いつもかたわらにバイクがあった
海辺にほど近い西湘地区にお住まいの伊藤さんご夫妻。インディアンのスーパーチーフとスポーツチーフにふさわしい佇まいのお宅の中は、アメリカンなインテリアで素敵に彩られていました。
【画像】「超カッコイイ!」伊藤夫妻の愛車「インディアン」を画像で見る(17枚)
若い頃から憧れていたインディアンが、新生インディアンとなって日本でも発売されることになり、一気にバイク熱が高まった睦美さん。お子さんが独立し、奥様の由美さんも二輪免許を取得してご夫婦で毎週のようにインディアンでツーリングを楽しんでいたところ、睦美さんの病気が発覚したのだといいます。
現在もガンサバイバーとして治療中の睦美さんですが、ご夫妻にバイクライフの変化はあったのでしょうか。
もともとはライトなバイクユーザーだった睦美さん。空前のバイクブーム世代で、高校時代は「バイクの免許を取らせない・バイクを買わせない・バイクを運転させない」という“3ない運動”真っ只中。校則で免許は取れなかったけれど、神奈川のバイクのメッカ、湘南や伊豆・箱根にほど近い地域のご出身であり、友だちは皆バイクに乗っていて、当然ながらバイクに興味はあったのだそう。
──バイクに乗り始めたのはいつだったんですか?
睦美さん「免許を取ったのは24歳くらいでけっこう遅かったんです。最初に乗ったのは中古のホンダMVX250。次にCBX400F、それからVF400Fに乗って。でも子どもが小さかったんで、しばらくバイクに乗らない期間がありました」
由美さん「子どもが3歳か4歳ぐらいのときに免許を取りに行ってるんで。結婚が早かったんですよね」
──奥様は、旦那様がバイクに乗ることを反対されなかったんですか?
由美さん「実は、もともと実家がバイク一家なんです。父がバイク大好きで、ゴールドウィングを5台乗り継いだほどで。高校3年生のとき、自動車の免許を取りに行きたいって親に言ったら、四輪はダメって言われて。四輪は人を巻き込むけど、二輪は自分だけ転けてればいいから、二輪ならいいって」
今でこそ、親世代がバイク乗りだったり、バイクに理解があったりするのは当たり前になってきましたが、3ない運動全盛の当時は珍しかったはずです。後に夫妻がインディアンにハマる布石となったのではないでしょうか。しかし、由美さんはそのときバイクの免許は取らなかったそう。
睦美さん「しばらくクルマ趣味の方にいって、バイクはずっと乗っていませんでした。息子が高校入ると同時に原チャリ免許を取りたいって言い出して。で、いや原付きはダメ、中型から取りなさいとか言って。今から23年くらい前ですね」
──息子さんの免許やバイクは息子さんご自身で?
由美さん「いえ、じいちゃん。私の父親が出してくれました(笑)」
睦美さん「それで、自分もまたバイクに乗り出して。息子はマグナ250、僕は実家のお父さんが乗ってたビッグスクーターを貸してもらって、フュージョン、マジェスティ、フォルツァといろいろ乗りました。 その後、息子がスティードを自分で買ったんです。で、車検のときバイク屋さんに付いて行ったらスティードのスプリンガーがあったので、それに乗りたくなっちゃって」
──その辺りからだんだんアメリカンの方向に。
睦美さん「それで、お父さんのマジェスティを下取りに出しちゃって(笑)。そのときのスティードはまだ息子が乗ってます」
ここまでは、よくあるリターンライダーと親子の物語だが、睦美さんの人生にインディアンが登場したことで、さらには奥様の由美さんもどっぷりインディアンの深みにはまることとなります。
──インディアンはいつから興味があったんですか?
