この記事をまとめると
■旧車ブームといわれるなかでもいまだホンダ1300にはスポットライトが当たりきっていない
ホンダは「乗る人中心」でクルマを作る! 昔っから貫く「MM思想」が偉大だった
■ホンダ1300にはF1と共同開発されていたというウワサが残っている
■こだわり満載だったホンダ1300であるがメインターゲットのファミリー層には刺さらなかった
エンジン性能が世界からも注目されていた時代のホンダのセダン
旧車ブームの熱はまだまだ継続中のようで、日本各地で開催されるミーティングは盛り上がっているのを肌で感じますし、ハコスカやS30フェアレディZなど、人気車種の市場価格がとんでもない額だという話もいまだに耳にします。
そんな旧車ブームにあって、スポットライトが当たりきっていない車種もまだあるようで、ここで紹介する「ホンダ1300」もそのうちの1台と言えるのではないでしょうか。
しかもこの「ホンダ1300」というクルマは、いま改めて聞くと、信じられないような機構を満載したこだわりの塊のような車種なんです。これはもっと知ってもらわないともったいない! ということで、その「ホンダ1300」の特徴や魅力を紹介していきましょう。
F1と共同開発されていたというウワサのファミリーセダン
なんて、気を惹くために見出しで少々大げさに書いてしまいました……と思われそうな見出しですが、これ、どうやらあながち間違った話でもないようです。
この「ホンダ1300」が開発されていた1960年代後期は、それまでオートバイのレースで世界的な勝利を収めていたホンダが、4輪市場へ介入の先鞭として積極的にF1への参戦をおこなっていた時期でした。参戦開始から数年後にはすでにホンダ製エンジンの評判はかなり高まっていて、実際に明らかにエンジン性能で勝利をもぎ取ったレースも少なくなかったようです。
そんな最中に、ホンダの創始者でありF1プロジェクトの総指揮でもあった本田宗一郎さんの想いにより、独自すぎる発想の空冷3リットルエンジンの開発が始まりました。当時は水冷のV型12気筒エンジンが全盛だったところに、軽量でシンプルな構造に出来る空冷方式のV型8気筒エンジンを投入したのです。
あまりにも宗一郎イズム全開でファンとしては嬉しくなってしまいますが、当時の製作陣の心境は真逆だったようで、今風に言うと「またオヤジの無茶ブリが始まったよー、ムリだって言ったのにやるって聞かないんだよ。帰ってイイ?」という感じだったようです。
この「RA302」というマシン、無茶な開発を経てなんとか参戦までこぎ着けるのですが、パワーはほかと比べて十分に出力を確保していたものの、高出力な空冷エンジンゆえの冷却不足問題に解決の糸口がつかめないままで、たった2戦のみ参戦して幕を下ろすことになります。
そして、このRA302と時期を重ねて開発していたクルマが、今回紹介する「ホンダ1300」です。
360cc時代の軽の分野には市販車を投入していたホンダですが、4輪市場の中心となる小型4ドアセダンの展開ができていなかったということもあり、先に販売して成功を収めているトヨタ・カローラや日産・サニーに対抗し、差別化を図るための独特な設計や装備が目立つ車種として、鳴り物入りのデビューを目論んでいたようです。
こだわりが仇となり販売台数が伸び悩む
最大の特徴である空冷1300ccエンジン
「ホンダ1300」に搭載される「H1300E」エンジンは、市販車でも当時当たり前になっていた水冷方式に反旗を翻すかのように空冷方式を選択し、潤滑方式はいまでも市販車に採用例が数少ないドライサンプ式を採用するなど、ほとんど同じ時期に開発を進めていた「RA302」と関連がないというほうが難しい素性となっています。
なぜ空冷にこだわったのかという点ですが、まず第一に軽量なこと。軽量=運動性能に貢献という信念が本田宗一郎さんのなかに確固としてあったようです。その長所を活かすため、鉄製が主流だったシリンダーブロックをコスト度外視でアルミ製としました。しかし、当初のもくろみとは裏腹に、F1での失敗を活かして冷却方式に工夫を凝らしたりと対策を盛り込むうちに重量がかさんでしまったというのは皮肉な話です。
ただ、出力に関してはさすがホンダと言うべきものでした。当時の1000ccクラスの出力が60馬力程度だったのに比べて、1300ccで100馬力を発生(1キャブ仕様、4キャブ仕様は115馬力)。一世代前の2000ccクラスのパワーを持っていたのです。この点に関しては、オートバイの分野でトップと言われた技術の蓄積がものを言ったのだと思います。
「一体式二重空冷」と呼ばれた独自の冷却方式や、それに付随するヒーター機構なども他に類を見ない構造がカタログの紙面を飾っていましたが、エンジンの搭載位置を下げて運動性能を向上させる目的で採用されたドライサンプ方式(別体式のオイルタンクを持つ潤滑方式)は、いままでの量産車の歴史を通して見ても驚くべき装備だと思います。
こだわり過ぎたセダンを市場はどう受け取ったのか?
さて、いままでのホンダの歴史のなかでも異彩を放つ存在である「ホンダ1300」ですが、4輪市場の反応はどうだったのでしょうか? 3年ちょっとの製造年での販売台数は、クーペなど派生車種を含めて約10万6000台だそうで、価格的にも少し下のクラスになりますが、カローラの77万台と比べると控えめすぎる結果と言えるでしょう。
一方で、運動性能的な見方をしてみると、本田宗一郎さんのこだわりが詰まった車両とは言え、結果的に重量がかさみフロントヘビーになってしまった車体のウエイトバランスによるアンダーステアが強い特性となり、そこにハイパワーなことも加わって、速いけど曲がらないクルマという評判があったようです。
このカテゴリーの主なターゲットであるファミリー層にとっては、クルマ屋のオヤジのこだわりなんてそれほどは響かず、逆にネガな部分が浮き彫りになったことで、販売台数が伸び悩むという結果になってしまったのかもしれません。
苦しくも同時期に開発されていたというF1マシン「RA302」と同じような不遇の道を辿ってしまった「ホンダ1300」ですが、長いホンダの歴史を見てもこれほどの熱を込めて作られた車種はそう多くは無いと思います。まるで亡くなった後に評価を得た画家のゴッホの生涯を見るようで、この紹介文を書く際にはすこし手に力が入ってしまいました。
残存台数はかなり少ないようですが、本田宗一郎の生き様に共感できる人には、外すことのできない車種と言えるのではないでしょうか。
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藤沢さんが「水冷を推す若い子たちの意見も聞こう」と止めなかったら今のホンダは無かった、と宗一郎さん本人が後に語ったエピソードもある。