした工夫が最初からしてあれば、苦労しないでレースを楽しめますからね」
乗降性を犠牲にしてまで高めたボディ剛性も、いわばスポーツカーならではの寄り添い方と言えるだろう。そう考えると、我慢を強いるイメージの「犠牲」という言葉が、このクルマにはふさわしくないことがわかるはず。新型スープラは、スポーツカーファンに徹底的に寄り添い、スポーツカーが求めるものを「我慢」することなく実現したクルマと言えそうだ。
一見華やかなスポーツカー開発のほとんどは地道な作業の積み重ね
「スポーツカー開発の厳しい現場は、エンジニアを鍛える絶好の場でもあるんです」と語る多田さん。「ただし途切れてはダメ。続けることが大切なんです」
トヨタとBMWの協業で進められた新型スープラの開発プロジェクト。トヨタでは、以前にも86/BRZをスバルと共同開発しているが、今回の協業はまったく違う性格のものとなった。開発責任者の多田さんは次のように語る。
「スポーツカーは大量に売れるクルマではありません。だからなるべく兄弟車で部品を共有して事業モデルを成立させる。86/BRZは、いわばそのお手本です。ですが、新型スープラはまるで違います。プラットフォームやパッケージなどの基本骨格は両者で議論して決定していますが、それ以降は、お互いの情報をほとんど交換することなく開発を進めており、部品の共用も非常に少ないんです」
開発プロジェクトのスタートは2012年。だが、当初は開発車種が「スープラ」に限定されておらず、スポーツカーということさえ決まっていなかった。
「BMWと一緒にクルマを作ることができるのか。まずはそれを確かめてこいというのが、私への本社からの指示でした。ですが、私はこう考えたんです。BMWと言えば今や直列6気筒エンジンを作っている数少ないメーカーのひとつ。しかもスポーツカーメーカーじゃないですか。これはもう直6&FRというDNAを持つスープラを作れという意味だろうと。勝手に解釈して、自分のなかではその時点からスープラを作るぞって決め込んでいましたね」
そんな意気込みで臨んだBMWとの第1回の会合。そこで多田さんは想像もしていなかった反応に直面する。
「ポルシェを超えるようなピュアスポーツカーを作りたい。そんな私の主張に対して、返ってきたのは、『なにを的外れなことを言ってるんだ』と言わんばかりの反応でした。BMWいわく、ウチはスポーツカーメーカーではない。ポルシェのようなスポーツカーを作るつもりもなければ、ラグジュアリーカーでメルセデス・ベンツと勝負するつもりもない。ウチの持ち味は、スポーツとラグジュアリーを最良にバランスさせたスポーティカーで、多くのユーザーが期待しているのもそうしたクルマなのだと。ポルシェみたいなクルマがよければ、ポルシェを買えばいいじゃないかと。あまりにもはっきりした物言いに、驚きを隠せませんでした」
だからといってBMWがパートナーとして不適ということはない。スポーツカーに対する認識をのぞけば、印象もよかった。きっといいクルマが作れるはずだ。そう考えた多田さんは、トヨタ本社に対して「いいパートナーになれそうです」と返事をしたという。
こうして始まった協業プロジェクト。当初の1年半ほどは、具体的なクルマづくり以前の、そもそもどんな契約内容にすべきかが議論の中心だった。
「いざ一緒にクルマを作ろうとすると、開発のプロセスから、評価の仕方、生産方法まで、まったくと言っていいほど違うことに気付くわけです。あまりの違いに、ちょっと途方にくれてしまうような心持ちになったことさえありました」
そんな状況のチームに頼もしいメンバーが参加した。トヨタ紡織の後藤靖浩さんだ。同社にはBMWにシートを納入してきた実績があり、その経験で培った協業ノウハウがあった。多田さんは「後藤の参加がなければ、プロジェクトはさらに1年以上長くかかっていたはず」と語る。だが、そんな後藤さんにしても、今回のプロジェクトはひと筋縄ではいかないものだった。
「契約書を作るために、1年半の間、毎週のようにBMWに通って、開発プロセスなどの話を詰めていきました。ですが、なぜか話がかみ合わないんです。その理由は言葉の定義の違い。たとえば『ターゲット』という言葉は、トヨタでは理論上可能な、チャレンジを必要とする目標を指します。けれど彼らは『必達目標』という意味で使っている。だから、われわれの目標に対して、そう簡単に同意してくれません。ようやく言葉の捉え方の違いに気付き、ターゲットではなく、ワーキングターゲットと契約書に書くことでBMWとの合意を取り付けました。こうした問題が山のようにあったんです」(後藤さん)
2016年からプロジェクトに参加した福本啓介さんも、言葉の壁に苦労したひとりだ。
「例えばナビゲーションシステムに表示される警告。BMWでは『正規ディーラーに行ってください』となりますが、トヨタでは『正規販売店に行ってください』と表示されます。こうした違いが膨大にあって、リストにすると1万行にもなるんです。それをひとつひとつ実車でチェックしなければなりません。スポーツカーづくりというと、テストコースを派手なスピードで走る姿を思い浮かべると思いますが、実際にはこうした地味な作業の連続なんです」
