郊外や地方都市に住まうのであれば話は別だ。しかし公共交通機関が隅々まで網羅する東京あるいはそれに準ずるような都市に住まう者にとって、「実用」を目的にクルマを所有する意味はさほどない。
そんな状況下で「それでもあえて自家用車を所有する」というのであれば、その際は何らかのアート作品を購入するのに近いスピリットで臨むべきだろう。
自動車メーカーになった男──想像力が全ての夢を叶えてくれる。第12回
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG
2007年7月に発売されたメルセデス・ベンツ C63 AMG。最高時速は250km/h(リミッター作動)で、停止状態から100km/hまで4.5秒で到達する。
明確な実益だけをそこに求めるのではなく、「己の精神に何らかの良き影響を与える」という薄ぼんやりとした、しかし大変重要な便益こそを主眼に、都会人の自家用車選びはなされるべきなのだ。
そう考えた場合におすすめしたい選択肢のひとつが、2007年から2014年まで販売された「メルセデス・ベンツ C63 AMG」という小ぶりなモンスターセダンである。
このクルマのどこがどうモンスターなのかといえば、ずばり「エンジン」だ。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG
中古車では400万円前後のモデルを狙うことができる。走行距離が少なくオプションが充実している個体が多いので、所有を真面目に考えられる。
近年は超ハイパワーなスポーツ系あるいはラグジュアリー系マシンであっても、せいぜい3~4リッター程度の比較的小排気量なガソリンエンジンにターボチャージャーや電気モーターなどを組み合わせるという、ダウンサイジングないしは「電動化」といわれる手法がトレンドとなっている。
事実、今回ご紹介するモデルの後継車種にあたる2015年登場の「メルセデスAMG C63」という現行モデルは、4リッターという(この種のクルマとしては)小排気量な直噴エンジンに2つのターボチャージャーを掛け合わせることで、「おそろしいほどのパワー」と「まあまあの環境性能」を両立させた。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMGだが1世代前のC63 AMGは、メルセデスと、そのレース&スポーツ部門であるAMGがまだトンパチだった時代の最後のモデル。それゆえ「ダウンサイジングや電動化」などといった生ぬるいこと(?)はいっさい考えず、ある種の理想を断固として貫いた。
排気量6.2リッターというバカでかい、日本での税金もバカ高くなる自然吸気のV型8気筒エンジンを、W204型と呼ばれるやや小ぶりなCクラスにぶち込んだのだ。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG効率だけがすべてじゃない!「同じようなパワーやトルクが出せるなら、なにも無理に大排気量エンジンなんか使わないで、小排気量エンジンにターボとかモーターとかを組み合わせればいいんじゃないの? 知らんけど」
そうおっしゃる方もいるだろう。
その見解は、正しいと同時に「ちょっと違う」のでもある。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG
排気量だけでなく、最高出力や最大トルクももちろん優れている。6.2リッターのV8エンジンは、最高出力457ps、最大トルク600Nmを発揮する。
エンジンのパワーとトルクだけでクルマを語ることはできないわけだが、まあかなりざっくりな話として、それらの数値や車両重量がほぼ同じであるならば、確かに加速などの数値はおおむね同じようなモノに着地する。
さらには、基本となるガソリンエンジンは排気量小さめであるほうが(基本的には)燃費が良くなり、排出ガス等も薄くなる。そしてついでにいえば、本邦における自動車税も安くなる。
だがターボチャージャーや電気モーターなどに頼らず、あくまで排気量を増大させることで力を得ようとすると、その真逆の現象が起きてしまうわけだ。つまり(基本的には)燃費が悪化し排出ガスは極悪傾向となり、さらには本邦での自動車税もバカ高になる――ということだ。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMGそれゆえ、前述した「大排気量の自然吸気エンジンなんてもはや不要なんじゃないの?」という旨の見解はおおむね正しい。
正しいがしかし、ダウンサイジング系や電動化系と「自然吸気の大排気量系」とでは、そのフィールがまったく異なるのだ。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG端的にいえば「非常に贅沢なフィール」を、人間が持っている各種センサーは大排気量エンジンから感じ取るのである。
