7月6~7日に富士スピードウェイで開催されたGAZOO Racing 86/BRZ Race第5戦にプロフィギュアスケーターの無良崇人が参戦した。無良は5月に行われたスポーツランドSUGOの第3戦でレースデビュー。初戦で見事に完走を果たし、今回が2度目の挑戦となったが、エントリー台数の多い大激戦となった富士戦では、目標としていた予選通過は叶わなかった。
2018年3月に現役選手生活から引退しプロフィギュアスケーターに転身した無良は、アイスショーやフィギュアスケート解説者として活躍する一方で、子供のころから強い憧れを抱いていたという自動車レースにも挑戦。5月にスポーツランドSUGOで開催された86/BRZ第3戦で念願のデビューを果たした。
氷上からサーキットへ。フィギュアスケーター無良崇人が86/BRZで念願のレースデビュー
2度目のレース挑戦となる今回、無良が参戦するビギナー向けのクラブマンシリーズ・オープンクラスには62台がエントリー。首都圏からのアクセスも良く、無良がいちばん走り慣れたサーキットがこの富士だったが、それは他のドライバーも同様。これだけのエントリー台数を集めるのは富士ならではのことだ。
決勝のフルグリッドが45台のため、17台が予選落ちとなる厳しい戦い(1、2組を合わせた予選不通過の上位5台は、決勝Bとして今回40台が参加するひとつ上のクラブマンシリーズ・エキスパートクラスの残り5グリッドの枠を利用し、混走でレースに参加することができる)。オープンクラスの参加者は半分の31台ずつ振り分けられ、無良は予選2組。前回のスポーツランドSUGOの大会では、参加者全員か決勝に進める予選落ちがないレースだっただけに、まずは決勝レースに進出することが今回の大きな目標となった。
九州地方が記録的な豪雨に見舞われたこの1週間、富士も悪天候が心配されたなか、水曜日から現地入りし練習走行を開始した無良は初めてのウエット路面も経験。「コントロールが難しく慎重に走った」と言う金曜日の専有走行では、オープンクラス2組の20番手タイムをマークしていた。
単純に考えれば予選40番手相当の順位だが、各車はまだ完全に手の内を見せているわけではなく、安心はできない。
迎えた土曜日、朝から時々パラついていた雨も収まり路面はドライコンディション。1台が未出走となったため30台で争われたオープンクラス2組の公式予選は、15分間という限られた時間のなかで、これまで練習してきた成果をどれだけ発揮できるかがカギとなる。
コースインし、まずは50パーセント、次の周回は70パーセント程度で走行し、ブレーキを作動温度領域に入れてから本格的なアタックがスタート。周回できたのはトータル6周、あっという間に15分間のセッションが終わった。
5周目にマークした2分11秒450がベストタイム、この時点で無良の順位は26位。ところが、この周回にコカ・コーラーコーナーで四輪とも完全に縁石の外側のランオフエリアを走行したとして、四輪脱輪のペナルティが課されることになった。そのため、当該周回のタイムは抹消され、3周目にマークしたセカンドベストの2分11秒609が公式記録となり、最終的にオープンクラス2組の27位で予選を終えることとなった。
予選2組を22位で通過した選手のタイムが2分10秒592。決勝Bに出走できる予選25位の選手のタイムが2分11秒176。もう一方の予選1組では2分11秒551で25位だった選手が決勝Bに進出している。その差はわずか0秒058! 勝負事にタラレバは禁物だが、練習走行ではセクタータイムのベストをうまくまとめれば、2分10秒台前半も見えていただけに展開次第では無良も十分に決勝進出が可能だったことが悔やまれる。
予選後、四輪脱輪のペナルティの件でコントロールセンターに呼び出しを受け、予選不通過とのダブルパンチで少々落ち込み気味だった無良のもとへ小河諒がやってきた。
今年は3クラスで行われている86/BRZ Raceの最高峰、プロフェッショナルクラスで活躍する小河は1991年4月生まれで、91年2月生まれの無良とはわずか2カ月違いの同い年(学年は無良がひとつ上)。2013、14年にポルシェ・カレラカップでチャンピオンを獲得し、15年は全日本F3選手権Nのチャンピオン、16年にはスーパー耐久ST-4クラスのチャンピオンを獲得するなど、レースの世界では無良の大先輩だ。
