スタイルは誰のためにある?
以前、ホンダのN360などのデザインを担当した、まさにレジェンド・デザイナーにお話を伺ったことがある。ホンダにデザイナーとして入社したばかりの頃、本田宗一郎氏から「デザイナーが自分のセンスに任せてデザインしたのでは、客が気にいる商品は出来ない。客を知り、客の気持ちを想像しながら、先回りして作る商品があってこそ、初めて客の心が掴めるんだよ。そして俺は客のことを誰よりも知っている」といわれた。大学を出たばかりで意欲に燃え、自分のデザインで勝負してやろう、と意気盛んであっただけに、かなりの衝撃を受けたという。同時にクルマのデザインとはなんたるかを考え直すきっかけになったそうだ。
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カリスマ創業者である本田宗一郎氏によるホンダイズムというものが、もし健在であるなら今回の新型ヴェゼルのデザインはユーザーにとってどういうものだろうか? 試乗を前にして、そんなことを考えていたところにひとつのニュースが飛び込んできた。
「発売後1ヵ月で累計約3万台を受注。月間販売計画の6倍以上となる好調な立ち上がり」というものだ。確かに初期受注としては凄い数字である。購入理由としてあがったのは運転支援システム「ホンダセンシング」の安全性の高さや、低燃費で環境性能の高いことなどである。そしてもう一点、存在感と精悍さを併せ持ったフロントマスクのデザインというアンケート結果だった。ユーザーにとって魅力的なデザインだと判断されての結果ということになる。
さっそく実車に対面する。コマーシャル画像でもかなりインパクトがあるフロントマスクだが、実際に見ると意外なほど都会的でスマートな印象。これまでのホンダデザインにあった直線的なキャラクターラインで構成され、さらに光り物が散りばめられた表情と決別するかのような新鮮さを感じたのだ。どこかほっこりさせるような柔らかさと、ボディ同色のルーバーが演出する近未来的なシャープさが絶妙に溶け合ったフロントマスクには、独特のエレガントさを感じる。
リアスタイルをみる。旧型よりもリアのピラーが前傾することでクーペスタイルがより強くなった。しかし、見どころは天地に薄く、横一直線に走るようにデザインされたリアのコンビネーションランプユニット。最近の流行とはいえ、都会的なホンダ流のデザインはクーペスタイルをよりスタイリッシュに演出していた。結果的に完成したボディは、F1マシンの設計や開発を担当している「HRD Sakura」の風洞実験施設で開発され、SUVとしてはトップクラスの空力性能を得ている。
デザインが多くのストレスを軽減してくれる
そんなデザインコンシャスなヴェゼルを街に連れ出してみる。まだデリバリーが始まったばかりの上に、3万台受注という威力だろうか、注目度は高い。もちろんこの勢いがズッと続くわけではないだろうが、安定した販売台数を維持するとすれば、デザインの鮮度が落ちないことも重要な要素となる。その点はそれほど心配する必要はないと思う。
そんな印象のまま、しばらく走っていると、このデザインのさらなる魅力に気が付いた。車体感覚がとてもつかみやすいのである。フロントスクリーンの視界の良さに加え、ボディサイドのスッキリとした面構成、そしてストンと切り落とされたような前後のボディなど、余計な出っ張りがない。そのため、駐車枠に入れたりするときにも気遣いが必要となる場面が本当に少なくなる。
まだある。ホンダセンシングのテストで乗り入れた高速では、巡航時にはエンジンの出番が多くなるものの、静粛性の高い移動が出来たのである。風切り音は低く、シューといった走行音とともに快適なクルージングが続く。これも空力特性に優れたデザインがあってのこと。
一般道では路面のうねりをソフトに吸収しながらのゆったりとした乗り心地と、そして日常シーンのほとんどをモーターで走行する2モーターハイブリッドシステムのお陰もあるのだろう、キャビンはひとクラス上と言えるほど快適だった。低燃費だけでなく、こうしたシームレスな走りやデザインの仕上がりのよさのお陰で、ストレスは減るものである。
走りを味わったあとに車内のデザインに目をやる。水平基調のインパネはシンプルでゴチャゴチャした感じがほとんどない。おまけにスイッチ類は着座姿勢を崩さず自然に手が届く位置に配置されている。そして乗り込んだときから気になっていたのが、ダイヤル式のスイッチの採用と、そうした操作スイッチに金属のしっとりとした質感を与えたことである。ダイヤルの操作感もソフトで安物感なし。旧型のヴェゼルがタッチ式のスイッチだっただけに、この感覚的な操作ができるダイヤル式になったことはなんとも嬉しい。
エクステリアもインテリアも満足度の高いデザイン。この新型ヴェゼルをもし本田宗一郎氏が見たらなんというだろうか? 今後のホンダデザインの方向性を示すものだともいわれているだけに、ひょっとすると「よくやったな」と評価するかもしれない。
生前の本田宗一郎氏と鈴鹿サーキットで、幸運にも数分間、話す機会を得たことがある。F1のこと、クルマ作りのことなど、なんでもいいから話を聞こうとした。すると
「若い連中はよくやっているし、もう俺が何かを話す必要なんかないぞ」と豪快に笑いながらこちらの質問を遮った。破天荒さや高圧的なことばかりがクローズアップされているが、そのときの本田宗一郎氏は、若き人々へすべてを託した心優しき好々爺だった。
ありきたりとも思える「使う人のためにデザインしろ」のひとこと。“ホンダらしさ”を維持するためには決して忘れてはいけない言葉だろうと思いながら、試乗を終えた。
ボディ同色のルーバーで構成され、近未来感を感じさせる個性的なフロントマスクはリアスタイルとも共通性のあるデザイン。
エアロパーツなど装備することなくシンプルで美しいエクステリアデザインと優れた空力性能の両立。
水平基調でシンプルなインパネ。操作系も手の届く範囲にある。また身体の触れる部位には柔らかな触感のパッドを装備。
静かでシームレスなモーター特有の加速がストレートに味わえる。
ドライバーだけでなく、乗員すべてが快適に移動できるように、ゆとり空間を追求。
ひざ周辺や足元の広さが確保され、快適な居住性を実現している。
温度調節など多くの操作系には操作感のいいダイヤル式を採用。しっとりとした質感は上質で高級感がある。
エアコンの吹き出し口にもダイヤル式。L字型の送風口から、風がフロント席乗員の頬をなでるようにサイドウインドウに沿って後方に流れる「そよ風アウトレット」
スマートフォンでドアロックやエアコンのON・OFFなどの操作を可能にする「Hondaリモート操作」
モーター走行を中心にさまざまなドライブモードを使い分ける独自の2モーターハイブリッドシステム。
リアシートを前方に倒すとフラットで広さもある使いやすい荷室が出現。
スペック
モデル名:e:HEV Z(FF)
価格:2,898,500円(税込み)
ボディサイズ:全長×全幅×全高:4,330×1,790×1,590mm
車重:1,380kg
駆動方式:FF
トランスミッション:AT
エンジン:直列4気筒DOHC 1,496cc
最高出力:72kw(98PS)/5,600~6,400rpm
最大トルク:127Nm(13.0kgm)/4,500~5,000rpm
フロントモーター:
最高出力:96kW(131ps)/4,000~8,000rpm
最大トルク:253Nm(25,8/0~3,500rpm
問い合わせ先:ホンダお客様相談センター 0120-112010
TEXT : 佐藤篤司(AQ編集部)
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで“いかに乗り物のある生活を楽しむか”をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。
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みんなのコメント
パクっといて「新しいクルマのデザイン」ですか笑