ドライバーの感覚ひとつで思いのままに取り回せる“手の内感”や操る楽しさを体感できる「直感ハンドリングFR」をコンセプトに、トヨタがスバルと共同開発した小型FRスポーツカー「86」。これをベースにトヨタガズーレーシングが開発し、2017年12月に発売したコンプリートカー「GR」に、首都高速道路および都心・近郊の一般道で試乗したREPORT●遠藤正賢(ENDO Masakatsu) PHOTO●遠藤正賢、トヨタ自動車
86は2012年2月にデビューして以来ほぼ毎年着実に改良を積み重ねているが、その間にも86を取り巻く状況は大きく変化した。その中に挙げられるのが、2016年2月の「86GRMN」発売、同年8月“KOUKI”へのマイナーチェンジ、そして翌17年7月の「GR」シリーズ発足だろう。
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今回試乗した「86GR」は、648万円という価格ながら限定販売台数100台に対し購入抽選への応募者が3000人を超えたという「86GRMN」に採用されたチューニングメニューの多くを“KOUKI”に与え、新生「GR」シリーズにおいて上から2番目の「GR」として発売したモデル、ということになる。
具体的な変更点を確認すると、「86GRMN」と共通なのはフロントスポイラー&フロントバンパーサイドフィン、サイドステップ、JTEKT製の高トルクバイアスレシオトルセンLSD、アドヴィックス製フロント6POT&リヤ4POT対向モノブロックブレーキキャリパー+フロントがフローティング構造のドリルドブレーキローターなど。アルカンターラを表皮に用いたレカロ製バケットシートはカラーを赤から黒に変更のうえ、サイドエアバッグを装着している。
なお、エンジン内部にもチューニングを施す数量限定販売の「GRMN」に対し、「GR」はGRMNのエッセンスを注ぎ込んだ量販スポーツモデルという位置付けになるため、パワートレインは219ps/7300rpm、217Nm/5200rpmとされたGRMNに対し、GRはベース車の“KOUKI”「GT」と同じ207ps/7000rpm、212Nm/6400-6800rpmというスペック。また外観上の特徴ともなっているセンターマフラーは可変バルブレスに変更された。
6速MTも1速が2.907、2速が2.036へとクロス化されたGRMNに対し、GRは他の6速MT車と同じく1速3.626、2速2.188というギヤ比。ただし最終減速比は“KOUKI”で従来の4.100から4.300に変更されたため、GRMN、GRとも同じ4.300となっている。
またGRMNでは量産性とコスト度外視で採用されたCFRP製リヤウィング・ボンネット・ルーフ・トランク・フェンダーガーニッシュやポリカーボネート製リヤクォーター&バックウィンドウ、リヤパフォーマンスロッドはGRでは用いられず。だがリヤスポイラーは専用のリップ式で、コンパクトながらウィング形状の「GTリミテッド」よりもむしろ控えめで機能本位なのは好感が持てる。
追加のボディ補強もGRではフロントステアリングラックブレースとリヤサスペンションメンバーブレースのみに留められているが、その代わりにGRMNでは省略された後席が確保され、その背もたれを倒した状態でトランクスルーによる4本のタイヤ積載を可能とした。
ダンパーは空力パーツなどの変更に伴いGR専用チューニングが与えられたザックス製の非調整式で、スプリングは「GT」に対し10mmローダウンされたもの。GRMNに続きレイズ製の専用鍛造アルミホイールを装着するが、タイヤはリヤがGRMNの235/40R17から235/45R17へと外径アップ(「GT」は前後とも215/45R17)されたうえで、銘柄もブリヂストン・ポテンザRE-71Rからミシュラン・パイロットスポーツ4に変更されている。
そしてこの86GRも86GRMNと同様、スバルの群馬製作所本工場(群馬県太田市)で作られたホワイトボディがトヨタの元町工場(愛知県豊田市)へ輸送され、GR専用パーツが「LFA工房」の熟練した職人の手によって組み上げられる(詳細は下記記事参照)。
そんな86GRの運転席に収まると、その低い着座位置と包まれ感から、このクルマがセダンやハッチバックをベースとしたものではない、生粋のスポーツカーであることを強く実感する。特にGRの場合は10mmローダウンされ、レカロシートも装着されているため、より一層スポーツカーらしい空間設計を体感しやすくなっているのだろう。