「四脱(四輪脱輪のペナルティ)は攻めた結果だから、ぜんぜん気にしなくていいんじゃないですか? ただ、僕が無良さんにもうちょっと頑張ってほしいなと思ったのは、水曜日の練習の段階で(セクターごとの)ベストをまとめれば(2分)10秒台に入っていたのに、コンディションはあのとき(水曜の走行時)よりも今日のほうが悪くない状態で(2分)11秒4しか出なかったのがもったいない」
「セクター1とセクター3はずっと自己ベストを刻みながらきたのに、セクター2のタイムだけが最後までずっと変わらなかった。おそらくタイムを出したいっていう気持ちが先行して(コーナーの)入口ばっかり頑張っちゃって、そこでアンダー出して出口が苦しくなるってパターンだと思うんですよ。タイムが出ないときこそ、本当はブレーキングポイントを手前にしなきゃいけなくて……そこだけ今後気を付けてほしい」と今の無良に必要とされる忌憚ない意見をぶつけていた。
小河は、織戸学が主宰するMAX ORIDO Racingの“富士スピードウェイPARKトレーニング”でも無良の運転するクルマに同乗しドライビングコーチを務めたという。
同日に自分のレースがある忙しいなかでも、こうして無良のタイムを気にかけ、ねぎらいの言葉よりも、あえて苦言を呈してくれる存在は、異なる世界から飛び込んできたばかりの無良にとって何よりも心強いはずだ。
予選を終えた無良は、小河の指摘のように「セクター2だけがタイムアップしてない状況で、実際にはもうちょっと攻めることができたなあ。突っ込む方向でタイムを削ろうとする意識が強すぎたのかもしれない」と反省。「クルマの向きを変えてからアクセルを早く開けていくっていう走り方をイメージしてもっと練習していきたい」と、感覚を忘れないうちにすぐにでもコースに飛び出していきたいような様子だった。
無良も「練習を重ねるうちに徐々に良くなっているなと感じる反面、もっとやれたという思いも強い」、「練習したことをしっかりと予選の場の短時間で出せるようにしなければ……一発でタイムを出すという部分に関して、自分はまだ力不足なのかもしれない」と今後の課題を見つけたようだ。
「前回のSUGOを完走で終えて、今回のレースはすごく楽しみだったのでは?」との問いに対し、「レース前のドキドキする感じは、やっぱりフィギュアスケートの現役時代を思い出す。ひさしぶりにあの感覚が甦ってきました」と無良。
「順位は別として完走することの達成感は、ゴルフでうまくいったときの快感みたいにクセになりますね。逆にできないことに対しても、『なんでこうなっちゃうんだろう?』って原因を追究して、ひとつずつ克服していくのが面白い。フィギュアスケート時代も毎日そんな繰り返しでした」
「その延長線上にあるものと、また違う部分と……採点競技とはまた違う、時計との闘いという部分。新しい世界はめちゃくちゃ新鮮です」
「いい感じで最終コーナーを立ち上がってメインストレートを走っているときは、『もうちょっと前に出ろ、もうちょっと前に出ろ』って思いながら走っています」と素敵な笑顔を見せた。
現在、無良は全国各地を巡るアイスショー“浅田真央サンクスツアー”に出演中。今シーズンの残りのラウンドは日程的に継続参戦が困難なため、今回の富士で活動は一旦終了となる。
インタビューの最後に、せっかく身に着けた感覚を錆びつかせないよう、今後もできる限りサーキット走行やシミュレーターで腕を磨き続けることを約束してくれた。来シーズン、無良は必ずサーキットに帰ってくる。
◆無良崇人(むら たかひと)
1991年2月11日、千葉県生まれ、28歳。2014年、四大陸選手権優勝。全日本フィギュアスケート選手権には、05~17年まで13年連続出場(3位5回)。日本代表として世界選手権に3回出場。ISU GPシリーズ、12年エリック・ボンパール杯優勝。14年スケートカナダ優勝。18年3月、現役引退を発表しプロフィギュアスケーターに転身。現在はアイスショー出演やフィギュアスケート解説者として活躍中。今年5月にTOYOTA GAZOO Racing 86/BRZ Race第3戦スポーツランドSUGOでレーシングドライバーとしての一歩を踏み出した。昨夏の「艦これ 鎮守府“氷”祭りin幕張特設泊地-氷上の観艦式-」に出演以降、“無良提督”の愛称でも親しまれている。
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