2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.20
2018年9月15日(土)、16日(金)に行なわれたスーパーGT第6戦SUGO 300kmレース。野球でいえば完全試合という圧倒的な力の差を見せてSUBARU BRZ GT300は優勝した。今季、マシントラブルが続き、満足できるレースはほぼない。チーム内でもその不満を誰に向けたらいいのか? ストレスは溜まっていた。
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要求性能に応えることが難しい
前戦の富士スピードウェイではマシントラブルによるリタイヤを喫している。電装系のトラブルで、かなり信頼性の高いパーツを使っていたが、ピンの差し込み不良によるトラブルだった。しかしながらマシンそのものの持つスピードは速く、それなりの戦闘力は持っていることをスタッフは感じている。ただ、トラブルが出てしまうというストレスだ。
一方でマシンコンセプトの変更というのも今季の課題としてあった。それはコーナリングマシンだけではなく、ストレートも速くするという、マシンづくりの根本を変えるものだった。そのため、チームは先シーズンオフにボディ形状を変更し、空力性能のアップに取り組んでいた。
また、エンジンにもレギュレーションの範囲内で可能な限りの努力をしているのは言うまでもない。燃焼効率を良くする、レスポンスを上げる、摺動抵抗を減らすといった機械部品に求められる基本性能の見直しも行なってきている。その詳細はこの連載をさかのぼっていただくと、それぞれのレポートに記している。
これらを変更した結果どうなったか? というテストが勝手にできないというのもスーパーGTの難しさでもある。数少ない公式テストと土曜日の朝の公式練習だけで、開発は続けられていた。もっともこれは各チームに共通していることなのだが。
数少ないテストの結果、低ドラッグ、ハイダウンフォースを目指した空力ボディは、ダウンフォースを必要とするコースでは「グリップ感が薄い」とか、「タイヤにかかる荷重が足りない」などの問題が起きていた。ドライバーはマシンに不安を持ち、常に探りながらレースをするという難しい展開になっていたわけだ。
また、ハード部品でもトラブルが頻発し、しかも同じ個所ではなく、毎回違う箇所でトラブルが起きるという厄介な問題となっていた。ただ、エンジニアにしてみると、全く不可解なトラブルということでもなかったようだ。その詳細は明かしてくれないが、想像するに、改良を加えたことによる限界点が下がっているということではないだろうか。言い換えれば、要求性能が上がり、それに応えるための耐久性やキャパシティが不足していたということではないだろうか。
アプローチの変更
第5戦富士のレースのあとタイヤメーカーによる公式テストが実施され、チームはSUGOとオートポリスで公式テストに参加している。しかし、SUGOでは天候不順により1日だけのテストとなり、課題の解消までは至らなかった。そしてオートポリスでも初日にエンジンが壊れるトラブルが起きた。エンジンはこれまで2回壊れていて、今回で3回目だ。しかし、このトラブルにより、耐久の限界が明確になる有意義なトラブルだったと言っていいだろう。
そして空力ボディの変更だ。シーズン当初低ドラッグ、ハイダウンフォースとするためにボディを全面改良ししている。つまり、低ドラッグになりストレートスピードも11km/hほど富士では速くなっている。だが、ダウンフォースの不足も同時に起きている。そのため、チームでは、このボディをベースにハイダウンフォースを得る方法を探ってきたわけだ。
もちろん、シミュレーション技術の発達している今、ある程度ハイレベルの予測ができるわけだが、スーパーGTの難しとして変更できる範囲が決められているということもある。そのため「こうすれば低ドラッグ、ハイダウンフォースになる」と分かっていても、それをやればレギュレーション違反で失格になる。そのため、決められた規則の範囲内で試行錯誤を繰り返してきたわけだ。
富士が終わった時点で、SUGOとオートポリスをシミュレーションし、タイムを計測している。その結果、ドラッグを多少増やしても(悪化しても)ダウンフォースを増やしたほうがラップタイムは速くなるという結果を得ている。また、この結果は経験値とも一致していたのだ。
