自動車の祭典「フェスティバル・オブ・スピード(Fos)」(7月13日~7月16日)がイギリスでおこなわれた。なかでもマクラーレンが多くの注目を集めたワケとは? 作家の松本葉がレポートする。
フェスティバル・オブ・スピードのおさらい
イングランド南東部、ウェスト・サセックス州グッドウッドで開かれるフェスティバル・オブ・スピード(以下、FoS)に行ってきた。モータースポーツと自動車文化の祭典と謳われるイベントである。
初開催は1993年。当時イタリアに住んでいたが、自動車雑誌では『広大な土地を持つイギリスの伯爵が仲間とともに古いクルマを走らせて楽しむミーティング』、こんなトーンで紹介された。ミッレミリアやヴィッラ・デステといった長い歴史のある自動車イベントを持つイタリアとしては、いくら伝統あるグッドウッド・サーキットを所有する伯爵の音頭取りでも、今頃はじめて続くのかね? と、懐疑的だった。
ところがどうだろう、主催者ですら(当日はル・マンとかぶっていたこともあって)2000人も集まれば上出来と考えていたイベントは大盛会。あれよあれよという間に、モントレーカーウィークとともに二大自動車祭りに成長した。1日のみの開催から徐々に日程を伸ばして今では木曜日から日曜日まで4日間、20万人あまりの来場者を迎える。
FoSの醍醐味はふたつ。新旧さまざまな自動車が集い、F1、ルマン、WRCの参戦車も含めて古今のマシンを腕自慢のドライバーがダイナミックに走らせる点、それを広々とした庭園で自由に見ることができる点。くわえてブースを出して新車発表やプロトタイプ、限定モデルを初披露するメーカーも多く、この点では衰退した自動車ショーの代わりをつとめているとも言えそうだ。
今年はBMWが高性能クーペ、「3.0 CSL」を、モデルチェンジしたばかりの「5シリーズ」とともに出展したほか、ポルシェは電動化を前にミドシップの最終世代となる「718スパイダーRS」を、アルピーヌは「A110E-TERNITE」を発表。
ほかにも大小さまざまなメーカーのニューモデルやコンセプトモデルがワールドプレミアムをおこなった。そういえば昨年のヒルクライムでレコードを打ち立てた新興EVメーカー、マクマートリーの「スピアリング」は100台の限定生産が決定したそうで、1号車を引っ提げてふたたびFoSに戻ってきた。
期間中、フューチャーされる催しがいくつかある。「FOSTECH」と「フューチャーラボ」は明日の技術にスポットを当てたもの。世界中から23のイノベーターが出展した。「エレクトリックアヴェニュー」と「スーパーカーパドック」はまさにその名が示す通りで、「カルティエ スタイル エ ルックス」は時計メーカー、カルティエ主催のコンクール・デレガンスだ。「F1ピットレーン」では、イギリスGPを終えたばかりのウィリアムス、マクラーレン、フェラーリなどが参加。それらのマシンは「ヒルクライム」も走ったが、このヒルクライムこそ観客がもっとも興奮する名物アトラクションだ。
「ヒルクライム」は、プロテクションに藁を用いた、いわゆるストローバリアに囲まれたコースを疾走する。楽しいのはドライバーのキャリアや年齢、参戦車両の生産国や年代、カテゴリーからエネルギー源に至るまでバラエティにとんでいること。たとえば今年、トヨタはe-fuelで走る「GRスープラGT4EVO」を持ち込み、ルノーはコンセプトモデル、「R5ターボ3E」を、マクラーレンはF1の歴代マシンと「アルトゥーラ」、「750S」、「セナ」など量産車、限定車両双方を走らせた。次世代車両はEVモデル中心ながら、走行車全体で見るとガソリンが8割だそうだ。
ダントツだったマクラーレン歴史と言えば今回、圧倒的な存在感と貫禄を見せたのがマクラーレンだった。
“地元”ということもあるのだろう、これまでにも新車発表をおこなったり、ヒルクライムに参加したり、と、FoSとは馴染みの深いメーカーながら、F1チームが設立60周年を迎えた今年はことのほか力が入っていた。
