GRヤリスの第2の故郷、フィンランド
フィンランドといえば、ムーミン? そうともいえるが、ラリーの本場だ。
【画像】ラリー2の戦闘力を高める「エボ」 トヨタGRヤリス GRを名乗る特別なトヨタたち 全112枚
ヘルシンキから約250km北上したユヴァスキュラの郊外、キエヴァリ・ランタピルッティは、「カッレ・ロバンペラの家」とも呼ばれる。ラリードライバーの彼は、この土地のグラベルやアイスバーンで才能を磨き上げてきたからだ。
今日は筆者が、凍った湖に立っている。トヨタGRヤリスの進化を試すため。滑りやすい路面は、ホットハッチを振り回すのに最適。アップデート前でも、GRヤリスのシャシーは秀抜だ。
助手席のセドリック・ライナーズ氏が、声を上げる。「ターン!」「ブレーキ!」「パワー!モア・パワー!」。熱狂的に叫ぶフィンランド生まれの彼は、英国育ちの筆者に、北欧風のドライビングスキルを叩き込む。
コーナーが迫ったらブレーキ。ステアリングホイールを一気に回し、アクセルペダルを蹴飛ばす。その角度で、ドリフトアングルを調整する。
セドリックは、ラリー用部品のサプライヤーとドライビング・スクールを経営する、エスコ・ライナーズ氏の息子。10歳の時に初めて運転したクルマは、グループN仕様のスバル・インプレッサだったとか。
ラリーに対する情熱や運転スキルを、幼い頃から学んだといっていい。ヘンリ・トイヴォネン氏やトミ・マキネン氏など、多くのトップドライバーがこの土地から誕生する背景も表している。
そしてユヴァスキュラには、2017年以来、トヨタの世界ラリー選手権(WRC)チームの本拠地がある。GRヤリスの、第2の故郷といえる。
ラリーで得たものを、ロードカーへ実装する
マキネンと初めて対面したトヨタの前社長、豊田章男氏は、ラリーの話題で意気投合。トップカテゴリーで勝てるマシンを開発しようと考えた時、真っ先に電話をかけた相手も彼だった。
マキネンは、ドライバーとして一線を退いていたが、ラリーチームを運営していた。そこで彼は、グループN仕様のインプレッサ用ランニングギアを、トヨタGT86のシャシーへドッキング。同社の経営陣の期待へ応えた。
2014年のラリー・フィンランドでは、マキネンがドライブ。豊田章男氏が同乗し、デビューを飾った。2017年に復帰を果たしたトヨタのWRCチームも、彼がマネージメントしていたが、2020年に本腰を入れたトヨタが買収している。
初期のヤリス WRCは通常の5ドア・ハッチバックがベースで、高性能ながら、妥協も少なくなかった。そこで誕生したのが、GRヤリス。3ドアのボディシェルは、2021年仕様マシンのために生まれたといっていい。
従来的なホモロゲーション・マシンと異なり、GRヤリスは優れたロードカーとして開発されていたが、プロトタイプはフィンランドのユヴァスキュラへ輸送。一線のWRCドライバーによって、セットアップが詰められた。
「ラリーで得たものを、ロードカーへ実装することが重要。マーケティングではなく、WRCで学び取ったものを、GRヤリスへ落とし込みたいと考えています」。2020年に、トップドライバーからチーム監督へ就任した、ヤリ=マティ・ラトバラ氏が話す。
ラリー2カテゴリーの戦闘力を高める進化
トヨタのガズーレーシングには、現場で戦い鍛え上げるという理念がある。GRヤリスのプロトタイプが届いた時、ラトバラには壊れるまで走るよう伝えられたとか。
「限界までプッシュしました。ここから遠くないグラベルを全開で飛ばしていた時に、大きくジャンプ。リアアクスルを曲げてしまいましたが、彼らは、それを見て喜んでいましたよ」
フェイスリフトを受けたGRヤリス「エボ」には、多くのアップデートが施された。サスペンションだけでなく、新たに得た3ピース構造のバンパーや堅牢なピストンなどは、これまでしっかり壊されてきた証拠といえる。
WRCマシンの経験から、直接取り入れられたものもある。「ラリーカーでは、シートポジションはできるだけ低い方が良い。なので、ロードカーも低くしました」。ラトバラが続ける。
「ドライブモードも、マッピングを変えています。グラベルモードでは、もっとフロントアクスルの引きが欲しいと感じたんです」
GRヤリス「エボ」のドライブモードは、ノーマルとグラベル、トラック(サーキット)の3つ。前後のトルクバランスは、順に60:40と、53:47、60:40~30:70の可変という設定になった。
現在のWRCには、特注シャシーも許容されるラリー1と、市販車ベースのラリー2というカテゴリーに別れている。後者には車両価格にも上限が設定され、ロードカーのGRヤリスの進化は、その戦闘力を高めるうえで重要となる。
どんな状況でも最適なギアを選ぶ8速AT
ラリー2マシン用のボディシェルは、強化される前に、通常の生産ラインから抜き取られる。1.6L 3気筒ターボエンジンも、ロードカーのものがベース。参戦チームからの人気は高く、既に50台が売れており、今注文しても届けられるのは2025年だとか。
さて、セドリックから熱い指導を受けた筆者は、従来のGRヤリスから新しい「エボ」へ乗り換える。パワーとトルクが増え、ドライビングポジションが改善したことを、彼が強調する。どんな状況でも最適なギアを選ぶ、8速ATの仕上がりも称賛する。
まだ量産仕様ではなかったが、発進してすぐ、セドリックが褒める理由がわかった。トルクが増えたことで、明らかにGRヤリスは速い。ステアリングの反応は、より鋭敏でダイレクト。ドライビングポジションも自然。テールスライドを、快適にこなせる。
8速ATは感動モノ。激しい加速時にはしっかりギアが保持され、パワーを路面へ展開。望まないタイミングでは、一切変速しない。ギアの選択に追われることなく、フィンランド人のように、凍った湖の上でも思い切り駆け回れる。
とはいえ、筆者はプロの足元にも及ばない。ラトバラのドライブで、テストコースを1周してもらった。まるで身体の延長のようにGRヤリスを扱い、ステアリングホイールと3枚のペダルを自在に操る。さも当然のように。
GRヤリスは、こんな環境で鍛えられた。秀でた能力を宿していても、不思議ではない。
トヨタGRヤリス(欧州仕様)のスペック
英国価格:3万5000ポンド(約662万円/予想)
全長:3995mm
全幅:1805mm
全高:1455mm
最高速度:233km/h(予想)
0-100km/h加速:5.1秒(予想)
燃費:13.8km/L(予想)
CO2排出量:185g/km(予想)
車両重量:1280kg
パワートレイン:直列3気筒1618cc ターボチャージャー
使用燃料:ガソリン
最高出力:280ps/6500rpm
最大トルク:39.7kg-m/3250rpm
ギアボックス:8速オートマティック(四輪駆動)
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