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  • nan*****|2018/12/05 12:23

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    70年代は市民向けの商品を造る事に取り組んでいたホンダ、80年代に入ると若年層をターゲットにした商品開発で大きくイメージを変える事に成功した。CMのマッドネスの楽曲にも驚いた方も多い筈。シティ後のCR-Xやシビック、プレリュード等の車両は本当に若いドライバーに支持されたと思う。
    ホンダ=若者向けの車両とのイメージが決定的になった80年代のホンダを象徴する記念すべき一台と思う。
  • hii*****|2018/12/05 12:39

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    ホンダホンダホンダホンダ
  • kat*****|2018/12/05 13:07

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    よろしくメカドック
  • mcm*****|2018/12/05 13:13

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    ブラックのシティターボに乗ってました。
    軽くて速い車でしたがタイヤが12インチで今では軽トラ並みの大きさで車体の剛性も弱くカーブではミシミシとボディが鳴いていました。
    ドライビングポジションも軽トラみたいに上からペダルを踏むような姿勢でした。
    装備もエアコンオプション、パワステ無しパワーウィンドウ無しで貧相でしたが派手なシートやメーターがお気に入りでした。
  • roc*****|2018/12/05 12:49

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    シティターボのMTに乗ってました。
    走行距離が4万kmくらいあたりから運転中にエンジンが頻繁に止まるようになり、一端クラッチをきって3速か4速にいれてつなぎなおして走っていました。最初はメーカーも無償で治してはくれましたが、3ヶ月も経たずに再発。2回目も無償で治してくれましたが、同様に再発。3回目は整備士から「根本的に治らない症状」だと言われ、ホンダ初のターボが原因だといわれましたね。
    燃費も良く、加速も良く、室内もそこそこ広く使えて気に入っていましたが、手放しました。
  • dar*****|2018/12/05 12:52

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    車高を上げて室内を広くしようという考え方は今日のミニバンに通ずる考え方で悪くはなかったが、昔の技術では車高を高くすると安定性が悪くなりそれをカバーするためにサスペンションを硬めにしなければならなかった。だからシティは足回りが固くて乗り心地が悪いと言われてすぐに人気が落ちて改良に改良を重ねた。2代目シティでは車高を下げて足回りを柔らかく設定した。
  • nuv*****|2018/12/05 15:26

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    当時のホンダはこう言う車が作れたから🚗軽自動車を作る必要がなかった、何もつけずに全てオプションという発想は当時なかった今なら考えられないがラジオもスピーカーも無かったメーカー純正のオプションを付けてもらおうと考えいたのだが逆に外品のパーツがたくさん発売されカーショップがたくさんありました。
  • kit*****|2018/12/05 13:35

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    欲しかったんだなぁ。買えなかったけど。幼心にモトコンポが大好きで20年後に乗ることができたが、斬新としか言いようがなかった。先輩のターボ2で葉山の御用邸の塀に激突させると言う、新聞沙汰で最後を迎えた。
  • the*****|2018/12/05 12:49

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    ホンダ・シティが無かったら、今の軽ミニバン(ハイト系ワゴン)の氾濫は無かったかも知れない。

    車高の高いシティをヒントに「ライバルはリッターカー(1000ccクラス)」を掲げて三菱が四角く屋根の高いミニカ&エコノを発売すると、軽自動車は屋根を高くしたモデルが続出。
    すると三菱はさらに屋根を高くしたミニカトッポを発売、後を追ってワゴンRやムーヴが出て今に繋がっている。
  • xot*****|2018/12/05 15:09

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    バンやトラック以外に普通車で原付バイクのモトコンボを車載出来ると聞いた時は凄いと思いました。ブルドッグは素直にカッコイイと思いましよ!!個性溢れる車が多いい時代でしたね!