「ドーン!」という大太鼓の音とともに、「フレー! フレー!」という声が屋内に響く。水色の長袖Tシャツを着た元町(工場)応援団が、トヨタ「マークX」と歴代の「マークII」、クルマを生産してきた工員の人たちにエールを送っているのだ。そして団長の合図とともに参加者全員が頭のうえにバッテンを……いや、Xの文字を形作って別れを惜しんだ。
エールをおくる元町(工場)応援団。Dan AOKI12月23日、愛知県豊田市にあるトヨタ元町工場で、最後のマークXがラインオフした。マークXの前身にあたるマークIIシリーズが最初に登場したのは1968年だから、51年にわたるアッパーミドルサルーンの歴史に幕が下りたわけだ。
2019年、もっとも気になった3台はコレだ! Vol.5 河村康彦編
現行マークXは2009年に登場の2代目。Dan AOKI元町工場は、1959年から乗用車の生産を開始した、トヨタの本社工場に次ぐ老舗の生産施設。マークII/マークXは、「クラウン」と並ぶ基幹モデルの1台だったから、生産中止への想いもひとしお。この日、工員有志が企画した社内のさよならイベント「THANK YOU! MARK X ありがとう。そして、これからも。」が開催され、筆者がお邪魔させてもらった。
歴代マークIIも展示!会場になったのは「元町工場 走行センター」と呼ばれる建物。普段は、BMWとの共同開発が話題になったスポーツカー「スープラ」を日本仕様にするための最終調整をおこなっている場所である。
ステージ(?)正面には、初代マークII(コロナ マークII)と、最後のマークXが展示されている。後者は、「この車両は、お客様の車です。触らないで、下さい。」と、貼り紙されたテープで囲まれたガチの最終生産車だ。後方にはGAZOO Racingの手になるマークX「GRMN」、さらに、1979年型、86年型、90年型と3台のマークIIが並べられた。
1968年登場の初代マークII(コロナ マークII)。Dan AOKI1976年登場の3代目。展示車は1979年型の2ドア・ハードトップ。Dan AOKI1984年登場の5代目(左)、1988年登場の6代目(右)。Dan AOKIGAZOO Racingが手がけたハイパフォーマンスモデル「マークX GRMN」。Dan AOKIイベント開始時刻が近づくと、作業服を着てキャップを被った工員の人たちがワラワラと集まってきた。200人ほどだろうか。おのおのが懐かしいマークIIモデルのまわりに集まって談笑している。時間になると、今年入社の男女社員による初々しい司会進行が始まり、ふたりの自己紹介に皆が温かい拍手で応えた。
歴代マークIIを囲む工員。Dan AOKI歴代のマークII、マークXの紹介ビデオがスクリーンに投影されるのを見ながら、ちょっぴり寂しい気持ちになった。個人的に最も記憶に残っているのは、1988年に発売された6代目マークII。直線基調のすっきり端正なスタイリングに真っ白なボディが印象的だった(展示車は濃紺だったが)。いかにも上品な“中流”車といった趣で、“ハイソカー”という言葉がピッタリ。元町工場では、バブル崩壊を挟む89年、90年に、それぞれ25万台を超える生産台数を記録したという。単純計算すると、2分、3分ごとに日本のどこかでマークIIが売れていた計算になる!
6代目は3.0リッター直列6気筒エンジン搭載モデルも設定された。Dan AOKI壇上の二之夕裕美(にのゆ ひろよし)元町工場工場長は、「マークIIは、サラリーマンに『クルマを持つ喜び』を、熱く感じさせたクルマでした」と、話す。自身、学生時代に3代目のハードトップ、入社後は5代目の後期型を購入したマークII好き。「あのころは『1億総中流』と言われていました。でも、みんなただの中流ではイヤなんですね。『中流のなかでもちょっと上』と、思いたかった」と、当時を振り返る。そうした大衆の想いに正面から応えたのがマークIIだったわけだ。
写真向かって左が、二之夕裕美(にのゆ ひろよし)元町工場工場長、右が友原孝之(ともはら たかゆき)2代目マークXチーフエンジニア。Dan AOKIオーセンティックなマークII。スポーティな装いの「チェイサー」。ややオジン(死語)……じゃなくて、落ち着いた雰囲気の「クレスタ」。大人気のトヨタ三兄弟に、「スカイライン」、「ローレル」、そして「セフィーロ」で挑む日産個性派軍団! あのころの販売競争は、ニッポンの自動車史上、屈指の名勝負だったんじゃないでしょうか。
Dan AOKI後継車種は「マークe」!?しかし1990年代に入るとマークIIは勢いを失い、2004年に後継車種たるマークXにバトンタッチする。しかし、かつてのセールスを取り戻すことはできなかった。そんな市場の冷え込みとは裏腹に生産現場は変わらず燃えていたようで、続く登壇者の人たちからは、「ガムシャラに頑張ってきました」「FRの走りに魅了されました」「人に教える苦労を知りました」とアツい言葉が飛び出し、全員が「サンキュー、マークX」との決め言葉でスピーチを終えた。
結局、半世紀ほどのあいだにマークIIは約651万8000台、マークXは約36万3500台の、累計688万1500台が生産された。うち、元町工場が受け持ったのは、約349万5000台である。
Dan AOKIイベント終了後、セダンマーケットの縮小について訊かれた二之夕工場長は、次のように答えた。
「いや、市場はあるんですよ。たとえば3.5リッター(エンジンを積んだ)のマニュアル車(限定販売のGRMN)を出すと、アッという間に完売します。(マークX全体で)7000台くらいのニーズはある。ただ、その規模でやっていけるかというと……」と、言葉を濁す。
ここ3年のマークXの販売台数は、2016年が7033台、17年が8460台、18年が4108台。客観的に見て、トヨタの経営陣が生産中止の判断をするのも「やむなし」だろう。国産セダンが退場するのと入れ替わるように、ニッチな台数でも“やっていける”輸入車が限られた需要を満たすようになって久しい。
Dan AOKIこの日、最後のマークXを送り出した元町工場であるが、暗いニュースばかりではない。同工場は、2008年から3年にわたって、トヨタの燃料電池車、「FCHV-adv」を、手がけてきた。電動化されたクルマを生産するノウハウを培ってきたのだ。そのことを踏まえて若い司会者は、「マークIIがマークXになったように、EV時代に“マークe”を作れる日が来ればいいと思います」と、言ってイベントを締めくくった。
2020年から欧州で施行される排ガス規制では、自動車メーカーはEVもしくはEVに準ずるモデルを相当数販売しないと、厳しいCO2排出量の基準をパスすることができないという。元町工場からトヨタ「マークe」が送り出される日は、意外と近いかもしれない。
文と写真・ダン青木
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また帰ってきて欲しい。