現在位置: carview! > ニュース > 業界ニュース > 【1969年日本グランプリの記憶 (4)】ポルシェの最新鋭マシン「917」のワークス体制での参戦に騒然

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業界ニュース 2019.7.9
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1968年と1969年の日本グランプリで、プライベートレーシングチームの草分けとして日産、トヨタのワークスチームと渡り合い、ビッグマシンの時代を演出したのが滝進太郎率いるタキ・レーシング・オーガニゼーションである。とくに1969年日本グランプリでは同年の世界メイクス選手権を初制覇したばかりのポルシェワークスと提携、選手権獲得の主戦だった908と最新鋭マシンの917を参戦させて日産/トヨタ陣営を震撼させた。(写真は14号車ポルシェ917。(Webモーターマガジン)

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  • nan*****|2019/07/09 13:29

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    ポルシェと日本グランプリの関わりは古く
      ↑
    とは言え基本的に日本の、それぞれ母体が異なるチームからの招聘だからね。
    ワークスチームと言うよりも車両と選手·スタッフに来てもらったという感じやね。
    ただ906の頃まではポルシェならプライベートでも勝てたけど、60年代末期にはポルシェでも勝てなくなった辺りは国産ワークスの進歩と言える。
    因みに瀧の908はヘルマンよりもタナケンの方が速かったので、田中の運転が多くなっている。
    ただ、ル·マンを意識した917とカンナムを見据えた国産勢の車両コンセプトの違いも大きかった様に思う。
    ポルシェワークスの本当の速さを目の当たりにするのは寧ろ80年代の956からになる。
  • sqg*****|2019/07/09 15:08

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    ポルシェと言うより 当時の日本はまだまだ遅れた国””だったね
    スカイラインに代わりR380をプリンスが・・しかしそれは
    ポルシェのコピーマシン で翌年にはこれまでに無い
    新型ポルシェが出て来た際「やはり日本は遅れている」を
    強く感じた小学生時代 今でも後追いばかり
    現在のWECか?のデザインもすべて欧州生まれ
    トヨタHVマシンがどうのと言うたところで
    元はすべて欧州マシンのコピー
    50年以上経ても変わらない 情けないし日本人の限界を感じる

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