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これまで存在しなかった未来的なスポーツカー──イタリアを巡る物語 vol.12

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これまで存在しなかった未来的なスポーツカー──イタリアを巡る物語 vol.12

往年の名車がメモリアルイヤーを迎えたとき、ラグジュアリーブランドはその“過去の遺産”をアピールし、少数の尖った顧客たちを惹きつける。前回のハードウエア的な“見どころ”に続き、今回はカウンタックの誕生の背景とその意義について。

若きCEOが手がけた「未来」を表現するフラッグシップの開発

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前記事においては今年で生誕50周年を迎えるランボルギーニ カウンタックのハードウエア的な“見どころ”に関して書いた。今回は誕生の背景と、カウンタックの持つ大きな意義について筆を執りたい。

1971年のジュネーブモーターショーにおいてカウンタックが発表された当時、自動車の未来はバラ色であった。自動車は皆の憧れで、皆が大きな関心を持つ存在であった。1966年にデビューを飾ったミウラの爆発的な人気によって、ようやく自動車メーカーとしての基盤を確立しつつあったランボルギーニにとっても、この年はひとつの転機をなすものとなった。

しかし、そのいっぽうで、様々な問題もまた浮上しつつあった。イタリアでは労働運動が盛んになり、資本と労働者との対立は鋭さを増していた。富裕層の玩具ともいうべき存在だったランボルギーニにも、厳しい視線が向けられはじめていたのである。さらには、公害問題、自動車事故の多発問題にも対策が迫られていた。北米では排ガスおよび衝突安全性への規制がいちだんと強化され、ランボルギーニのような少量生産モデルも例外扱いはされなくなっていた。そして、1973年には、自動車業界をオイルショックが襲うことになるのである……。

そんな状況の中で、ランボルギーニの経営を任されていたのは当時まだ30代であったパオロ・スタンツァーニであった。創始者のフェルッチョ・ランボルギーニはこの若者の資質をみごとに見抜いていた。スタンツァーニはエンジニアとして有能であっただけでなく、企業家としての資質も兼ね備えていた。これからの経営者は最先端の技術に明るくなければならないと考えていたフェルッチョは、この若きエンジニアをランボルギーニのCEOに起用したのだった。

突然、経営者に指名された若きスタンツァーニは、ランボルギーニの未来を考えた。フェラーリやマセラティという同じモデナ近郊の老舗達の中で、どのようにランボルギーニならではの魅力をアピールできるかを。そして、彼はランボルギーニのブランディング戦略として、その「未来」を表現するフラッグシップモデルの開発へと着手した。

エンジニアリング的必然から生まれた機能美

フツウであれば大成功した前作ミウラのイメージを発展させたものをランボルギーニの象徴にしようと考えるであろう。しかしスタンツァーニはそのような平凡なアタマの持ち主ではなかった。まったく新しいランボルギーニの未来を描くべく奮闘を始め、もう一人の非凡な才能の持ち主と手を組んで完成させたのがカウンタックであった。ここで、拙著「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング(KADOKAWA)」からの引用をお許しいただきたい。

「そこで、スタンツァーニはベルトーネのマルチェロ・ガンディーニの筆力こそ、それにかなうものと考え、次期ミウラ・プロジェクトも彼とタッグを組んだ。スタンツァーニはエンジニアとして、他の誰も使ったことないドライバーの着席位置、そしてギアボックスとエンジンのレイアウトを提案した。幸運なことにガンディーニはこういったエンジニアリングのことをよく理解し、自分自身からも新しい提案をするといった稀なデザイナーであった。このふたりのコンビネーションとして生まれたカウンタックはその名前の由来の通り、人々に衝撃を与えたが、スタンツァーニに言わせれば、これは決してギミックとか、奇をてらったものではなく、すべてエンジニアリング的必然から生まれた機能美ということなのだ。あれから40年以上もたった現在のランボルギーニ12気筒モデルに、このスタンツァーニが生み出したレイアウトが使われていることがそれを証明している。

ミウラが緊張感あるスタイリングの中にもクラシックなイメージを見る者に与えるのには訳がある。特にフロントのオーバーハング(タイヤよりボディ先端までの間のはみ出した部分)やバルクヘッド(この場合、フロントのAピラー周辺)廻りの処理が古典的FR車のイメージを引き継いでいる。それまでのスポーツカー的な文脈を用いて、あまりエキセントリックに見せないよう配慮したように読み取れる。しかしカウンタックになると「エンジンをはじめとする構成物と、ふたりの人間が座る最低限の空間を残して線を引いたものが、限りなくカウンタックのボディラインそのものになる」と表現されるように、ミドマウントエンジンレイアウトのメリットを最大限に生かす工夫がされた。スポーツカーらしさを視覚的に感じさせるためにも、きびきびとしたハンドリングを実現するためにも、ショートホイールベースに拘った。そして重心部が全長の中心になるように巨大な12気筒エンジンをレイアウトした。そうすると必然的に人間の座る位置は前よりになった し、余計な慣性マスをボディ尖端から排除するため、フロントオーバーハングも極力短く設定した」