睦美さん「息子が小学校の時に観に行った映画に出てきたんですよ。ラストのシーンにちょこっと出て来るぐらいなんですけど。たしかチーフだったかな。それが頭に残ってて」
何の映画だったかも思い出せないほどのささいなシーンだったそうですが、銀幕のインディアンの姿は強烈に睦美さんの脳裏に刻み込まれました。
睦美さん「もともとアメリカのネイティブ・アメリカンに興味があったんですよ。歴史から入って、インディアンというバイクメーカーにも興味が出てきて。インディアンの会社の歴史も調べて、勉強して凄い会社だなと思いました。 でもインディアンを目にする機会はないから、オートバイの博物館にインディアンを見に行ったりして。富士宮の“もちや”(※)に2台あったんですよね、スカウトとチーフと」
※「ドライブインもちや」に「二輪車会館」という博物館があった(現在、閉館中)。
──新生インディアンとなる前、インディアンのアパレルなどが日本でも売られていました。
由美さん「結構、買いました。着るものから靴まで、見つけたら全部買うみたいな。今逃したら買えなくなるって思って。今は逆に正規ディーラーで買えるようになるなんて、夢みたいねって言ってます。探さなくても買えるねって」
なるほど、伊藤さんご夫妻のご自宅は素敵なレトロ・アメリカンなインテリアに囲まれ、そこいらじゅうにインディアンのグッズやウエアであふれています。
──そして、ついに新生インディアンのモーターサイクルが日本にも入ることになりました。
睦美さん「インディアンが復活したっていうニュースを見て、モーターサイクルショーを見に行きました。いつか買うぞって思ったけど、どこで買えるかも分からないし。そしたら茅ヶ崎にディーラーができたって聞いて、すぐ見に行って。小田原で試乗会をやるって聞いて、さっそく乗ってきて。またがった瞬間に、これに乗るぞって決めました」
睦美さんのインディアン熱が高まるとともに、由美さんもバイク乗りデビューします。
由美さん「私は54歳で小型二輪の免許を取りました。半年後に中型、1年半後に大型二輪を取りました。その頃はカワサキW650に乗っていたんですけど、インディアンの試乗会で乗ってみたんですよね。大型の免許取ってまだ2、3か月目くらいのとき。 初めてのアメリカンタイプのバイクで、大丈夫なのかしらとか思いながら、一時停止の時に一瞬倒れそうになったのを、バイクが持ち直してくれたんですよ。絶対今、自分のバイクだったら転けてたよって思うぐらい倒れたんだけど、こう、ふっと持ち上がってくれて。で、私にも乗れるかもって思いました」
ディーラーのかたがハンドルやレバーを小柄な由美さんに合わせて位置合わせをしてくれたことで、乗りやすさも加わって由美さんも買い換えを決意。夫妻の元にスカウトボバーとスカウトボバートウェンティが揃いました。
夫婦の新たなるかすがいはインディアン
それからというもの、毎週のようにツーリングを楽しんだという伊藤夫妻。
──憧れのインディアンを手に入れてどんな感想を持たれましたか?
睦美さん「もう楽しいのひと言です。そんなに数多く色んな車種に乗ってきたわけじゃないですけど、全然違いました。乗ってて楽だし安定してくれるし、なんせ楽しい。ボバーだったんで思ったより足を出して乗るんですけど、下手なバイクよりも曲がってくれるし」
──どんなところを走っていますか?
睦美さん「まずは練習って感じで、慣れてもらわないと困るんで、東名の脇を走る山道があるんですけど、そこを走って、相模湖から大垂水に行ったり。20号線をそのまんま勝沼へ。御坂を越えて、あるいは三富の方まで行って」
由美さん「あと富士山。得意なのは富士山一周ですね。朝8時出発とかで、昼過ぎには帰ってきちゃうよね。それを休みの度に。伊豆半島に行ったりもしました」
──ツーリングの楽しみはランチとかですか?
睦美さん「あんまりないね(笑)」
由美さん「それこそコンビニとか(笑)。走ったらもう帰ろうかみたいな。三崎まで行ってマグロ食べないですから。本当に単純に走るのが楽しくて」
そんな風にして毎週ツーリングを楽しみ、インディアンにハマっていったお二人。わずか1年ほどで二人とも買い換えに至ります。
睦美さん「先に奥さんがスカウトトウェンティからスーパーチーフに乗り換えたんですけど。箱根の試乗会があった時に、大きい方にまたがって、乗ってみたらめちゃくちゃ楽しくて」
由美さん「全然違う! 楽! ってインカムでしゃべりながら試乗したんですけど、あっと言う間にもう終わっちゃうのとか文句言ったり。そのくらい楽しくて。 その後、茅ヶ崎のディーラーさんに行ったら、ちょうど赤いスーパーチーフがたまたま入庫してて。もう無理。我慢できない(笑)」
睦美さんは睦美さんで、ローンや保険代など頭でシミュレーションし、由美さんの買い換えを後押ししたといいます。
睦美さん「東京モーターサイクルショーを見に行って、スポーツチーフにひとめぼれして、次の日にはもうディーラーで注文(笑)」
「乗るために治す」余命4日からのリハビリと復活
子育てが終わり、新たなるかすがいとなったインディアンライフを楽しんでいた伊藤夫妻に訪れた突然の睦美さんへの余命宣告。バイク仲間やリハビリの先生、そして何より奥様の自然なバックアップで治療を続け、引き続きバイクライフを楽しんでらっしゃいます。
