現在位置: carview! > ニュース > スポーツ > 【中野信治のF1分析/第5戦】明暗分けたスタートのタイヤ選択。アロンソの人を動かす無線

ここから本文です

【中野信治のF1分析/第5戦】明暗分けたスタートのタイヤ選択。アロンソの人を動かす無線

掲載 1
【中野信治のF1分析/第5戦】明暗分けたスタートのタイヤ選択。アロンソの人を動かす無線

 2023年シーズン中アメリカでは3戦が開催されるF1。その初戦となった第5戦マイアミGPでは、予選赤旗終了により9番グリッドからのスタートを余儀なくされたマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が、ハードタイヤスタートからミディアムタイヤでスタートした上位勢を次々とオーバーテイクし今季3勝目を飾りました。今回のレースの鍵となったタイヤ選択を中心に、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

ピレリがF1イギリスGPに新仕様のタイヤを導入。マシンパフォーマンスの予想以上の向上に対応

 マイアミGPの決勝はスタートでのタイヤ選択が戦況を大きく変えました。ソフトタイヤを履いた後方のマクラーレン2台を除き、スタートタイヤはミディアムとハードに二分されるかたちとなりましたが、結果的にはハードでのスタートが正解だったと思います。決勝日は思いのほか気温と路面温度も低め(スタート直前の計測で気温27度、路面温度34度)で、タイヤのデグラデーション(性能劣化)が少ない状況でしたが、そんな低気温のなかでもハードタイヤがきちんと機能していました。それがこのレースのポイントだったと思います。

 当然、気温が低めだとハードタイヤよりもミディアムタイヤの方が路面に合うはずです。ですが、それ以上にハードタイヤがうまく機能する何らかの条件が整っていたと思います。詳細な理由まではわかりませんが、今年のレースに向けて行われたマイアミ・インターナショナル・オートドロームの路面の再舗装も影響しているのかもしれません。

 上位7台がミディアムタイヤスタートとなるなか、レースは9番手からハードタイヤでスタートを切ったフェルスタッペンが制したので、結果的にはハードタイヤでのスタートが正解だったと言えます。ただこれも、フェルスタッペンの走りが素晴らしすぎたというのも理由のひとつです。

 ハードタイヤのデグラデーションのコントロール、後半に向けたタイヤマネジメント。そしてレース後半でのラップタイムを刻み方を見ていると、決勝日のフェルスタッペンはまさにゾーンに入っていたと感じましたね。

 決勝の前、土曜日の予選後の夜に雨が降りましたが、決勝での各車のタイヤを見ていると、その雨の影響はあまりなかったと思います。雨で路面が悪くなると思いきや、そこまで悪くはならなかった。だからハードタイヤでもいけたのだと思います。僕は雨の影響で路面が悪くなるのでミディアムタイヤスタートの方がいいのかなとスタート前は思っていました。ただ、ハードタイヤも走り出しから悪くはなかった。それも再舗装された路面の影響もあると思います。

 雨には埃などが含まれるので、雨が上がり路面が乾くと、コース上には雨に含まれていた埃や砂のようなものが浮いてきます。その埃や砂が捌けてくるまでは路面は滑りやすくなりますが、今回のマイアミGPではサポートレースもポルシェカップしかなかったにも関わらず、雨の後の路面の回復が異常に早かったという印象です。

 もちろん、ハードタイヤを選ぶという戦略は賭けの部分もあったとは思いますが、結果的にその賭けは的中するかたちとなりました。ハードタイヤでのスタートを選んだ(角田)裕毅もすごく上手くタイヤマネジメントしていましたね。後半、どんどん路面状況が良くなるにつれて、ミディアム勢のペースが落ちてくる。でもハード勢はどんどんと良くなってくる。路面コンディションの上がり方が特にマイアミのようなサーキットは急激で、それにつれてハードタイヤの良さがどんどん活かされてきて、ペースを落とさずに走ることができたと思います。

 一方のミディアム勢は特に左フロントにグレイニングが出ていました。グレイニングは、ステアリングを切ったっただけではクルマが曲がってくれず、ステアリングを切った舵角とクルマの向きが合っていない状態となり、タイヤの接地面がささくれ状態となる状況です(編注:フロントタイヤの場合)。進行方向に対して、斜めの力がかかるなかで、どんどんとタイヤが削れていく。正しい方向にグリップして削るんじゃなく、滑りながらタイヤが削れていくので、接地面が波を打ったような状況(ささくれ)になります。

 また路面が悪いと、アクセル踏んだ際に進行方向を向かずに横に向いてしまうので、リヤタイヤも(ささくれで)厳しくなります。ドライバーはフロントタイヤを庇おうと、少しアクセルを早めに踏んで向きを変えようとしたりするのですけど、逆にそれでフロントだけではなくて、今度はリヤタイヤも痛めてしまうし、そうなると全体のペースが上がらなくなります。