それに直前のイギリスGPでランド・ノリスが大健闘を見せたことも華を添えたように思う。イギリスチームとイギリス人のドライバーによるシルバーストーンでの活躍だ、めでたくないはずがない。ちなみにイギリスGP直後のインタビューでルイス・ハミルトンはマクラーレンのマシンを「ロケットのスピードだった」と、絶賛した。彼もまたF1デビューをマクラーレンで飾ったドライバーである。
マクラーレンF1チームはスコットランド系ニュージーランド人、ブルース・マクラーレンが1963年に設立した。彼自身は1970年に(なんとグッドウッド・サーキットで)事故死したものの、チームは継続する。今にいたるまでF1とルマンとインディアナポリスとCan-Amすべてを制覇したのはマクラーレンだけだ。ドライバーの顔ぶれも含めて名門中の名門である。
ブルースの悲願だった量産ロードカー生産がスタートするのは2011年のこと。前年、マクラーレン・オートモティブがチームの本拠地とおなじ場所で生まれた。今回は、チーム設立からの47年、オートモティブ誕生から今までがどんなふうに繋がっているか、それをF1マシンやアルトゥーラ、P1、セナ、エルヴァなど限定モデルも含めた新旧生産車のヒルクライム走行、歴代車両の展示などで余すところなく見せた。
祝賀には1993年から2001年まで同チームのドライバーをつとめたM.ハッキネンやA.セナの甥、ブルーノもあらわれて彼らや車両と自撮りする人の数もダントツ、愛されるマクラーレンを身近に見た。
ちなみにブルーノは675LTがお気に入りモデルでもちろんセナも持っているそうだ。横顔が叔父さんにそっくり、古い世代の人間としてはセナを見るようで胸が詰まる想いだった。
イギリスのよさが伝わってくる自動車イベント展示車両の中でもっとも高い注目を集めたのは「Solus GT(ソーラスGT)」だ。会場中央という絶好のロケーションに設えられた「マクラーレンハウス」の前で披露された。
“唯一無二”を意味するソーラスGTはプレイステーションの「グランツーリズモ・スポーツ」に登場するマクラーレン・アルティメット・ビジョン・グランツーリズモの実車版である。
公道走行やレース規定の束縛を受けずに製作されたそうで、戦闘機型のキャノピーやツインエレメントの固定式リアウィングを与えられた姿も強烈なら、パフォーマンスも然り。100km/hに2.5秒で到達するという。生産台数は25台ほど、1億円をらくらく超えるプライスながらすでに完売している。
この数ではこの先お目にかかるチャンスはそうそうないだろう、ワールドプレミアムは黒山の人だかり。チーフエンジニアの袖を引っ張りながら質問するファンの姿が目についた。なかのひとり、袖を何度も引っ張った男性にマクラーレンが好きですか? と、尋ねると、彼はこう言った(ように聞こえた)。発音はコックニーのそれ、話すスピードはスーパーカーのそれ。
「アイムア・マクラーレンメンタル、バッアイダウント・オウンアマクラーレンカー」
マクラーレン狂だけど、マクラーレン車両は持っていないという意味だ(と、思う)。今回は悪天候に祟られたものの(30年の歴史の中で初めて土曜日がキャンセルになった)、ソーラスGTのプレゼンテーション後に見かけたこの男性は、雨の中、傘もささずカッパも着ず、左手にビール、右手にソフトクリームを持ってすたすた歩いていた。ベリベリ・ブリティッシュ。
ラリーカーにスポットを当てたアクションエリアもある、これも付けくわえておきたい。飲食スペースも物売りテントも充実していてまさにFoSは自動車を全方位で楽しむエキスポのようなものなのだ。
コロナが落ち着き、旅行の楽しみが再び戻ってきた。FoS訪問はおすすめ。人々の盛り上がり方、自動車だけをキーワードにした自然さとピュアな楽しさ、ガーデンパーティというスタイル、見事なオーガナイズの頂点に君臨する貴族の存在、どれをとってもブリティッシュ。イギリスのよさが伝わってくる自動車イベントである。
文・松本葉 編集・稲垣邦康(GQ)
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