サウンドジェネレーターは今後のトレンドになる?
名古屋の「チンクエチェント博物館」が所有するターコイズブルーのフィアット「500L」(1970年式)を、自動車ライターの嶋田智之氏が日々のアシとして長期レポートする「週刊チンクエチェント」。第27回は「日本カー・オブ・ザ・イヤーでアバルト500eが善戦!」をお届けします。
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今回のアバルト「500e」は大健闘もいいところ
ゴブジ号が手元にいないときには、何だかちょっと寂しい気分。……というような乙女チックめいたセリフを吐くと気持ち悪がる人が続出しそうだが、でもそれは本当だ。2021年5月30日に「ミラフィオーリ」の会場で別れて、次にその姿を目にすることができたのは7月29日。まるまる2カ月、離れ離れだ。しかもそれはあくまでも“目にすることができた”だけであって、ステアリングを握ることができるようになったのはまだもう少し先の話。それまでもベッタリ毎日一緒に過ごしてたとは言いがたいことはここを御覧になっている方なら先刻ご承知だろうが、そう、いつの間にかチンクエチェントは僕の心の中にしっかりと根を張っちゃっていたのである。僕がチンクエチェントを筆頭とするこの手のクルマのことを“愛玩自動車”と呼ぶことがあるのは、だからなのだ。
そんなわけで皆さんにも寂しさを共有してもらうための今回の暇ネタは、日本カー・オブ・ザ・イヤーのお話である。
いや、まだ“今年の締めくくり”のお話をするにはちょっと早いことはわかってるのだけど、2023年の僕のごくごく個人的なカー・オブ・ザ・イヤー……というか、自分にまつわるクルマまわりの出来事で最も特筆すべきトピックは、構想期間がやたらと長かったこの「週刊チンクエチェント」という連載がようやくスタートしたこと。ときどきスケジュールの関係で「“ほぼ”週刊チンクエチェント」になっちゃうことがあるのはゴメンナサイなのだけど、今では僕のライフワークみたいになっていて、最近ではクルマのイベントで出逢ったクルマ好きの方々に「読んでますよ!」と言っていただけることが増えた。嬉しい。ありがたい。心から感謝、だ。
が、それはそれとして、もっとアカデミックなお話、わが国で最も権威があると誰もが認める“日本カー・オブ・ザ・イヤー”の2023-2024シーズンの選考結果が、2023年12月7日に発表となった。最高賞となる“カー・オブ・ザ・イヤー”は段トツの得点を集めたトヨタ「プリウス」が、そして“インポートカー・オブ・ザ・イヤー”はBMW「X1」が受賞した。異論はないどころか順当な結果だったな、と思う。そして部門賞である“デザイン・カー・オブ・ザ・イヤー”は三菱「デリカミニ」、“テクノロジー・カー・オブ・ザ・イヤー”は日産「セレナ」、という結果だった。
そのあたりは皆さんも先刻ご承知で、今さらそんな話を聞かされてもなぁ……な気分だろう。いや、僕が今回この話題を選んだのは、そこじゃない。チンクエチェント・ファミリーの1台であるアバルト「500e」が僕の予想を超えて善戦した、ということを伝えたいのだ。今回は34台となったノミネート車の中から最終選考会に残る“10ベストカー”、つまり今シーズンを代表する10台の中に食い込んだことだって驚きだったというのに、本賞では8位/輸入車2位、デザイン・カー・オブ・ザ・イヤーでは4位、テクノロジー・カー・オブ・ザ・イヤーではプリウスと同点の3位、という結果だったのだ。
チンクエチェント・ファミリーでいうなら、さすがにヌォーヴァ・チンクエチェントがデビューしたときには日本カー・オブ・ザ・イヤーそのものがなかったわけだけど、現行のフィアット500が2008-2009シーズンに本賞で7位、フィアット「500X」が2015-2016シーズンに8位となってはいるものの、2009-2020シーズンのアバルト500(後の595/695シリーズ)や2022-2023シーズンのフィアット500eは10ベストカーに残ることもできなかった。なので、今回のアバルト500eは大健闘もいいところ、だ。
かなり不利な状況で選考に臨むことになったアバルト500e
