ロールス・ロイス「ドーン」は購入できるできないにかかわらず多くの人を魅了する1台だ。おいそれと手に入れられるクルマではないけれど、クルマ好きなら気になる1台である。
2015年に発表されたドーンは、1950年代の「シルバークラウドIIドロップヘッド」、1960年代の「シルバーシャドー コンバーチブル」、1970年代の「コーニッシュ」といった、パーソナル性の強い2ドアの系譜に連なるモデルだ。パーソナルといっても、全長は5295mmもある。
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【主要諸元】全長×全幅×全高:5295×1945×1500mm、ホイールベース3110mm、車両重量2640kg、乗車定員4名、エンジン6592ccV型12気筒DOHCターボ(601ps/5250rpm、840Nm/1650~4750rpm)、トランスミッション8AT、駆動方式RWD、タイヤサイズ255/40R21、価格4570万円(OP含まず)。ブラックのアルミホイールはブラック・バッジ専用。タイヤはコンチネンタル社製。ブラック・バッジのマスコット「スピリット・オブ・エクスタシー」は、ブラックの専用カラーになる。よりパーソナル性が強いモデルを欲しがる顧客への対応と、若々しいイメージをブランドにつけくわえたいと思うマーケティング部門の考えによって、2017年、新たに追加されたのが、試乗車の「ブラック・バッジ」シリーズだ。
ブラック・バッジは、ドーンのほか「ゴースト」、「レイス」、そしてSUVの「カリナン」にも設定されている。
ドーン ブラック・バッジは迫力あるエクステリアが特徴だ。ブラッククロームのパーツを多用し、すごみを増している。「ナイトライフに出かけるのにぴったり」と、ロールス・ロイスがうたうのもよくわかる。
ブラックのマスコット「スピリット・オブ・エクスタシー」、ブラックのパンテオングリル、ブラックのテールフィニッシャー……と、黒づくめで、ソフトトップもシートもブラックになる。
ドアは、もとになるゴーストやレイスとおなじく後ろヒンジタイプ。くわえてインテリアには、オレンジ色のアクセントが配されている。これは夜のとばりが降りる前の、太陽のなごりをイメージしたという。詩的な表現である。
シートには、1930年代、ロールス・ロイスのエンジンを使っていくつもの速度記録を樹立したマルコム・キャンベルが使ったシンボル「インフィニティ」が大きく刺繍されている。ちょっとでもロールス・ロイスの歴史に詳しいひとは、よろこぶはずだ。
上質なレザーとウッドをたっぷり使ったインテリア。ヘッドレストにはロールス・ロイスのロゴ入り。リアシート用のエアコンの風量&温度はフロントとは別に調整出来る。優雅なうえにスポーティ運転すると、「すばらしい」のひとこと。6591ccV型12気筒エンジンは、標準モデルのドーン用では最高出力420kW(570ps)、最大トルク820Nmを発揮するのに対し、ブラック・バッジ用はチューンナップされ、442kW(601ps)と840Nmを発揮する。
最高速度は250km/h(リミッター制御)。搭載するエンジンは6592ccV型12気筒DOHCターボ(601ps/5250rpm、840Nm/1650~4750rpm)。2.5tを超える車重であるものの、アクセルペダルの踏みこみに対する加速は期待以上だ。静止状態から100km/hに達するまでわずか4.9秒というだけのことはある。加速は“鋭い”、というより、“猛烈”と、表現したほうがいいだろうか。ぶ厚いトルクがボディを押しだしていく。
とはいえ、優雅なドーン ブラック・バッジで加速を競うのも、はたから見ていて、いかがなものか? と、私は思う。それに、仮に順法運転に徹したとしても、このクルマならではの、すばらしい操縦性を堪能できる。
静止状態から100km/hまでに要する時間は4.9秒。トランスミッションは8AT。コラムシフト。ドーンに乗ると、クルマにとって大切なのは“気持ちよく動く感覚”であることを再認識する。かつてロールス・ロイスは、自社製品の出力を公表せず、“適切”としていた。まさに“適切”という言葉がぴったりな操縦性だ。
