第43回バンコク国際モーターショー2022で展示されたトヨタbz4x EVのコンセプトモデル
世界で電気自動車(EV)シフトが鮮明となっている。2022年には世界のEV販売シェアが10%を超え、その勢いは増すばかり。EV専業のテスラや中国BYDだけでなく、欧米の主要メーカーはこぞって新型EVを市場に投入し、業界ではさながらEVフィーバーの様相を呈している。
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そんな宴の輪から微妙な距離をとっているように見えるのが、世界最大の自動車メーカーのトヨタだ。EVの普及によりこれまでの「業界秩序」や「ビジネスモデル」が通用しなくなる、まさに「戦国時代」を迎えつつある自動車業界だが、EVシフトの加速を目前にトヨタは「どうする」のだろうか。
そこで三井住友DSアセットマネジメントはこのほど、「『どうするトヨタ』EVシフトの加速で「戦国時代」を迎える自動車業界」と題したマーケットレポートを公開した。概要は以下のとおり。
加速する自動車業界のEVシフト、急拡大の臨界点へ
自動車業界のEVシフトが鮮明だ。2022年の世界販売台数は780万台に達し、シェアは10%を超えたと報じられている。国際エネルギー機関(IEA)はEVの年間販売台数が2030年に19.2百万台、2040年には27.9百万台に達すると予測している。
また、パリ協定で定められた温暖化目標を考慮した「持続可能な開発シナリオ(Sustainable Development Scenario)」を達成するためには、2040年までに72.5百万台がEVに移行する必要があるとしており、世界的なEVシフトのシナリオは更に加速する可能性がありそうだ。
マーケティングの理論では、市場シェアが10%以下では新しいモノ好きの限られた市場に過ぎないものの、16%を超えると普及が爆発的に加速する「クリティカルマスの法則」が知られている。
現在、EVの販売は世界で10%を超えるとともに、中国など一部地域では「シェア16%」を超えてきたことから、EVシフトは近い将来臨界点に達することで、普及が急加速することになりそうだ。
こうした事態を受け、欧米の主要メーカーはアクセル全開でEVシフトを進めている。EV専業のテスラは2022年に前年比47%増の136.9万台のEVを生産し、メルセデスベンツはEV向けに新しく開発したプラットフォーム(フレーム、エンジン、トランスミッション、サスペンションなどの車の基本構造)を活用した高級セダンEQSを市場に初めて投入した。また、ゼネラルモータース(GM)も2025年までに年間100万台のEVを生産すると発表した。
一方、生産台数世界首位の自動車メーカーであるトヨタは2022年に新型EVのbZ4Xを発売したが、発売直後に大規模リコールが発生するなど、ほろ苦いスタートとなった。
「どうするトヨタ」 胸突き八丁のEV戦略
トヨタは「EVも本気、ハイブリッド(HEV)、プラグインハイブリッド(PHEV)、燃料電池(FCEV)も本気」として、多彩なパワートレイン(エネルギーを車輪に伝える動力機構)を揃える「全方位戦略」を表明してきた。
その背景には、HEVに充電器を付ければPHEVに、水素タンクと燃料電池を付ければFCEVに、エンジンを外せばEVになるといった、技術的な重複の多さが挙げられる。
このため、トヨタはEV用バッテリーの製造や、同モーター・インバーター・バッテリーの制御などで高い技術力を有している。また、他社に先駆けてレアメタル鉱山の開発に着手し、EV用バッテリーの主原料であるリチウムについて世界の埋蔵量の10%を押さえているとされている。
EVに関する要素技術で世界トップクラスのトヨタが「全方位戦略」にこだわる背景には、EVビジネスの採算性の問題がありそうだ。EVのコスト構造を見ると、その約3割を高価なバッテリーが占めていたため、EV世界最大手のテスラでもきちんと利益が出るようになったのは、販売台数が90万台を超えた2021年からだった。
さらに、日本ではEV1台あたり最大85万円、米国では最大7,500ドル(1ドル130円換算で97.5万円)、ドイツでは最大4,500ユーロ(1ユーロ140円換算で63万円)の補助金が出ているが、こうした補助金が出ていても利幅確保が難しいのがEVの現状だ。
