F1の王は社内でなんでもできる宮殿だ
日本、ドイツ、そしてドイツ以外の欧州勢とお伝えしてきた自動車メーカーの特殊部隊。シリーズとして展開してきたわけでもないのだが、スーパースポーツカーメーカーやスーパープレミアムブランドの世界ではどうなのか、に触れて最終回としよう。
同じ「ワークス」でも似て非なる存在! 「TRD」「NISMO」「STI」「無限」の成り立ち
まずは、フェラーリから。スーパースポーツカーの開発から生産までを行うメーカーであり、さらには社内にF1マシンの車体とエンジンの双方を内製できる部門を持つくらいだから、いかなる特別なクルマでも手掛けられる組織、技術力を備えているのは明らかだ。1984年にグループBのホモロゲーション取得のために308シリーズをベースにしつつもほとんど設計しなおされた288GTOを皮切りとして、F40、F50、エンツォ、ラ・フェラーリなどなど、限定台数のみ生産する”スペチアーレ”と呼ばれる一般のラインアップとは異なるモデルを生み出し続けてきたことが、そのひとつの証明と言えるだろう。
そうした強みを活かし、2008年からは特別な顧客のオーダーのみに限られるもののワンオフモデルの製作も再開した。1947年の創業時から1950年代の後半まで行っていた、世界的な大富豪や王族・貴族などの望みに応じて特別な1台を作っていたのを復活させたかたちだ。これは単なるパーソナライゼーション・プログラムではない。
フェラーリの市販車のためのプログラムとしては、内外装を特別な仕様にした数台のみの限定オーダーとなる”フォーリセリエ”、内外装を好みの仕様にオーダーできる”テーラーメイド”、定められた仕様のなかから自由な組み合わせでオーダーできる”アトリエ”などがあるが、こちらはプロダクションモデルをベースとしながらもボディそのものをガラッと変えてしまう完全なワンオフ。顧客はフェラーリのデザイナーに自分の望んだテーマで唯一無二のクルマを創造してもらえるという、夢のようなお話なのだ。最初の作品であるSP1は日本の熱心なフェラーリ・コレクターのオーダーによるもので、以来、P540スーパーファスト・アペルタ、SP12ECなど、10数台のワンオフのロードカー(一部を除く)が製作されている。
この”スペシャル・プロジェクト”と呼ばれるワンオフ製作プロジェクトは、フェラーリの価値観に沿わないモノは受け付けず、また転売を防ぐために製作したクルマを買い戻す権利をフェラーリが持つなど、とにかく徹底している。製作にあたってはフェラーリのチェントロ・スティーレ(デザインセンター)が重要な役割を担っていることは簡単に想像がつくが、とくに部門やチームの名前が声高に喧伝されたりはしていない。つまりフェラーリは当然のこととして、このプロジェクトを遂行してるのだ。
もうひとつ”コルセ・クリエンティ”の存在も忘れてはならないだろう。いわば顧客向けレーシング部門というべき部署だが、こちらでは現役から退いて顧客に販売されたF1マシンを走らせるオーナーのサポートやGTレースをフェラーリで戦うチームのサポート、フェラーリ・チャレンジの開催など、F1グランプリ以外のモータースポーツを統括している。
ここのもうひとつの重要な業務として、”XXプログラム”が存在する。2005年に登場したFXXから最新のFXX K EVOまで、最新技術を満載したサーキット専用車を開発し、個人オーナーが走らたテレメトリーのデータやドライバーからのフィードバックをフェラーリのプロダクションモデル開発に役立てていく、というものだ。もちろんこのプロジェクトも資金され用立てれば誰もが参加できるというものではなく、優良顧客の中からフェラーリが選んだ一部のオーナーのみが対象となる。
いろいろな意味で、やはりフェラーリは特別なのだ。
プレミアムブランドは「特殊部隊」もプレミアムだった!
2)ランボルギーニ スクアドラ・コルセ
ならば、ライバルというべきランボルギーニはどうか。こちらにも”スクアドラ・コルセ”というレース車両の開発製造部門がある。ワンメイクレース用のウラカン・スーパートロフェオやGTレースを戦うウラカンGT3などは、ここで開発されたマシンだ。
また、モータースポーツで培った知見や技術を盛り込み、2018年にはアヴェンタドールをベースとした”SC18アルストン”、2020年にはその発展版とも思える”SC20″といった公道仕様のワンオフモデルを、同じく2020年にはSUVのウルスのレース仕様を、2021年には40台限定のサーキット専用ハイパーカー”エンセンツァSCV12″を発表。設立から10年少々と長い歴史を持ってるわけではないが、近年その活動が活発化していて、今後の動向が楽しみだ。
3)マクラーレン MSO
マクラーレンにもビスポーク部門といえるMSO(マクラーレン・スペシャル・オペレーション)がある。顧客の特別なオーダーを反映したワンオフモデルの製作や、かなりのスペシャル仕立てとなる極少量の限定生産車などを手掛けるほか、プロダクションモデルを性能の面でもルックスの面でも満足度の高いカスタマイズを加えられるパッケージを用意したりしている。
2012年のワンオフ・モデル”X-1″や、2021年に15台限定として発表された”セーブル”などは、かなりユニークにして魅力的な存在である。
世界最古のコーチビルダーが手掛ける逸品
4)アストンマーティン Q by ASTON MARTIN & AMR
アストンマーティンも、この部分には力を入れている。ひとつは”Q by ASTON MARTIN”。ピクニック・セットのような微笑ましいアイテムの用意からワンオフモデルの製作まで、顧客の要望にきっちりと応えるビスポーク部門だ。ときには車体のデザインやマテリアル、パフォーマンスに関連する部分にまで手を入れて特別な1台を作り上げていく。
またその一環として、Qが提案する少量生産の限定モデルも製作する。2018年に14台限定で販売されたV12ヴァンテージV600や2020年に88台限定で登場したV12スピードスター、2020年に100台限定でデビューした小技の効き具合がマニアをニヤリとさせるヴァンテージ007エディションなど、限定車には魅力的なモデルが多い。
そしてもうひとつはAMRの存在。AMR=アストンマーティン・レーシングであり、GTレースを戦うマシンを開発してる関連会社である。
そのレース活動から得た知見を活かしたハイパフォーマンス版のラピードとシリーズのフラッグシップであり高性能モデルであるDB11 AMRが2018年に、マニュアルトランスミッションと機械式LSDと95kgの軽量化を武器に操る楽しさを高めたヴァンテージAMRが2019年に、それぞれ発表されている。
5) ベントレー マリナー
ベントレーには、第1次世界大戦以前から馬車や自動車のボディ製造を行い、ベントレーのボディワークも担い、1959年からベントレーの一部門となった世界最古のコーチビルダー、マリナーがある。
2020年に12台限定で発売されたコンチネンタルGTベースの2シーター、”マリナー・バカラル”のような完全なコーチビルド作の開発、プロダクションモデルの魅力をさらに引き上げる特別仕立てを施したリミテッドエディションの製作、またはスタンダードでは物足りないユーザーのためのオプションの用意などを行っている。
そのラグジュアリーにして洗練されたディテールの数々は、ベントレーを愛するユーザー達の心をたっぷりと満たすもの。マリナーの名前は当然ながら支持が高い。
──と、ざっと駆け足で紹介してきたが、世界の自動車メーカーの中には特殊部隊を備えているところがまだまだある。その辺りははまたあらためて、別の機会に。
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