さまざまな選択肢があったが一貫してスープラを主張し続けた
一方、実際にどんなクルマを作るかという議論においても、結論は簡単に見えてこなかった。当初は、スポーツカー以外の選択肢や、トヨタのハイブリッド技術を採用したスポーツカーなど、さまざまな可能性が議論された。だが、多田さんが一貫して主張していたのは、あくまでも新型スープラを念頭に置いたピュアスポーツカーだった。
膠着気味であった両者の空気に風穴を開けたきっかけは、多田さんが発案したトヨタとBMWの合同イベントだった。
「レクサスLFAやBMWのM3などをテストコースに集めて、お互いが試乗し合ったんです。BMWのスタッフのなかには、トヨタのクルマに乗ったことがないという人もたくさんいました。彼らにしてみたら、極東の島国で作っているクルマなんて、という意識だったのではないでしょうか。けれど、実際に乗ってみると、面白いクルマじゃないかと。あの瞬間から、空気がガラッと変わった気がします」(後藤さん)
トヨタもBMWも、もともとお互いがクルマづくりに熱い情熱を燃やす者同士。言葉の壁を越え、信頼関係を築くうち、多田さんたちの情熱はBMWにも伝播していく。そんななかで出されたのが、お互いの考える理想のスポーツカーを作ろうという結論だった。
「結果として、スープラはピュアスポーツカー、Z4はラグジュアリー性をより意識したスポーティカーといった棲み分けができたと思います」(多田さん)
苦労も多かったが、それ以上にやりがいがあったと語るのは、2014年からプロジェクトに加わっている甲斐将行さんだ。
「一番の思い出は、BMWと共同で行なった公道テストです。フランスの田舎道から雪道、ステルビオ峠などの有名なワインディングロード。200km/h以上で走るアウトバーン。毎年10月から11月頃になると、その年の進化を確かめるために、ニュルブルクリンクサーキットも走りました。試作車がどんどんよくなっていき、最終的には自分たちの期待値を超えるほどの進化を実現できました。テストを通じて、われわれエンジニアも鍛えあげられたという実感がありますね」
BMWとの協業経験は、車両開発の分野以外にもさまざまな知見をもたらした。開発初期にプロジェクトに加わり、現在ではオリンピック・パラリンピック部プロジェクト推進室に籍を置く井手鉄矢さんは次のように語る。
「スープラのプロジェクトには自ら志願して、まだオフィスも立ち上がっていない段階から参加させていただきました。その後、今の業務のために離れたんですが、国際オリンピック委員会とパートナーシップを締結する際には、BMWとの交渉経験が本当に役立ちました。現代の自動車メーカーはクルマを作ることだけでなく、さまざまな形で社会に貢献することも必要です。クルマづくりで経験した苦労は、これからのさまざまな活動においても、絶対に役立ってくれるはずです」
このほか、スポーツカーの新しい楽しみを開拓しているというのも、新型スープラの注目すべき点だ。『GRレコーダー』の開発に携わった井上直也さんにうかがった。
「GRレコーダーは、スープラで実際に走ったときの車速や減速度、旋回G、車両方位などを標準フォーマットで記録するものです。データはSDカードを経由してウィンドウズPCに読み込ませることができ、画面上で自分の走りを確認できます。プレイステーションのゲーム『グランツーリスモ6』で自分の走りを再現する機能を持ったレコーダーはすでに86用としてあったのですが、GRレコーダーでは、Bluetooth通信を使ってその情報をリアルタイムで送信できるように進化させました」
「例えば360度カメラと組み合わせて映像情報と一緒に送信すれば、スープラを運転するアロンソ選手の助手席に同乗することが、誰でも遠隔から体験できるようになります。また、スープラでは、この4月から新たにGRスープラGTカップというe-Motorsportsの取り組みを始めました。グランツーリスモのインターネット対戦機能を使い世界各地で予選が行なわれ、秋には成績上位者を招待して東京モーターショーで世界一決定戦を開催する予定です」
ゲーム内の新型スープラは、外形寸法などはもちろん、サスペンションの荷重のバランスなど、細部に至るまで実車を再現。ユーザーからのインプレッションを集めて、今後の車両開発や改良にも役立てることを考えている。まさに、ユーザーとともにクルマを育てていこうというプロジェクトだ。
環境問題など、さまざまな要因でスポーツカーの前途に暗い影が見え隠れしている昨今だが、新型スープラは、これまでになかったスポーツカーの新しい未来を提示していると言えるだろう。開発メンバー全員が、「生涯忘れることのできない仕事になった」と語る開発プロジェクトは、トヨタのクルマづくりはもちろん、スポーツカーの歴史にもしっかりと刻まれるに違いない。
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