EVシフトをはやす一部の評論家からはあまり評判の良くないトヨタの「全方位戦略」だが、誤解されている点もあるようだ。というのも、豊田社長は「全方位戦略」について、「未来を予測することよりも、変化にすぐ対応できることが大切」としており、「EVシフトなど世界の変化を傍観しない」と明確なメッセージを発信してきたからだ。
その言葉通り、トヨタのEV戦略は変化に対して驚くほど柔軟で現実的だ。トヨタは欧州での環境規制強化の発表を受け、2021年9月にEV向けバッテリーに1兆5千億円を投じると発表した。
しかし、同年のEV世界販売台数がHEVを上回ることやテスラの収益性改善が確実になると、わずか3カ月後の同年12月にはバッテリー関連投資を2兆円に引き上げ、EV関連全体では計4兆円を投じ、2030年までにEV年間生産台数を200万台から350万台へ引き上げるとともに、レクサスを全てEV化とすると発表して業界関係者を驚かせた。
そして、ここへきて米国も巻き込んだ世界的なEVシフトの加速やEV専業メーカーの一層の収益性改善を見て、更にコスト競争力の高いEV専用プラットフォームの開発に舵を切るとともに、レクサスのEV化を推進してきたエンジニア出身で53歳の佐藤執行役員を新社長に抜擢すると発表した。
こうしたトヨタの一連の対応は、まさに「未来は予測できないので変化に対応する」という言葉そのもので、日本の大企業としては珍しい、メンツやしがらみにとらわれない現実主義そのものといえそうだ。
かつてトヨタが世界初の量産型HEVのプリウスを発売した当初は「売れば売るほど赤字」といわれていた。しかし、歯を食いしばってビジネスを続けることで巨大市場を作り、その圧倒的な技術力とコスト競争力で「HEVといえばトヨタ」と言われるまでになった。HEVがそうであったように、EVについても「しんどい戦いに挑む」とトヨタも腹をくくったといえそうだ。
EVシフトの死角
普及加速の臨界点に差し掛かった自動車業界のEVシフトだが、今後の道のりは平たんとは言い難い状況にある。EVシフトが超えなくてはならないハードルや、トヨタが「全方位戦略」を続ける背景について考えてみよう。
■EVシフトのハードル その1 「電気が足りない」
EVシフトの最大のハードルは世界的な電力不足だ。世界では現在、インフラ不足などで10億人以上が十分に電気を使えない状況にあるといわれているが、電力不足は新興国だけでなく先進国でも広く見られるようになってきた。
日本では昨年の夏、猛暑で電力供給が綱渡りの状況になり、広く節電が呼び掛けられた。ドイツでは冬の電力不足から、昨年に完了予定だった「脱原発」が先送りされた。イギリスでは欧州大陸からの送電が不十分な場合、大規模な停電の可能性があるとされている。また、周辺国が頼みにするフランスの原発も、施設の老朽化や水不足から不調が報じられている。更に中国でも、昨年は各地で深刻な電力不足が多発した。
こうした電力不足は、既にEVユーザーを直撃し始めている。昨年の夏、熱波による電力不足に見舞われた米カリフォルニアでは州政府が「EVの充電制限」を発動した。スイスでは電力不足が深刻化した場合、必要不可欠な場合を除きEVの利用が制限されることになった。また、昨年、河川の渇水により水力発電の不調に見舞われた中国の四川省成都市や重慶市では、テスラの充電施設がサービス停止に追い込まれた。
日本国内にある自動車約6,200万台すべてをEVに置き換えた場合、ピーク時発電能力が10~15%不足するため、原発で10基、火力発電なら20基の新設が必要だとされている。
現在世界には約15億台の自動車が走っているが、仮にその3割がEVに置き換わった場合、単純計算で原発80基、火力発電なら160基が必要になる。原発の開発には20年、火力発電は10年ほどかかるとされているため、EVシフトで急増する電力需要を賄うのは並大抵ではなさそうだ。
電力不足の解消のため、開発期間の短い再生可能エネルギーに期待する向きもあるが、あまり現実的ではなさそうだ。というのも、冬の電力需給がひっ迫するのは照明・暖房需要が急増する夕方5時から夜8時の時間帯となるため、太陽光は発電できない。
