全国に暴力団排除条例が施行されてから、約10年が経過した。この条例によりヤクザは一般人や一般企業との関わり合いを禁じられ、たとえばクルマを買うことも売ることも、借りることも禁じられている。かつてはヤクザといえば「いいクルマに乗っている」というイメージがあったが、暴排条例施行から10年、かれらはどんなクルマに乗っているのか。取材した。
文/加藤久美子
写真/写真AC、ベストカーWeb編集部、トヨタ、メルセデスベンツ(アイキャッチ写真:写真AC@bBear)
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■幹部高齢化で高級ミニバンが人気!
昭和の頃、ヤクザの親分が乗るクルマと言えば「高級外車」が主流だった。まだ輸入車という言葉も定着していない1980年代後半から91年頃までのバブル期はメルセデス・ベンツSクラスの人気が特に高かった。希望ナンバー制度のない時代だったが、ヤクザが好んで乗っていた白いSクラスにはなぜか「8888」ナンバーがついていることが多かった。
そのもっと前、1970-80年代はリンカーンやキヤデラックなどのアメリカ車の人気が高かった。筆者が生まれ育った実家のある山口県下関市の港町は複数の組事務所があり、その前には巨大なリンカーン・コンチネンタルが停まっていた。当時は小学生だったので、クルマのことは全くわからなかったが、明らかに異質で巨大で絶対近づいてはいけない存在だったと記憶している。
しかし、21世紀に入った頃からヤクザの上層部は目立つクルマに乗ることを好まなくなったという。1998~99年から各地で希望番号制度がスタートし、8888ナンバーをつけるクルマも増え、白いベンツ+8888を見てもそれが暴力団幹部なのか、カタギだけどイキってるクルマなのかの見わけもつかなくなった。
ご本人はカタギ、近しい親族が暴力団幹部というXさんに話を聞いた。
「今はセンチュリーやメルセデス・ベンツ、クラウンに乗る幹部は減っていますよ。暴力団組織の幹部も高齢化していますから、セダンタイプのクルマよりワンボックスタイプの高級車、アルファードやヴェルファイアが人気ですね。乗り降りの際に腰への負担が少ないですし車高が高いので視界もいいでしょう。スモークガラスで周囲から中を見ることはほとんど不可能ですが、警察から止められて窓を開けてものぞき込まれる位置になりませんし」
利便性と威圧感を兼ね備える先代型アルファード(2008~2015年)に乗るケースが多かったという証言。たしかに便利…
「いかついクルマに乗る幹部も減っていますね。彼らは極力、目立たないようにしていますよ。トップクラスのヤクザは、見栄を張る必要もないですから。まあ、三次団体の若頭位なら中古のベンツには乗りたがるかもしれませんが」
■ヤクザはどうやってクルマを買っているのか?
8年ぶりに刷新した新型メルセデス・ベンツSクラス。ベンツやセンチュリーにヤクザのイメージを重ねる人が多いかもしれないが、近年の暴力団幹部は派手な高級車を敬遠する傾向にある
ではこれらのクルマをヤクザはどうやって買っているのだろうか?