──病気が発覚したのっていつなんですか
睦美さん「スーパーチーフの納車まで4か月待ったかな。去年の7月で、インディアン・ライダーズデイがあった10月ごろにわかりました」
由美さん「何せ、そのイベントに行きたくて我慢してたらしいんです。ご飯が食べれなくなってたのを、のちに聞いて」
睦美さん「だるさがあったんですね。喉もちょっと違和感があって。下っ腹が出てきて、なんか妊婦さんみたいな感じ。で、病院行ったら血液のがんって言われて。最初、町医者に行って、小田原市の病院ですぐ大きい病院を紹介されて、東海大学病院か横浜のがんセンターかどっちかに行ってくださいって。「じゃあガンじゃん!」って、病名聞く前にわかっちゃった。病院に行ったときには即入院ってなりました。帰ったら死んじゃうよって。脾臓が腫れてて、いつ破裂してもおかしくない。余命4日ですって」
とはいえ、睦美さんはバイクへの情熱は冷めませんでした。
睦美さん「新しいバイクを買ってまだ3~4ヶ月だったんで、俺まだこのバイクに乗ってないよ! って。余命何日って言われて、俺、絶対復活してやる、復活するぞっていう思いで。入院中は体力を付けるために、点滴を持って廊下を行ったり来たり行ったり来たりしました。13日間入院してから抗癌剤治療をして、5月に完全寛解になりました。
家に戻ってきてからも、体力を戻したくて必死こいてオートバイを押したり引いたり。腹筋したり運動を軽くしたり、ウォーキングしたりして。自分の体力が落ちてるなって分かってたんで、まずはバイクを引き起こせるかどうかってのがあった。で、意外と乗れたんですね。やっぱインディアンは重心が低いから、あ、これいけるなって」
由美さん「寛解する前にインディアンの仲間が久々にツーリングに行こうかって誘ってくれて。富士山の方に行って。一周までは行かないけど、これならいけるねーって。三浦半島一周したり」
睦美さん「半年ぐらい乗らなかったけど、乗ってみたら逆に俺うまくなったんじゃ? って思いました。今までは慣れとか癖みたいなのがあったのかも。基本に戻ったんだって思いました。正直、バイクがなかったらここまで元気になってなかったんじゃないかな。ほんとバイクに乗りたさ一心だけだったんで」
一時は完治したかに思われた睦美さん。しかし、再び試練の時が訪れます。
睦美さん「今年に入って再発と言われました。で、治療のため造血幹細胞移植をするんですけど、コーディネーターさんがハーレー乗りなんです。その方が「感染症だけは気をつけて、バイクに乗るために治しましょう」って。
病棟が12階だったんで、国道246号線が見えるラウンジからバイクが走ってるの見て、いいな、いいなって思いながら眺めてました。そしたら(奥さんが)一回バイクで来てね(笑)」
由美さん「バイクを家に置きっ放しで、でも、一人で移動させるのは不安だったんで、近くのバイク仲間に手伝ってもらったんですよ。ついでに病院に荷物を持って行かなきゃいけなくて、じゃあこのままバイクで行っちゃおうかって」
睦美さん「上からなんか見たことあるバイクが来たなって思って、チキショー!ですよね(笑)」
由美さん「見せつけるためにバイクで行ったわけではないけど、ある意味、それも良かったのかな。俺のバイクに乗りやがって、みたいな刺激させることが良かったかも」
睦美さん「うらやましいんだけど」って言って(笑)」由美さん「乗りたきゃ早く退院しなって(笑)」睦美さん「そん時は、嫌味かコイツって思いました(笑)」
今となっては、笑顔あふれる和やかなおしゃべりを繰り広げるお二人ですが、ほんの1年ちょっとのうちに起こった数々の出来事は忸怩たる想いがあったかと想像します。
由美さん「入院中にはインディアンの輸入元のスタッフや丁度来日していたインディアンのチーフデザイナーのオラ・ステネガルド氏から送られた全快を祈る寄せ書きが手元に来たんです。とても嬉しかった。
そのうえ、なんと今年7月のNew Scout新車発表会に参加した際にオラ氏出会えて、涙ながらに抱き合って彼に感謝の言葉を伝えることができたんです。」
こんな体験もバイクに乗っていてこそ、病気との闘いの励みになっているとご夫婦は話してくれました。
──今後の治療のあと、バイクでのご予定や夢などありますか?
睦美さん「群馬経由で日光、南会津。あとは渡良瀬渓谷とか。あとは白馬、長野です。一度、バイクで行く予定で計画してたんですが、出発直前に土砂降りになっちゃってクルマで行ったんです」
由美さん「まだインディアンで遠出っていう遠出はしてないんですよね」
──もしご自身がバイクに乗っていなかったとしら今ごろどうされてたんでしょう。
睦美さん「想像つかないですね。うーん、どうしてたんだろ」
由美さん「最初の入院でバイクのことは一回、私の頭からは消えちゃったんです。でも、本人は「バイクに乗りたいから頑張るんだ」って言ってるから」
大げさでなく、確実に伊藤夫妻にとってのインディアンライフはお二人のかすがいとなり、生きる目標となっています。
由美さん「来年も行くんだもんね。インディアン・ライダーズデイね」
睦美さん「真夏だけどな(笑)」
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