このため、ハイダウンフォース仕様に仕上げることを優先していくわけだ。ドラッグを減らし、ダウンフォースを増やすというのは二律背反の関係にあることは理解できる。そのため、大排気量のエンジンを搭載し、パワーにモノを言わせればドラッグが増えても戦闘力は落ちない。が、BRZはわずか2.0Lであり、1馬力も無駄にはできない、1馬力でも空気に邪魔されたくないということが背景にあり、開発の難しさがあるということだ。
SUGOに向けて出した結論は、ハイダウンフォースをベースにしつつ、ストレートスピードはそこそこだが、ラップタイムを上げる、レースに勝利できる、という手法を選ぶという、これまでとはアプローチ方法を変更したわけだ。
正解を導き出せたレース
その結果、ドライバーは安心して走れるようなったとコメントし、少しずつ自信を持ち始めたという。トップスピードはシーズン前半より落ちているかもしれないが、十分戦えるレベルのスピードではあり、SUGO、オートポリスともに、トップスピードの重要性よりもコーナリングスピードを重視すべきだという判断で改良したわけだ。
そうしてオートポリスのテストを終え、本番のSUGOに乗り込んできた。土曜日の朝公式練習では、ドライバーも渋谷総監督も今回の変更が功を奏すのか、やってみないとわからないという。ハイダウンフォースにした手法としてはフロントフェンダーとリヤフェンダーの形状変更で、ボディサイド、ボディ下面、ボディ上部を流れる風のコントロール方法を変え、マシンを下に抑えつけるような風の流れをつくった。
序盤から完全試合がスタートする。土曜日、朝の公式練習では山内英輝選手がドライブし、全マシン中トップタイムを記録している。そして午後に行なわれたQ1予選は井口卓人選手がドライブし、予選トップを獲得。今回レギュレーションの変更でGT300クラスはA組B組の2組に分けられ、つまり、狭いSUGOで28台のマシンが走るとクリアラップが取りにくいという問題を解決するため、14台ずつにしたわけだ。
そのA組、B組合わせて井口選手はトップタイムを刻んでいる。そしてノックダウン予選で残った14台でQ2予選が行なわれ、山内英輝選手はコースレコードに0.2秒まで迫るタイムでポールポジションを獲得した。
決勝レースは圧巻だ。ホールショットを決め76周のレースで一度もトップを明け渡すことがなかった。(GT500 は81周)途中、ドライバー交代するタイミングでは2位に14秒の差をつけ、コース復帰した時点でも順位を落とさず首位をキープ。さらに、決勝レースでのファステストラップまでSUBARU BRZ GT300が叩き出している。
まさに完全試合だった。ちなみに、ストレートスピードでは最も速かった10号車より8km/hほど遅い。しかし、全体で見れば平均的な235km/hより2km/h遅い233km/hだったのだ。それでも完勝できるというレースの面白さと難しさを見た気がする。
チームは2016年鈴鹿1000km以来の優勝で、ポールポジションは2014年以来だ。抱えていたこれまでの問題を解決する糸口をつかんだレースになったと思う。つまり、マシン特性はハイダウンフォース仕様で可能な限りドラッグを減らす方向にするが、コース特性に合わせて仕様を決める。そして、得意なコースでは優勝を狙い、苦手コースではポイントを稼ぐ作戦に切り替えていく。
このマシンの仕様とポイントゲットの作戦で、シーズンを通して優勝争いをするというのが今後のSUBARU BRZ GT300の姿ではないだろうか。チームランクは31ポイント差で11位。ドライバーランキングは20ポイント差で7位にいる。残り2レース。次戦のオートポリスはウエイトハンデが半減、最終戦はウエイトハンデがゼロとなるガチ勝負のレース。シリーズ上位に食い込む位置に這い上がってきたとみていいだろう。
<レポート:編集部>
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*取材協力:SUBARU TECNICA INTERNATIONAL
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