実のところ、僕は“デザイン部門ではいいところまでいくかも……”と予想はしてたのだけど、本賞では“めちゃめちゃニッチなクルマだから10台中10位だろうな”と思っていたくらい。アバルト500eに選考委員の皆さんが試乗できたのは、タイミング的には10ベストカー選出の直前ギリギリ。その10ベストカーを確認試乗するための“10ベストカー取材会”というのが最終選考の直前に開催されるのだが、試乗できるクルマの台数が限られてるから、60人の選考委員の中にはその日までクルマに触れたことがなかった方もおられたことだろう。しかも今シーズンから選考方法に変更があり、2022年までの「選考委員の持ち点は25点で、1台に10点を投じ、残りの15点を4台に振り分ける」というカタチから「1位に10点、2位に4点、3位に2点を投じること」と3台にしか点を投じられないカタチになった。日本導入のタイミングからすればやむを得ないことでもあるのだが、かなり不利な状況で選考に臨むことになったわけだ。
かくいう僕も選考委員の末席に置いていただいているわけだが、僕はこのアバルト500eを1位に選び、10点を投じさせてもらった。理由はとてもシンプル。僕は“乗って楽しい、走って気持ちいいクルマに投じます”と不遜ながらも公言していて、その順番、である。国際試乗会からはじまって走らせる機会が多かったのもたしかではあるけど、10ベストカーに残ったクルマの中では最も楽しい、気持ちいいと感じられたのがアバルト500eだった、というわけだ。日本カー・オブ・ザ・イヤーの公式サイトにアクセスすると、60人の選考委員がどのクルマに点を投じたかというのをそれぞれコメント付きで御覧いただくことができるのだけど、僕はアバルト500eを選んだ理由を、次のように記してる。
「僕の選考基準は乗って楽しいか、走って気持ちいいか。今回の10ベストカーの中で最もそこを強く感じたのがアバルト500eでした。あまり使わない(使っちゃいけない)高速域にほどほどのところで見切りをつけ、モーター駆動の瞬発力と強力なトルクを中速・低速の常用域で最大限活用できるよう徹底して作り込んだことで、ICE版アバルトの弾けるような楽しさに劣らない刺激的なBEVが誕生しました。ほかに速いBEVは何車種もありますが、ここまで素直に楽しい、おもしろいと感じられたBEVは初めてです」
今シーズンで1~2を争うくらい感銘を受けたクルマだから、ホントはもっととっぷりと語りたいところなのだけど、この週刊チンクエチェントでも以前に試乗記のようなものをしたためているので、そこは割愛。もし興味のあるかたがいらしたら、恐縮ながらそちらを御覧いただけると嬉しいな、と思う。
ちなみに僕はテクノロジー・カー・オブ・ザ・イヤーでも、このアバルト500eを選んでいる。強烈なインパクトを与えてくれる新しいテクノロジーというのが見当たらなかったこともあるのだけど、それはそれとして僕はこんなところに着目していた。
「容量の大きなバッテリーと高出力モーターに換装することをよしとせず、各部のキャリブレーションのやりなおしやハーネス内部でのロスの削減など地味な作業を星の数ほど重ね、+37psと+15Nmを稼ぎ出し、減速比を変えて相乗効果的に常用域での加速性能に繋げる。ブランドの伝統どおり、まさにチューンナップ。目覚ましい新技術こそ持たないが、テクノロジーの有効な使い方だと思う。アバルトICEモデル特有の排気音をサウンドジェネレーターで巧みに再現したのはおもしろいし、今後のトレンドになるかも」
もうひとかたアバルト500eに最高点を投じた方がおられて、インディカー・レースを闘ったレーシング・ドライバー、松田秀士さんだったりする。ほかにどんな方がこのクルマに点を投じたかということも含め、日本カー・オブ・ザ・イヤー公式サイトの選考結果のページから入れる“得点・投票理由はこちら”は、毎年のことながら、クルマ好きの皆さんにとってはなかなか興味深いと思う。ぜひともチェックしてみていただきたい。
そしてアバルト500eに興味を持った方がいらしたら、何はともあれフィアット/アバルトのショールームを訪ねて試乗してみて欲しい。バッテリーEVっていうものに対する概念が、もしかしたらガラッと変わるかもしれないから。
■「週刊チンクエチェント」連載記事一覧はこちら
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