トヨタ「センチュリー」は稀なクルマである。ここまで“黒”にこだわるメーカーは、私は寡聞にして知らない。先日、センチュリーを組み立てるトヨタ自動車東日本の東富士工場を訪問したとき、こだわりの数々を知って、心底、感心した。
「日本の心を象(かたど)ったショーファーカーの最高峰」というのが、センチュリーを定義する言葉だ。2017年に販売された現行センチュリー(3代目)は、全長5335mmの堂々としたサイズである。
【新春企画】鈴木正文がセンチュリーに乗る、センチュリーを語る
“ショーファー・カー”を標榜しているだけあって、3090mmのホイールベースを有効に使い、室内、それもリアシートは相当広い。くわえて、「瑞響(ずいきょう)」と名付けられたウールファブリック張りのシートは、優れた座り心地である。今回のセンチュリーは操縦性も向上したが、あくまでリアシートの快適性を優先してつくられている印象だ。
熟練工が直接、手で触って、建て付けの精度を確認するインテリアとともに、ボディのクオリティの高い仕上げも自慢という。
なかでも特筆すべきは、黒色の仕上げだ。「神威(かむい)」と名付けられたセンチュリー専用色は、下地、塗り、仕上げを熟練した職人が仕上げている。その、輝きは“伝統工芸品”のようだ。ロールス・ロイスがサーフェスフィニッシング(ボディ面仕上げ)をセリングポイントにしているのと似ている。
ただし、ロールス・ロイスは約4万4000色にも達すると言われる塗色のバリエーションを自慢するのに対し、センチュリーのこだわりはあくまで“黒”である。ちなみに、センチュリーの塗色バリエーションはロールス・ロイスの1万1000分の1、つまり4色しかないのも興味深い。
また、クルマから降りたあと、リア・クオーターピラーを鏡がわりに使えるようにしているのが面白い。黒の反射を利用し、スーツの襟元を直せるように、面に歪みが出ない仕上げを心がけているという。
作業に従事するのは「一線級を超えた技能の持ち主」と説明されたクラフツマンたちである。「匠(たくみ)」と呼ばれるそうだ。工場で約20年間経験を積んだひとのなかから選抜され、「工房」(今回見学させてもらったライン)に配置される。
匠たちは、眼や耳、手の感覚、そして勘がいい。たとえばパネルを手で叩いてゆがみを修正する作業では、つねに耳を澄ませている。音の変化で作業の進行具合がわかるという。
パネルの塗装では、プレス工場から届いたパネルの面をまず叩いて修正する。それから下地づくりのために磨き、そして塗装する。塗料を吹き付けては水研ぎし、7層の塗膜をつくるそうだ。仕上がりは、トヨタが決めた「肌ランク」なる基準で、最高の「5」をマークしている。
これまでのセンチュリーにおける黒の塗装は5層だったが、新型は7層になっている。層を厚く(厚塗りではない)することで、塗装の「艶(つや)感」が増すという。
美しい仕上がりは塗装だけではない。たとえば、ボディの建て付けもとても重要だ。ドアとフロントフェンダーのあいだのすきまは、センチュリーでは3.4mmしかない。「これ以上細くしたらドアが開かなくなります」(組立ショップの担当者)というほどで、たしかに、すきまというより線に近い印象だ。
そこを前後方向にまっすぐ、そしてきれいにキャラクターラインが通る。光を当ててみても、線がよれることなく、ひたすら美しく映るのには驚く。
ロールス・ロイスをもういちど例にひくと、「コーチライン」という細い線を手書きでボディに入れる作業があるが、それを思い出した。コーチラインを詳しく述べると、熟練工が、雄牛とリスの毛で作った専用のブラシを使い、前後5メートルの細い線を1台につき3時間かけて描くのである。
ロールス ・ロイスの製造工程を思い出す日本車は、もしかするとトヨタ センチュリーぐらいかもしれない。「私たちはこのクルマに乗っていただきたいという究極の1台を仕上げているつもりです」と、工場のひとが胸を張って言っていたのが印象に残った。
センチュリーは、日本の匠(たくみ)が作る最高峰国産車であるのだ。
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