誇大広告は敵
物腰が柔らかく、事実に基づいた話をする科学者との会話が新鮮に感じられるのは、現代社会の歪んだ一面を物語っているのかもしれない。トヨタ・リサーチ・インスティチュート(TRI)のギル・プラットCEOと1時間も話していると、そのように感じられる。
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彼の魅力は、その語り口だけでなく、頭脳にある。現在、彼はトヨタ自動車でチーフサイエンティスト、研究担当エグゼクティブフェロー、トヨタ・リサーチ・インスティチュートのCEOを務めている。過去には米国国防高等研究計画局でロボット工学とコンピューティングの責任者、マサチューセッツ工科大学で電気工学とコンピュータサイエンスの准教授も経験している。
また、「自分が正しいとは証明できない」という事実をはっきりと述べる他、トヨタが既得権益者としてしばしば非難される余地があることも認めている。
しかし、ここで彼が自らの言葉で説明しているように、2つのことについては絶対的に確信している。気候変動危機は現実であり、バッテリー電気自動車(BEV)だけの未来に急ぐことは地球にとって最善の利益にはならない、ということである。
――あなたの意見に耳を傾けるべき理由は何でしょうか?
「もちろん、誰もわたしの話を真剣に聞く必要はありません。ですが、わたしはできるだけ事実に基づき、科学的根拠を持って、この問題をあらゆる側面から語ることを心がけています」
「わたしは長年、教師をしてきたので、そのようなアプローチは自然なことです。わたしが学んだのは、誇大広告は敵であるということです。誇大広告は、人々に事実を誤認させ、間違った決断をさせることにつながります」
「誇大広告は人々の心を閉ざします。1度使うと、さらに誇大広告にお金を使う事になります。約束されたことが実現されないと失望につながります。誰にとっても悪いことです」
EVが唯一の正解ではない
――EVは間違っているのでしょうか?
「いいえ。一部の人にとっては、バッテリー電気自動車がまさに正しい選択であることは認めます。しかし、独自の調査によると、すべての人に当てはまるわけではありません」
「リチウムイオンバッテリーには問題がないわけではありません。採掘された希少な素材から作られていますが、これに対してエンジンは、より一般的な素材を多く使って作られています。また、送電網のエネルギーミックスも世界各地で違いがあります」
「PHEV(プラグインハイブリッド車)とBEV(電気自動車)は、非常に近い存在です。どちらか一方が常に正しい究極の解決策とは限りませんが、現状ではPHEVの方が良い選択となることが多いです」
「PHEVも完璧ではありませんが、バッテリーをフルに活用できますし、航続距離不安の問題もありません。不安だからといって乗り換えを我慢するのではなく、よりクリーンな乗り物に乗り換えるための解決策となります」
「わたしが問題視しているのは、正しい解決策が用意されているかどうかということです。正しい解決策は、単一の技術ではありませんし、少なくとも今日、自信を持ってこれだと言うことはできません。むしろ、地球にとって最も大きな違いをもたらす現実的な技術が研究されていることを期待します」
――しかし、あなたは気候変動の危機を認めているのですから、ゼロ・エミッションを目指すべきなのでは?
「ええ、そうすべきです。わたし達はゼロ・エミッションを目指さなければなりませんが、全世界が同時に達成することはないでしょう」
「人類が排出したCO2は、これから何百年もの間、人類と一緒にいることになるのです。最大で1000年続く貯蔵庫が構築されており、実質排出量がゼロ以下になるまで減ることはないでしょう」
「地域ごとの課題に応じて、可能な限りCO2排出量を削減する答えが必要なのです。答えは時代とともに変わります」
「だから、BEVは全世界にとっての正解ではないんです。ある地域には向いていても、どこにでも通用するわけではありません」
「誰もが大志を持つべきだ、というのは正しい。しかし、排気ガスを出さなければゼロ・エミッションになるというわけではありません。インフラはどうするのでしょう?発電は?原材料の入手は?」
選択肢を1つに絞るべきではない
――なぜ、もっと多くの人があなたの意見に耳を傾けないのでしょうか?
