理論に基づく最速セッティングの方程式
最高出力=1,000psを優に超える4.3LのVR38DETTを搭載し、三重県の鈴鹿サーキットで「2分4秒649」というR35日産GT-Rのチューニングカーレコードタイムを樹立(’20年当時)。「やるからにはトップを獲る」がモットーの『ウエストスポーツ』は第2世代GT-R(R32/R33/R34型)はもちろん、現行モデルのR35GT-Rも積極的に手掛けている。前編のRB26DETT編に続き、後編では同店が考えるR35チューニングの究極像に迫る。
プロショップが考える理想のGT-R像とは? RB26&VR38チューニングの秘策を公開!(前編)
(初出:GT-R Magazine 155号)
メインコンピュータのセッティングで純正の上を行く制御を実践
前編では第2世代GT-Rの「RB26DETT」について話をうかがったが、今回は『ウエストスポーツ』の亀谷治夫代表が考える、R35GT-Rの「VR38DETT」メイクを掘り下げてみたい。広島県福山市に店舗を構える同店は、ストリートからサーキットまで幅広いジャンルのチューニングを手掛けている。前編でも紹介した通り、もともとゼロヨンや0-300km/hを得意としており、とくにハードなエンジンチューンには古くから定評がある老舗ショップだ。R35のチューニングに関しては、どちらかというと慎重なアプローチからスタートしている。
「2008年5月に1台目のデモカーを導入しました。GT-Rを手掛けるショップとしては、R35は当然やらなければいけないクルマです。第一印象として、第2世代GT-Rと比べて高速スタビリティが相当高く、異次元のクルマだと感じました」と語る亀谷代表。
最初のステップとして、得意分野であるECU(エンジンのメインコンピュータ)の解析から着手。そこで制御系の進化に驚いたという。
「とにかく純正のECUはよくできており、全域でノックコントロールをフィードバックしていることに感心しました。ちょっとやそっとでは壊れない制御になっていたのです。リミッターの解除とブーストアップから始めましたが、そのノックスタビリティコントロールのせいで、ブーストを上げてもなかなか速くならないのがネックでした」と亀谷代表。
実測1100psオーバーのデモカーで最速記録を叩き出す
しかし、’10年あたりからコンピュータのセッティングツール『EcuTek(エクテク)』を使い始めたことで、R35のECUチューンが激変したという。
「ノーマルのECU制御は賢いのですが、エンジンのノックセンサーが感知する振動をすべてノッキングと判断してしまうのが残念な点です。メーカーとして安全マージンを考えた設定だとは思いますが、すぐに点火時期がリタード(遅角)してしまいパワーをロスしてしまうのです。EcuTekの美点は、燃焼室内で実際にノッキングが起きた際の特定の周波数だけを拾うことができるため、無駄なリタードをなくすことが可能となり、しっかりとパワーを出すことができるようになります」
現在2台目となるR35のデモカーはMY12(2012年モデル)のピュアエディションだ。ブーストアップ仕様から純正交換タイプのタービン交換仕様を経て、現在はHKSの4.3LキットにGT1000プラスタービンをセット。実測で1121.6ps/142.2kg-mを叩き出している。
ウエストスポーツも加盟している「CLUB RH9」が主催する鈴鹿サーキットの走行会において、加盟各店のR35デモカーによるタイムアタックが始まったのが’16年。ウエストスポーツは鈴鹿初走行ながら初年度に2分8秒879のR35最速タイムをマークする。’18年には2分8秒775とレコードを更新し、’19年にはR35としては驚愕の「2分4秒649」までタイムを削り取っている。亀谷代表いわく、
「デモカーのエンジンは基本的に市販品のみで構成し、サーキットのタイムアタック専用車のような過激なエアロも装着していません」
なのになぜ、猛者揃いのRH9でトップタイムを奪取し続けることができるのだろうか?
パワーだけではなくレスポンスが速さを生み出す
ウエストスポーツのR35で独特なのが、インジェクター(燃料噴射装置)のチョイスである。R35純正のメインインジェクター(570cc)はそのままに、さらに純正インジェクターを6本追加。計12本で燃料噴射をコントロールしている。今ではポピュラーになりつつある手法ではあるが、’16年当時は1,000cc以上の大容量インジェクターを6本使うのがメジャーだった。かつて亀谷代表はRB26でも同様に12本インジェクター仕様を手掛けた経験がある。
「初めて鈴鹿を走らせた’16年にはすでに12本インジェクター仕様になっていました。1,000ps超の出力ではかなり大容量のインジェクターを用いる必要がありますが、それではエンジンのレスポンスに満足できませんでした。純正インジェクターの容量では600psプラスα程度までしか賄えません。しかし、あと6本追加することで、1,000ps以上のパワーにも対応させることが可能です」とのこと。
しかし当然、ただ追加すればいいというものではない。
「肝になるのは追加インジェクターが噴射し始める“繋がり”の領域です。これに関してはちょっとしたコツがあり、6本から12本に切り替えるときのタイミングを適正化しつつショックを出さないことが肝になります。アクセルコントロールの良さもタイムアップに繋がると考えています」と亀谷代表は説明する。
常に全開加速でタイムを競うゼロヨンなどとは異なり、サーキットではコーナリング中や立ち上がりなどで繊細なアクセルコントロールが要求される。そこで加速に段付きが出たり、レスポンスが悪ければ好タイムは望めない。ウエストスポーツでは一貫してドライバーに山田英二氏を起用している。その理由は、
「山田さんは速いのは当然、どんな状況でも器用に乗りこなしてくれるドライバーです。付き合いも長いですし、信頼が置ける存在ですね」
純正交換タイプのオリジナルタービンも乗りやすくて速い!
鈴鹿最速デモカーのイメージが強いが、同店を訪れるR35ユーザーカーはどのような傾向かというと、
「ブーストアップなどのライトチューンが多いですが、オリジナルで出している純正交換タイプのタービンはバランスもよくて面白いですよ」
純正と同じIHI製の「VN7.5ハイスペックタービン」は、エンジン本体ノーマルのままでも700ps強が手に入るアクチュエータ式のターボキット。ここで紹介しているMY11(2011年モデル)のユーザーカーは、VN7.5タービンのほか、HKSの鍛造ピストン&コンロッド、JUNオートの272度カムなどを奢ることで、最大ブースト1.5kg/cm2時に820ps/100kg-mを発生させるという。
「ブレードとハウジングのチップクリアランスを純正よりも詰めているので、高回転域だけではなく低速域もノーマルより乗りやすくなります。ピストンとコンロッドを強化すればさらにブーストを掛けることができるようになるので、800ps以上まで持っていくことも可能です」
デモカーでは究極のパワーと速さを追求しつつ、ライトチューンからタービン交換まで幅広い仕様を煮詰めながら、今も探求を怠らない。第2世代(R32/R33/R34)のRB26DETT同様、R35のVR38DETTに関しても亀谷代表の繊細な調律が最速タイムを生み出していると言えるだろう。
(この記事は2020年10月1日発売のGT-R Magazine 155号に掲載した記事を元に再編集しています)
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