暴力団排除条例が全国で整備された2011年10月以降、ヤクザが本人名義でクルマを買うことはできなくなった。排除条例の中の『利益供与等の禁止』にあたるからである。新車ディーラーはもちろん、中古車販売店での購入もダメ。レンタカーの利用も本人名義の免許証では原則として利用が困難である。
しかし、もちろん「抜け道」はあるようだ。中古車販売店を営むZ氏によると
「奥さんの名義にしたり、若い衆の名義にしたりで買うパターンも多いでしょう。でもそうやって買っているのは上層部のヤクザです。下っ端は『飛ばし』と言われるクルマを買うんです。金融関係の契約、ローンや融資絡みで流れてきたクルマの中には正しい手順で売買されて名義変更も可能なクルマはもちろんありますが、「飛ばし」はローンの残債アリの状態で購入するので、名義変更などはできません。多くは車検が切れるまで乗るパターンですが、まあ、いろんな方法で裏車検を通して乗り続けることも不可能ではありませんけどね…」
身分を隠して購入することや他人の名義でローンを組むことは犯罪になるが、「捕まったとしても10-20日で釈放される」(前出のX氏)ので、たいしたことはないそうだ。このような微罪であっても警察の点数稼ぎの目的で逮捕する事例は少なからずあるようだ。
また、ヤクザ自身が中古車ブローカーとなっているケースも少なくないし、一部の悪党の手によって盗難車も流通していると聞く。
「盗難車の車台番号を削って、事故車や冠水車など一般には流通しないクルマの車台番号を移植するケースもありますよ。盗難の被害届が出されたクルマは車検証の情報に記録が残ります。なので盗難車の車台番号を削って、
事故で大破したクルマ(盗難車と同一車種)の車台番号を移植するんです。『目玉抜き』とか『ニコイチ』などと言われるやり方ですね。車検証もきれいな状態で存在するのでヤクザはもちろん、一般にも流通しているケースもあります」
完全に犯罪行為だが、このような方法でクルマを入手して乗っているヤクザもいるのは事実なのである。
■ヤクザに好都合 破綻した「スカイカーシェア」の月ぎめ利用
多くの被害者を生んだ「スカイカーシェア」の契約書
レクサスLS460の車両チェックシート
昨年10月~11月頃、テレビの情報番組や写真週刊誌や経済紙、ネットニュースなど多くのメディアが報道した『スカイカーシェア』という名前を記憶している方もいらっしゃるだろうか。
元手はゼロで月々のローン支払い、保険料、自動車税なども一切無料。若者を中心に投資者を集め、メルセデスやBMW、ジャガー、レクサス、アルファードなどの高級車をローン購入する形で契約をさせ、それを個人間カーシェアとして運用するというカーシェアリングサービスである。
高級車と言っても仕入れの安い(100万円前後がほとんど)中古車で、仕入れ価格の3~5倍という法外な価格でローンを組ませて銀行や信販会社から融資を引き出していた。故障が多発したことで700台近くあった契約車両のうち、最後の方に稼働していたのは200台程度で、その後いろいろあって10月8日に事業停止を発表した。
スカイカーシェアは1日単位の「日シェア」と月ぎめ契約の「月シェア」の2種類があり、約9割が「月シェア」の長期契約で実際の利用者のほとんどが反社関係者であった。もちろん、シェア利用の際の車両チェックシートには「反社ではない」とサインをしており、実際に契約に来た人は反社ではなかったのかもしれないが…。
高級車を自由に買えない反社にとってスカイカーシェアのシステムは非常に都合がよかった。それゆえに、破綻したあとも、なかなかクルマをオーナーに返却せず乗り続けるケースが多数あった。
実は昨年10月の事業停止から10か月経った現在もいまだオーナーのもとに返されていない高級車も少なからず存在する。中には、「違法物の運搬にあなた名義のクルマが使われた可能性があります」と警察から連絡を受けたオーナーもいる。
「毎月20万円の月ぎめ利用料を支払う」「融資が決まったので500万円で買い取りたい。」など甘い言葉でオーナーを騙しながら、一銭も支払わないばかりか、法外に高額な車検費用や故障の修理費用を請求するなどして、返却せずに使い続けている例もある。
2020年秋ごろに報道されたスカイカーシェアの利用者はほとんどが反社会的勢力だった
なお、スカイカーシェアは反社であるかの確認を自己申告に任せていたと思われるが、まともな個人間カーシェアであれば登録の際、厳格にチェックして反社であることが分かればもちろん登録することは不可能となる。
また、利用料金をクレジットカードでの引き落とし限定にして、カードを作れない反社の人間を登録段階で排除するレンタカー会社もある。警察によっては免許証番号で問い合わせると反社かどうかの確認に応じてくれるケースもあるそうだ。
ヤクザが自由にクルマを買えなくなった「暴排条例」から間もなく10年。社会全体で暴力団を排除する動きは進んでいるように感じるが、表に出てきにくいクルマ入手方法、とくに一般のオーナーから盗難や横領、詐欺で入手した車両については、警察にはもっと厳重な捜査や取締りをして欲しい。そこには愛車を奪われて深く悲しむオーナーが必ずいるのだから。
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乗っている車はアルファードや型遅れのベンツが多い