アクセルペダルを強く踏み込まなくてもすっと発進するし、ボディの重さをまったく感じさせず加速し、スピードに乗る。さらに、減速から停止までのあいだのスムーズさにも驚く。
アクセルペダルに載せた足の力をゆるめると、車両は“じわっ”と速度を落としていく。高いギアのまま、あるいはクラッチを切ったまま走るような、いわゆる空走感がない。
ハンドル位置は左右選べる。アルミホイールのセンター部分にあるロールス・ロイスのロゴは、特殊な構造によって、走行中もつねに直立している。加減速時のギア選択は適切そのもの。エンジントルクのコントロールがしっかりと効いていて、どんな場面にあっても、足りないとか、逆に過剰とか思うことはなかった。
パーソナル・カーといっても重量級なので、軽量をむねとするスポーツカーとは当然キャラクターが異なるものの、ドライバーとの一体感は強い。ロールス・ロイスは「ブラック・バッジでは、シフトスケジュールをより緻密に調整した」としているが、その効果が大きいのかもしれない。
メーカー保証は4年間、走行距離無制限。ブレーキは1インチ、標準モデルより径が大きくなっている。もちろん制動力の向上が最大の効果であるが、同時に、制動時の速度コントロール性が上がっているのに注目したい。バランスよく緻密にチューニングされた感覚の走りこそ、ドーン ブラック・バッジの醍醐味だ。
乗り心地のよさは、ボディの重さがポジティブな方向に貢献している。うねりがある路面ではごくゆっくりした上下動しかしないし、路面の凹凸があるところでは、ていねいにショックを吸収する。
振動と騒音のうち消し方はみごと。ロールス・ロイスは自社製品の特徴として、“マジックカーペットライド”、つまり、空飛ぶじゅうたんのような乗り心地をあげるが、そのとおりの出来だ。
標準モデルのプラス600万円細身のグリップ径のステアリング・ホイールを握り、脚をやや前に投げ出すようなポジションでドーンを走らせるときは、インテリアの作りのよさを味わうチャンスである。
メーターはアナログ。インフォメーション用の液晶画面などないシンプルなデザイン。助手席前のダッシュボードに埋め込まれているアナログ クロック。奥行きあるラゲッジ・ルーム。トランクリッドは電動開閉式。リネンを思わせる独特な手触りのレザーを使ったシートは、クッションがたっぷりとしていて、座り心地がたいへんよい。厚みのあるフロアカーペットも、ラグジュアリー性を強く感じさせる。
スウィッチ類は、伝統的なデザインを意識している。プッシュ式、ロータリー式、それに上下に動かすトグル式が組み合わされている。操作感も良好だ。適度なストローク感と重さからくる慣性が意識されている。
いまは珍しくなってきた物理的な針をもった計器板も、コストがたっぷりかけられている印象だ。
ソフトトップの開閉はワンタッチ。電動開閉式のソフトトップを開け、サイドウィンドウも開けたままで走ると、風はそれなりに巻き込む。それが嫌いなひとはサイドウィンドウを上げて走ればいい。でも私は、寒い季節にちょっと厚着をしてでも、全開にしたまま風に吹かれて走るのが好きだ。
ドーンに乗ったら、積極的に外の世界とかかわりを持ちながら、ドライブするほうが、圧倒的に楽しい。
ロールス・ロイスやベントレーがコンバーチブル(英国ではドロップヘッドクーペといったりする)を作っているのは、馬の延長として、屋根をもたないクルマが、スポーツマインデッドなひとたちに愛されてきた伝統を意識しているはずだ。
実際にクーペとコンバーチブルが設定されているばあい、少なくとも欧米では後者が圧倒的によく売れるそうだ。ぜいたくな世界観を背景にもつクルマにはオープンボディがよく似合う。
ドーン ブラックバッジの価格は4570万円。ドーンの標準モデルは3975万円である。600万円ほど価格差はあるものの、特別なクルマのさらに特別なモデルだから、食指を動かすひとは間違いなくいるはずだ。
文・小川フミオ 写真・Eric Micotto
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