と同時に、この86GRの出自が、2012年2月デビュー当時のカスタマイズベース車「RC」で199万円というプライスタグを提げていたクルマであることも、そのインパネの質感から強く実感させられてしまう。これはいくらアルカンターラをレカロシートに、セーレン製のスエード調表皮「グランリュクス」をインパネやメーターバイザー、ドアトリムに用いてもカバーしきれるものではない。
だがそれ以上に残念なのは、ステアリングホイールやシフトノブ、パーキングブレーキレバーの本革が、基本的にベース車と変わらないことだ。端的に言って硬く乾いた感触で滑りやすく、「柔らかくしっとりとした、手に吸い付くような感触」という理想とは対極に位置する。質感の面もさることながら、サーキット走行も想定されるスポーツカーのコンプリートモデルとしては機能面でも好ましいとは決して言えないため、ぜひ改善してほしい。
しかしながら走りの質感は、そんなインパネや本革とは遠くかけ離れた、途轍もなく高いものだということを、発進した瞬間に気付かされる。
フラットライド、オンザレール。
サスペンションがしなやかに動き、ボディは路面の凹凸に対してやすやすと動かず、また動いてもすぐに収束し、ドライバーに伝える路面からの入力は最小限。加減速や旋回時の前後上下動も少なくしかもリニアな、シャシー性能が極めて高いクルマはしばしばこのように表現されるが、より近いのは線路の上を走る鉄道になぞらえた後者だろう。
荒れた路面の首都高速道路を相応のペースで走った時はもちろん、タイヤが冷えた状態で一般道をごく低速で流した時でも、下手な高級車が裸足で逃げ出すほど快適な乗り心地を堪能できた。
またブレーキも、そのタッチは剛性感に満ちたもので、さりとてその効きは冷間時でもピーキーではなく、踏力に応じて減速Gが増していく、極めてリニアなもの。首都高速道路を走った程度ではタッチが甘くなる兆候すら見せることはなく、これなら下りの高速ワンディングやミニサーキットなどの過酷な状況でもフェードせずに走り続けられることだろう。
この驚異的なまでのオンザレール感、バランスの良さは、単に高価な部品を贅沢に採用したり、ボディ剛性をただ上げたりしただけで実現できるものでは決してない。すべての部品がいたずらに自己主張せず調和するよう設計・チューニング・生産できる、自動車メーカーの中でもほんの一握りであろう確かな技術とノウハウを持つ“匠”の集団だからこそなしえる“業”(わざ)であるに違いない。
ただし、フロントへの荷重と旋回速度を上げてロールを深めれば深めるほどリヤの接地感が薄れていくそのハンドリングの味付けは、基本的にベース車と何ら変わらない。絶対的なグリップの限界がベース車より飛躍的に高まっているため、事前に危険を察知できるという点ではありがたいものの、旋回中常に不安がつきまとうという点では疑問符が付く。
なお、マフラー以外はベース車と共通のパワートレインについては、207psという絶対的なパワーにこそシャシー性能との相対比較では物足りなさを感じるもののレスポンスは良く、トルクやパワーの出方もいたってフラット。音質はマフラー+「サウンドクリエータ」からの低音が主体ではあるが決して耳障りではない。
6速MTはストロークが短く重めでソリッドな感触だが、レバー操作やエンゲージの際の手応えはスムーズ。ヒール&トーがしやすいペダル配置とエンジンレスポンスの良さも相まって、この点では世界一と評されるホンダS2000を長年愛車とする筆者でも、充分以上にシフトチェンジを楽しめた。
そんな86GRだが、やはりネックになるのはその絶対的な価格だろう。GRMNより150万円ほど安いとはいえ、ベース車のGT(298万1880円)に対しては約200万円も高価な496万8000円である。今や86全体がそうなりつつあるとはいえ、最早デビュー当初に志していた、クルマ離れした若者を回帰させるための存在から遠くかけ離れたものとなっている。
ベース車プラス200万円の価値は、間違いなくその走りに備わっている。だがそれ以上の、かつ現在500万円で購入できる他の新車に勝る価値があるのかと問われると、自信を持って首を縦に振ることは難しい。そこに86GR、ひいては現在の86が抱える存在意義の危うさが潜んでいる。
【Specifications】
<トヨタ86GR(FR・6速MT)>
全長×全幅×全高:4290×1790×1320(アンテナ含む。ルーフ高は1285)mm ホイールベース:2570mm 車両重量:1240kg エンジン形式:水平対向4気筒DOHC16バルブ直噴 排気量:1998cc ボア×ストローク:86.0×86.0mm 圧縮比:12.5 最高出力:152kW(207ps)/7000rpm 最大トルク:212Nm(21.6kgm)/6400-6800rpm 車両価格:496万8000円
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