「残念なことに、わたし達人間は自分ではどうしようもないことでも、予測できると信じてしまう傾向があります。過去の出来事に色をつけ、未来に同じような景色を投影するのはとても心地よいことですが、実際には未来は不確実です」
「今、確実に言えることは、気候変動は非常に深刻な問題であり、2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにしなければならない、ということです。しかし、そこに到達するための最善の方法が変化すれば、わたし達はそれに従わなければなりません。そして、どのような技術がわたし達を二酸化炭素から解放してくれるのか、真実はわからないのです」
「バッテリーのサプライチェーンがどうなるのか、誰も自信を持って言うことはできません。今後30年間の地政学的な変化も予測できない。パンデミック(世界的大流行)の再来はあるのか?答えの出ない問題を解決する唯一の方法は、選択肢を1つに絞らず、オープンにしておくことだとわたしは考えています」
――では、2030年にICE(内燃機関)の販売を終了するという英国の判断は早すぎると思いますか?
「どうでしょうか。もちろん、トヨタは法律を遵守します。ですが、この判断は二酸化炭素を減らすための最良の方法なのでしょうか?15年後、20年後には、確かに意味を為すかもしれない。でも、8年後?わかりませんね」
「今起きている間違いは、EVが万能薬だと考える人がいることです。確かに、CO2削減のために本当に良いことも行われていますし、削減目標は成果を測定するための素晴らしいものだと思います。しかし、短期的には、CO2削減を達成するための方法を規定することで動揺をもたらすのではないかと、とても心配しています」
「充電インフラが整っていないから買わない、あるいは初期費用が高すぎるから買わないというクルマを大量に作ってしまうかもしれません。無理に買わせることはできないのです。そのようなことが実際に起こるかどうかはわかりませんし、事実として述べているわけではありません。しかし、市場や科学、研究に答えを求めないのであれば、正しい答えを得られなくなります」
地域によって最適解は異なる
――EVが正しい答えとなる地域は?
「欧州の一部では、おそらく正しい答えとなるでしょう。ノルウェーでは、グリーンエネルギーが非常に多いので、EVはクリーンに走ることができます。また、充電インフラにも多大な投資をしているので、その点も問題ありません。EVが機能するというのは素晴らしいことです」
「しかし、東欧に目を向けると、状況はあまりよくありません。東欧のエネルギーは石炭に大きく依存しており、充電インフラも大幅に遅れています」
「変化を求めることはできても、ノルウェーの真似をしろというのは無理な話です。みんなが同じ天然資源を持っているわけではありません。つまり、二酸化炭素削減の目標を達成するためには、BEVに切り替える時期を決めるだけでなく、もっと良い方法があるかもしれないということです」
――EVへ切り替える日を宣言したことで普及が進んでいます。それはプラスに考えることはできないでしょうか?
「変化を強制する方法はたくさんあります。問題は、それが良い変化であるかどうかです」
「電気自動車を検討する際、大多数の人が航続距離の不安に直面します。これに対する自動車メーカーの提案は、より大きなバッテリーを搭載したクルマです。その結果、ほとんど使われない容量の大きなバッテリーが生まれ、クルマは重くなります」
「これは、個人的な経験からも言えることです。妻とわたしは、テスラのモデルXを買いました。このクルマのチーフエンジニアと仲がいいからです。素晴らしいクルマですよ。しかし、妻は1日50kmの通勤に使っており、バッテリーの90%はほとんど使われていないことになります。わたし達は、これだけ重量と原材料を引きずっていただけなのです」
「バッテリーの供給が制限されているのは周知の事実です。トヨタRAV4 PHVのようなPHEVであれば、そのバッテリーセルをもっと有効活用することができたのではないでしょうか。そうすれば、ほぼすべての移動において、より多くの総排出量削減に貢献できたはずです」
環境への影響は予測できない
――あなたの見解やトヨタが、気候変動を解決するための敵であると言う人もいるでしょう。それに対してどう思われますか?
「このような誇大広告が行われている環境では、人々はしばしば、ある企業が『正しいこと』をしていないとして、その企業を非難することがあります。ただ実験をしているだけなのに、敵に回されてしまうのです。彼らは勝つかもしれないし、負けるかもしれない。ですが、彼らの足元が揺らぐことは間違いないでしょう」
「市場や研究開発機関が答えを導き出し、最適化することの方が、はるかに効果的だと思います。そして、それぞれのお客様が置かれた状況に応じて、最大限の貢献ができる方法を提供することが、お客様への敬意というものです」
「お客様はアパート住まいかもしれないし、充電器のない地域で長距離を運転しなければならないかもしれません。BEVが唯一の答えとならない理由はたくさんあります。すべての人にとっての答えは1つではありません。わたしは、選択肢の多様性は弱点ではなく、むしろ強みだと考えています」
「気候変動については、特定のドライブトレインではなく、CO2が敵であるということに焦点を当てれば、状況を改善できるのではないかと考えています」
――バッテリーの欠点は何だとお考えですか?