また、夕方から夜にかけては「夕凪ぎ」の時間帯とも重なるため、風力発電の風車もほとんど回らないからだ。環境対策としての再エネシフトが、環境にやさしいはずのEVシフトに待ったをかけかねない、皮肉な状況になっている。
■EVシフトのハードル その2 「リチウムが足りない」
EVシフトによる車載バッテリーの生産拡大から、原料となる希少金属のリチウムの品薄感が強まっている。リチウムは2年ほど前までトン当たり120ドルほどで取引されていたが、現在は同1,100ドルを大きく上回り、その鉱石が白い結晶であることから「白いダイヤ」とも呼ばれている。
そもそもリチウム自体は、世界各地で豊富な埋蔵量が確認されているが、昨今の需要急増で生産が追い付かない状況が続いている。こうした価格高騰を背景に、世界各地でリチウム採掘の新規プロジェクトが続々と立ち上がっているが、新規開発や増産は生態系の破壊など周囲環境への深刻な影響が指摘されており、需給ひっ迫の解消には相当な時間がかかるとされている。
また、リチウム以外にも、供給懸念が指摘されているのがコバルトだ。コバルトは現在のペースで生産が続くと今後50年ほどで枯渇するとされている希少金属だが、発がん性など毒性が強いため採掘が難しく、更に埋蔵量の多くが紛争地域のコンゴ共和国に偏在しているため、増産は難しい状況にある。現在でもバッテリー価格の高さがEVビジネスのボトルネックとなっているが、希少金属の供給不安がEV普及のハードルとなりかねない状況だ。
■EVシフトのハードル その3 「地政学リスク」
今後のEVシフトを考えた場合、「地政学リスク」についても無視することはできないだろう。リチウムイオン電池のバッテリーセルは、その約8割が中国で生産されている。また、原料の水酸化リチウムの精錬設備も中国に集中しているため、台湾有事で米中の緊張が高まった場合、西側諸国へのバッテリー供給が滞るリスクが出てくる。
状況を更に複雑にしているのは、世界のリチウム生産の55%を占めるオーストラリアの存在だ。オーストラリアは米英豪軍事同盟(AUKS)や日米豪印戦略対話(QUAD)の主要メンバーであり、米中対立が決定的となる場合、対抗措置として戦略物資であるリチウム鉱石の禁輸に踏み切る可能性がある。こうなると、EV向けバッテリーのサプライチェーンはズタズタに寸断されかねない。
プランBとしての「全方位戦略」
「電力不足」、「リチウム不足」、そして「地政学リスク」を勘案した場合、カーボンニュートラルの本命であるプランAがEVシフトだとしても、もしもの時の「プランB」として他の選択肢を準備するのは経営者としてむしろ当然のことといえそうだ。
一部の批判を受けながらもトヨタが水素など他の選択肢を残し、「全方位戦略」を続けるのは、現預金7兆円(2022年9月末)、年間の営業キャッシュフロー3.7兆円(2022年3月期)の抜群の資金力からくる余裕ではなく、就業人口550万人、出荷金額60兆円に達する、日本の基幹産業である自動車産業を支える屋台骨としての切迫感、危機感の表れととらえるのが、むしろ自然なのではないだろうか。
まとめ
戦国時代に天下を統一すると目されていたのは、常識にとらわれない大胆な発想や剛腕で知られた信長だった。しかし最後に覇権を握ったのは、戦国武将としての華やかさや潔さには欠けながらも、現実主義でしぶとく乱世を生き抜いた家康だった。
EVというゲームチェンジャーの出現によりこれまでの「業界秩序」や「ビジネスモデル」が大きく変わりつつある自動車業界は、まさに先の見えない戦国時代そのものだ。
そんな乱世を制し最後に笑うのは、壮大なビジョンを語りながら買収先企業での大量解雇も厭わない信長型の経営者ではなく、米中の2大市場でバランスを取り、「全方位」へ細心の目配せを欠かさず、なりふり構わぬ現実主義で時代の変化に対応しようとする、同じ三河出身のトヨタかもしれない。
※個別銘柄に言及しているが、当該銘柄を推奨するものではない。
出典元:三井住友DSアセットマネジメント
構成/こじへい
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みんなのコメント
ただトヨタの全方位なら大丈夫だと思う。世界中でHEV、FCV、PHEV、ICE等全ての動力を高い技術で全て生産出来るのはトヨタだけだから