量産車の開発責任者を務めた数少ない社長だった
2021年2月、ホンダが社長交代(4月1日付け)に関する記者会見を行った。新社長・三部敏宏氏を紹介する現社長の八郷隆弘氏は「やり残したことがあるとは感じていない」と6年間を満足げに振り返った。
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さて、2015年6月に八郷氏が本田技研工業の代表取締役社長に就任した際に話題になったことがある。それは、歴代の社長が通ってきた本田技術研究所の社長経験がなく、さらに本田技研工業の取締役経験もなかったことだ。また八郷氏の前任である伊東孝紳氏に続き、量産車のLPL(開発責任者)を務めた経験があることも、過去の社長とは異なるポイントだ。
ちなみに、八郷氏がLPLを務めたのはUSオデッセイ(ラグレイト)とCR-V(2代目)と、まさに北米市場をメインターゲットにホンダの成長を支えたモデルを生み出している。また、社長就任前までは中国生産統括責任者を務めるなど“伸びる市場”への肌感覚を持つ人物という印象もあった。
そんな八郷氏が社長就任後、最初に謳ったのは「世界6極体制」という前体制の方向を受け継ぐものだったが、徐々に生産能力を絞り、拡大方針から身の丈経営へ転換していった。
具体的には、海外ではイギリスやトルコの工場を閉鎖、国内でも埼玉・狭山工場を閉鎖する決断をしたのが八郷体制での話。そして八郷氏自身の経験を活かした方針として打ち出したのが、「SEDBの統合」だ。
SEDBとは営業(S)・生産(E)・開発(D)・購買(B)という自動車の生産・販売に欠かせない主要4部門のことを指す。この4部門を統合するというのは、他社からすると何を今さらと感じる部分だが、もともとホンダは開発部門を別会社である本田技術研究所が担うという特殊な体制をとっていた。だからこそホンダらしいユニークな商品開発が可能だったという見方もあるが、技術研究所が独立していることが利益率を下げているという指摘もあったのも事実。
前述のように、新車のLPLを務めた経験のある八郷氏は開発部門出身だが、購買を経験したこともあり、また生産部門での経験も豊富な人物。だからこそSEDBが統合されていないことの無駄を実感していたのだろう。
新車開発の大事な拠点を大改革する決断を下した
そのために行った最大の仕事と言えるのが、2020年4月に実施された本田技術研究所の再編だった。簡単にいえば本田技術研究所は新たなモビリティやロボティクス、エネルギーなど新価値商品・技術の研究開発に集中する組織として、従来の市販車開発部門はデザイン部門を除いて本田技研工業の四輪事業本部に統合、「ものづくりセンター」として再構築した。同時に、ホンダの生産技術を担ってきたホンダエンジニアリングも本田技研工業に吸収合併している。
こうして本田技研工業・四輪事業本部に新車開発に関わる多くのセクションをまとめた。その成果が出るのは早くても数年後、成否について判断するのは時期尚早ではあるが、ホンダのものづくりについて大きな変革を成し遂げたのは間違いない。
なお、二輪については2019年の段階で研究所が、本田技研工業・二輪事業本部ものづくりセンターとしてひと足早く統合されている。その成果というには気の早い話だが、ホンダの二輪部門は10%を超える高い利益率を誇っている。同様に、四輪の利益率が改善すればホンダの将来は明るいと言える。そうした新体制への種まきをしたのが八郷氏ということになる。
冒頭で記した三部氏と行った記者会見でも、八郷氏は「三部さんに成果を刈り取ってほしい」という旨の発言をしていた。それだけ種まきに自信ありということだろう。
また、八郷体制での大きな決断といえるのが、2050年カーボンニュートラルという大きな目標を掲げたことと、そのリソースを確保するためのF1参戦終了だ。本田技術研究所の再編と合わせて、こうした判断には反発もあるだろうが、このような大きな決断ができることが真のリーダーシップというものだ。
最後に、ジェンダーやダイバーシティという視点でいえば、ホンダ初の生え抜きの女性役員として鈴木麻子氏を執行役員へ抜擢した人事も忘れられない。ちなみに、鈴木氏は、2021年6月の人事において取締役(社外取締役を除くと6名しかいない取締役のうちのひとり)へとステップアップすることが決まっている。
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