 ハードタイヤよりもミディアムタイヤの方が柔らかいので、グレイニングも出やすいのですが、今回はミディアムタイヤがマッチしにくい状況かつ、ハードタイヤが意外にマッチしてした一戦だったのではと考えています。ただ、今回のようなケースはなかなかなく、ドライバーもエンジニアも予想しにくい領域だったとも思います。

■26万人が訪れたマイアミGPとアロンソの人を動かす無線

 今年のマイアミGPは3日間で26万人が訪れました。これもアメリカのリバティメディアがF1を買収し、Netflixなどの新しいプラットフォームも活用しつつ、F1というものをよりさまざまな層の人たちに伝わるように戦略を立て実行してきた結果だと思います。レースの見せ方においても無線を聞かせるとか、番組作りでも人にクローズアップして、F1は人間の戦いだという点をアピールすることで、本当にたくさんの人たちの興味を得ることができましたよね。

 そうすることで、F1に対するイメージというのがおそらく、ガラッと変わったと思います。それまでのF1はやはりファンとドライバーの距離が遠かったのですよね。そこを、アメリカ的発想のエンターテイメント性を高める取り組みをトライしてきて、それがかたちとなってきたのが今年なのかなと感じます。

 これは戦略なので、結果の如何は開催地がアメリカだからとも限らないと僕は思います。でもアメリカは特にエンターテイメントが好きな国であるとも思います。レースがかっこいい、速いからから見に行くのではなく、エンターテイメントの場としてF1を楽しみにサーキットに行くという。そういったアメリカ人のイベントの楽しみ方にうまくF1がマッチしてきたのではないかなというふうに思います。

 そんなマイアミで今季5戦で4度目の3位表彰台を獲得したフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)は、決勝中に自分のコックピットから見える場所にいないはずのランス・ストロール(アストンマーティン)のオーバーテイクを誉める無線を飛ばすという、一味違った見せ場を作りましたね。

 あれは(観客用の)巨大スクリーンに写っていたストロールのオーバーテイクシーンを、偶然目にしたのだと思いますが、私はあの無線を聴いて、アロンソは走りだけではなく、無線を使っていかに自分の凄さを周囲に感じさせるか、自分を魅力的に見せるかをよく考えているなと感じましたね。

 やはり、F1は人を動かす、チームを動かすスポーツです。アロンソの場合、動かすべきチームとは、ランスの父ローレンス・ストロール(アストンマーティンF1チームのオーナー)なので、アゼルバイジャンGPの際もそうでしたが、「僕はチームを考えている」、「ランスのことも考えている」と、ローレンスが気持ちよくなる言葉を無線に入れてきます。このような言葉のひとつひとつもアロンソの計算の内というか、感覚的にやっている行動でしょうから、さすがです。

 コース上で走ることもレースです、そして人を動かすこともレースです。自分がチーム内で何をすれば一番有利になれるのかを考えると、これらの行動も当たり前ですよね。もちろん、これもクルマが悪かったり、遅かったりするとこういったことも考える余裕はなくなります。そういう意味では、アロンソは今最高の状況にあるとも言えます。スピードのあるクルマを持ち、レース中にも人を動かすということに頭を使える、考えられる余裕があることは事実ですからね。でも、ああいう無線を発するという発想はなかなかないですね(笑)。

 でも、そういう発想ができるから、人が思いつかない雨のレースでのライン取り、考えつかない場所でのオーバーテイクなど、先んじてやっていくことができる。それがアロンソという人の凄さだと思いますし、エンターテイナーだなと思います。

 また、あの無線の件を知ったドライバーたちは、頭の使い方や発想について、アロンソから学んでいる最中だと思います。なぜアロンソがあの場であの無線を飛ばしたのかなど、必ず理由がありますからね。ただ、みんながそれを真似するのも正しいとは思いません(笑)。あれは、アロンソの42歳という年齢と2度の王者というキャリアがあるからこそ許されている部分もあると思いますし、アロンソが自分の年齢とキャリアを踏まえて最適だと考えた末の行動でしょうからね。


中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿の副校長として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