そして先代C63 AMGの6.2リッターエンジンが「非常に贅沢なフィール」を感じさせるのは、決して排気量が6.2リッターだから――という理由だけではない。このエンジン、もちろん市販車用としてデチューン(低性能化)はされているが、成り立ちとしては「ほぼレーシングエンジン」なのだ。
通常のAMGモデルでは「メルセデス製のエンジンをAMGがチューニングする」という形をとっているが、こちらの通称「63エンジン」は、メルセデスではなくAMGが基本部分から開発を手掛けた初めてのエンジン。ここGQオンラインでは媒体のキャラクター上、詳述はしないが、言い始めたらキリがないほどマニアックな「レーシングフィールドからフィードバックされた技術」の数々が、このV型8気筒DOHCエンジンには投入されている。
それゆえ先代C63 AMGの走りとその迫力は、「素晴らしい」という言葉では足りないほどに素晴らしい。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG
AMG仕立てのモデルなので、熟練のスタッフが手組みでエンジンを組み立てている。まさに所有欲を満たせるココロに効くクルマだ。
エンジンを始動させた瞬間の咆哮と、軽くブリッピング(アクセルを軽くあおること)をした際の「スパパバババンッ!」という音色はほぼレーシングカーだが、低中速で市街地や一般道をユルユルと走行する際のいわゆる乗り心地は、決して悪くない。というか、むしろ「いい感じ」だ。
だがひとたび高速道路などでアクセルペダルを踏み倒すと、このクルマはやはり野獣ないしは準レーシングカーであることがわかる。前車の追い越しは、感覚的には1秒未満(まあ実際はそんなことはないのだが)、もっと言えば「瞬間移動」ぐらいのニュアンスで完了してしまう。
いや、今「アクセルペダルを踏み倒すと」と申し上げたが、サーキットやドイツのアウトバーンでならさておき、日本の公道でこのマシンのアクセルペダルを「踏み倒す」のはほぼ不可能だと思ったほうがいい。速すぎるのだ。パワーとトルクがありすぎるのだ。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG
レーシングスペックゆえのドライバーに求められる技量はあるかもしれないが、クラシックカーとは違い2014年まで発売されていたクルマなので、比較的安心して乗れるのも嬉しいポイントだ。
素晴らしい快楽が待っている話が長くなってしまうためあえてエンジンのみに話題を絞ったが、当然ながらメルセデス・ベンツ C63 AMGは「エンジンだけが凄いクルマ」ではない。
サスペンションやブレーキなども当然すべてが強化された専用品であり、トランスミッションは初期型が7速ATの「AMGスピードシフト・プラス」で、後期型が「AMGスピードシフトMCT」。どちらもイカしたトランスミッションである。また途中からさらに高性能な「パフォーマンスパッケージ」や「ブラックシリーズ」なども追加されていて、こちらもマニア筋には人気の逸品である。
……そんな逸品を「自家用車」に選んでみてはどうか? というのが本稿の趣旨なわけだが、当然ながら以下のように考える人は多いだろう。
「素敵なのはわかるけど、排気量6.2リッターとなると燃費と税金がなあ……」
確かに先代C63 AMGの燃費はよろしくない。乗り方によっても大きく変わるが、おおむねリッターあたり4~7kmぐらいだと思っておけば、当たらずといえども遠からずであろう。
「そうなるとガソリン代もかかるし(しかもハイオクでしょ?)、そもそも環境にも悪そうだしさあ……」
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG別に良いではないか。どうせ「たまにしか乗らないクルマ」なのだ。
たまにしか乗らないのであれば、実燃費がリッター4kmだろうが5kmだろうが、かかるコストなど知れたものである。また普段は電車やバス、あるいは自転車やタクシー等で移動している都市在住者であれば、先代C63 AMGを新たに所有することで増加させるエミッションなど、これまた知れたものであろう。
唯一の問題は、年額で11万1000円に達する「自動車税」か。
メルセデス・ベンツ C63 AMG|Mercedes-Benz C63 AMG……こればっかりはいかんともし難く、収める以外に方法はないわけだが、「それもまた、素晴らしい快楽の対価としては知れたものですよ」と思えるのであれば、ひたすら電動化が進む今、あえてこのクルマに注目する価値は大いにある。
文・伊達軍曹 写真・メルセデス・ベンツ日本 編集・iconic
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