「バッテリーは、充電速度と耐久性、容量と価格など、基本的にトレードオフの関係にあります。価格については、世界で起きている複数の問題のために、実際に少し上がり始めています」
「さらに、原材料の入手の問題、製造をサポートするサプライチェーンの問題、採掘による環境への影響もあります。リサイクルによって解決できることもありますが、現時点で、責任ある方法でリサイクルを行うための答えはあるのでしょうか?わたしはそうは思いません。さらに、バッテリー製造時に排出されるCO2をいかに少なくするかという問題もあります。数え上げればきりがありません」
「はっきり言って、これらの問題は乗り越えられます。しかし、それは時間や成長率の問題であり、一朝一夕に変えられるものではありません。何日までに何台の電気自動車を作るという宣言には、思い上がりがあります。なぜなら、原材料の供給状況や、原材料を生産・使用することによる地球への影響を正確に予測することはできないからです。そのようなデータは存在しません」
「それがわかるまでは、今あるバッテリーをできるだけ多く使った方がいいと思いますし、そこがハイブリッドの強みでもあります」
水素の使い道
――水素の位置づけは?
「燃料電池は、未来のクルマの動力源として非常に魅力的です。バッテリーのように大規模な採掘を必要とせず、BEVよりも真のゼロ・エミッション車に近づけることができます。しかし、長い道のりになりそうです」
「自動車業界は、カーボンニュートラルな水素製造に移行する必要があります。また、肥料、原料、石油化学、セメント、鉄鋼など、水素を使って脱炭素化する必要がある業界は他にもあります」
「流通の問題もあります。ネットワークがまだ整備されていないこともあり、路線バスや大型輸送車両など、移動ルートが固定されているものに力を入れたほうがいいかもしれません」
「だからといって、水素で走る乗用車が悪いというわけではありません。むしろ、コストを下げるための生産規模の確保に必要なのです。また、ミライの第1世代と第2世代を開発した結果、多くのことを学びました。水素はどのような車両に適用しても有効です」
「現在、スイートスポットがどこなのかが分かってきたところです。そして、中期的には、ヘビーデューティーな用途で最も大きなインパクトを与えると考えています。たとえ正解にたどり着けなかったとしても、学ぶことは大切だと思います」
――世界の大部分の地域ではすでに道が決まっていて、あなたの言葉でもあまり変えられそうにないように感じます。あなたはどう感じますか?
「わたし達が望むのは、地球がクリーンで、グリーンであること、そして気候変動が問題でなくなることです。そこに到達することがいかに難しいか、わたし達はよくわかっています」
「その複雑な道のりの中で、正しい行動を予測することは困難、いえ、ほとんど不可能です。だからこそわたしは、選択肢を広げ、1つの道だけではなくあらゆる道を模索することを強く主張しているのです」
「『確証バイアス』は、人類が洞窟で暮らしていた頃から存在しました。ある視点に対して熱狂的な支持を得ることで、人々はお互いを信じ合うというものです。しかし、バイアスは信じられないほど悪化しており、何とか対処しなければなりません」
「わたしが話すことのほんの一部だけでも、あらゆる立場の人々が『なるほど、これは理にかなっている』と納得するのに役立ってほしいと願っています。わたし達は誇大広告を抑制する必要があるのです」
「トヨタは、2030年までに生産台数の3分の1をBEVにするという、非常に野心的な目標を掲げています。しかし、他のドライブトレインもしばらくは必要だと考えています。CO2の実質排出量を減らすための最善の答えは、どんな状況でも、それぞれのお客様が最もCO2削減に貢献できる方法を提供することなのです。つまり、多様な状況には多様なソリューションが必要だと考えているのです」
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みんなのコメント
まるで第三者による客観的な理論かのような誤解を生むタイトルつけるな。
科学者なんだったらこの内容論文ででてるのだろうな。