こんな記事も読まれています

日本でまさかの拳銃を使ったタクシー強盗発生! キャッシュレス化で現金をもたない仕組み作りが一番の解決策
日本でまさかの拳銃を使ったタクシー強盗発生! キャッシュレス化で現金をもたない仕組み作りが一番の解決策
WEB CARTOP
本田宗一郎とイーロン・マスクに共通点があった? 稀代の経営者を支える「無知の知」とは何か
本田宗一郎とイーロン・マスクに共通点があった? 稀代の経営者を支える「無知の知」とは何か
Merkmal
全長5m級!トヨタが新たな「ラージSUV」まもなく発売!? 17年ぶり復活! 斬新フェイス&車中泊出来そう空間の「クラウン」 発売はどうなった?
全長5m級!トヨタが新たな「ラージSUV」まもなく発売!? 17年ぶり復活! 斬新フェイス&車中泊出来そう空間の「クラウン」 発売はどうなった?
くるまのニュース
伝統を継承するマッスルクルーザー! スズキが米北米市場で2025年型「ブルバードM109R」を発売
伝統を継承するマッスルクルーザー! スズキが米北米市場で2025年型「ブルバードM109R」を発売
バイクのニュース
フレキシブルウイング巡る論争が再燃。メルセデスに注目集まるも、今のところFIAは介入せず
フレキシブルウイング巡る論争が再燃。メルセデスに注目集まるも、今のところFIAは介入せず
motorsport.com 日本版
驚異のパフォーマンス向上! 最新スパークプラグの技術とその効果~カスタムHOW TO~
驚異のパフォーマンス向上! 最新スパークプラグの技術とその効果~カスタムHOW TO~
レスポンス
シボレー コルベット【1分で読めるスーパーカー解説/2024年最新版】
シボレー コルベット【1分で読めるスーパーカー解説/2024年最新版】
Webモーターマガジン
『ぽんこつジムニー』ハコ替え計画26-1「JB64のシートを移植しよう」
『ぽんこつジムニー』ハコ替え計画26-1「JB64のシートを移植しよう」
グーネット
【新車価格情報】軽自動車 デビュー&改良情報(ダイジェスト)※2024年6月20日時点
【新車価格情報】軽自動車 デビュー&改良情報(ダイジェスト)※2024年6月20日時点
カー・アンド・ドライバー
日産が新型「流麗セダン」初公開! “キラキラ”大型グリル&精悍ホイール! 最新機能モリモリの小型セダン「セントラ」ブラジルで発売!
日産が新型「流麗セダン」初公開! “キラキラ”大型グリル&精悍ホイール! 最新機能モリモリの小型セダン「セントラ」ブラジルで発売!
くるまのニュース
日本上陸が待ち遠しい! ジープ最小コンパクトSUV 新型「アベンジャー」の欧州での受注が早くも10万台突破 愛される理由とは
日本上陸が待ち遠しい! ジープ最小コンパクトSUV 新型「アベンジャー」の欧州での受注が早くも10万台突破 愛される理由とは
VAGUE
ケータハムが70~80年代の人気モデルに現代風のアレンジを加えた「スーパーセブン600」と「スーパーセブン2000」を発売
ケータハムが70~80年代の人気モデルに現代風のアレンジを加えた「スーパーセブン600」と「スーパーセブン2000」を発売
@DIME
【おもちのビート】レンタカーのS30Zで峠と高速道路を運転したら色々とヤバかった
【おもちのビート】レンタカーのS30Zで峠と高速道路を運転したら色々とヤバかった
月刊自家用車WEB
トヨタ 新「プリウス”スポーツカー”」に大反響! “GT風”バンパー&重低音マフラー採用! ド迫力エアロの「ハイブリッドスポーツカー」7月発売へ
トヨタ 新「プリウス”スポーツカー”」に大反響! “GT風”バンパー&重低音マフラー採用! ド迫力エアロの「ハイブリッドスポーツカー」7月発売へ
くるまのニュース
ランドローバーが日本文化からインスピレーションを得てデザインされた「レンジローバーSV ビスポーク1858エディション」が登場
ランドローバーが日本文化からインスピレーションを得てデザインされた「レンジローバーSV ビスポーク1858エディション」が登場
@DIME
イタルジェット「ドラッグスター125」【1分で読める 原付二種紹介 2024年現行モデル】
イタルジェット「ドラッグスター125」【1分で読める 原付二種紹介 2024年現行モデル】
webオートバイ
EVシェア欧州拡大へ急加速! 中国「奇瑞汽車」戦略的合弁と生産拠点構築、垣間見える“中国ビッグ5”のメンツとは
EVシェア欧州拡大へ急加速! 中国「奇瑞汽車」戦略的合弁と生産拠点構築、垣間見える“中国ビッグ5”のメンツとは
Merkmal
キャメル色のボックス&フラットシートがいい感じ! 日産キャラバンがベースのキャンパー
キャメル色のボックス&フラットシートがいい感じ! 日産キャラバンがベースのキャンパー
月刊自家用車WEB

みんなのコメント

1件
  • そなんだ…
    昔ホンダを「GP2エンジン」と罵ってた印象しかないので。
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

査定を依頼する

メーカー
モデル
年式
走行距離

おすすめのニュース

愛車管理はマイカーページで!

登録してお得なクーポンを獲得しよう

マイカー登録をする

おすすめのニュース

おすすめをもっと見る

あなたにおすすめのサービス

メーカー
モデル
年式
走行距離(km)

新車見積りサービス

店舗に行かずにお家でカンタン新車見積り。まずはネットで地域や希望車種を入力!

新車見積りサービス
都道府県
市区町村