スタンツァーニはガンディーニと何日も森を歩きまわってあらゆることを話し、そこで話の内容がそのままカウンタックの設計図に実を結んだ、とかつて語ってくれた。紙もペンも不要だった。ふたりのアタマの中では既に完成したカウンタックが走り廻っていたのだ。

モデナ流のクルマ作りを大きく変えた革命児

ミウラとカウンタックの最も大きな違いはなにか? それはミウラがシャシーありきでスタイルが決定されたのに対して、カウンタックは双方をリンクさせながら設計されたという点にある。当時、モデナの流儀としてミウラのやり方はまさに正統であり、それが当たり前であると考えられていた。フェラーリもスタイリング開発はピニンファリーナに任せ、自らが製造したシャシーにカロッツェリアが作ったボディを載せていた。

しかし、スタンツァーニはこの作法に従わなかっただけでなく、製造プロセスまでを刷新してしまった。カロッツェリア・ベルトーネのチーフデザイナーであったガンディーニと共にデザインしたカウンタックのボディであるが、ボディの製造までランボルギーニで行う決断をしたのだ。当時、ボディはトリノのカロッツェリアが作るものとされていたから、モデナ近郊の一スポーツカーメーカーにそんなことが出来るわけない、と彼を嘲笑う者もあったという。しかし、それはやり遂げられた。この点においても、ランボルギーニはモデナ流のクルマ作りを大きく変えた革命児であった。ランボルギーニは1978年に倒産してしまうが、内製化を高めていたおかげで、裁判所管理下においても細々とカウンタックを作り続け、ブランドを存続させることができたのである。

カウンタックの革新性に関しては驚くほど多くのポイントを見いだすことができる。そして、その根底にあるのは、スタンツァーニによる綿密なブランディングであった。ランボルギーニは当初、フェラーリを仮想敵と設定し、それを凌ぐ、よりパワフルで優れた快適性を持つのがランボルギーニの魅力であると謳ったが、それでは顧客に響かなかった。そこで、ミウラではミドマウントエンジン・レイアウトを採用し、その革新性に勝負を賭けたのだった。スタンツァーニはカウンタックでその革新性をさらに追求し、ランボルギーニのブランディングを明確なものにしようと試みた。フェラーリのようなレースカーにその起源を持つものでもなく、マセラティのようなグラントゥーリズモ(快適性重視の高性能ラグジュアリー・モデル)でもない、という、これまで存在しなかった未来的なスポーツカー、それがランボルギーニなのだ、と。

“グラントゥーリズモでもなく、サーキットを走るレースカーでもなく、ラリーカーのようなショートホイールベースを採用したラグジュアリーで希少なスポーツカー”は確かに類を見ないものであった。エンジンも前後”逆さま”に取り付けられているし、フロントにあるべきラジエターはリアにある。そして、不思議な開閉方法の左右のドアと。というのも、キャビンを極端に前方へもっていったので、ヒンジの取り付け位置や乗降性を考えると、ドアの開閉もバタフライ式にならざるを得なかったのである。それが至極合理的な設計であった。というように、ユニークさは徹底していた。ちなみに、スタンツァーニはAWD化も想定していたというから驚きだ。「私達のポリシーは、他人が明日やろうと思うことを今日完成させることだった」と、スタンツァーニは胸を張って語ってくれたものだ。

自動車を設計するにあたってフツウは5年、10年先の世の中をアタマの中で描く。しかし、スタンツァーニのアタマの中はフツウではなかったようで10年先どころか、はるか先、50年後の2021年をも見据えていたかのようだ。カウンタックのために開発されたドライブトレインのレイアウトから、スタイリングのDNAまでもが、今もランボルギーニのいわば”家訓”として継承されている。これは驚くべきことでもある。

数年間にわたり、スタンツァーニからクルマ作りの哲学を徹底して聞くことができた私は大変幸運であった。しかし悲しいことに、その素晴らしい冒険談を聞き終えてまもなく彼は鬼籍に入ってしまった。何よりも彼と共にカウンタック生誕50周年を祝えなかったことが断腸の悲しみだ。そして重要な質問をすることが出来なかったのも悔やまれる。「インジニアーレ(イタリア語で”技師”を意味する敬称)、50年後のランボルギーニはどうあるべきだと思いますか?」これこそが彼に投げかけたかった私の最後の質問であったのだ。

文・越湖信一 編集・iconic
Photo & Text   Shinichi Ekko   EKKO PROJECT
Special Thanks: Automobili LamborghiniS.p.A. Paolo Stanzani archive, Fabrizio Ferrari

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