秋が日に日に深まっていく10月。ドイツの広葉樹はすっかり色づいて、道を落ち葉が埋めるようになりました。首都ベルリンの秋は荒れた天気になることが多いですが、今年は例年になく安定した晴天が続いています。落ち葉を踏みしめつつ、カラッと乾いた気持ちいい空気の中を歩いていると、一台のちょっと懐かしいクルマに出会いました。
今回は、そんな秋のお出かけシーズンにぴったりのエレガントなトールワゴン、ランチア・ムーザを紹介します。
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文芸の女神たちが命名の由来
ランチア・ムーザはイタリアの名門・ランチアがかつて製造・販売していた小型のトールワゴンです。販売期間は2004年から2012年で、日本ではガレーヂ伊太利屋によって少数が並行輸入されていました。販売価格は300万円前後で、かつ5ナンバーサイズに収まる貴重なヨーロッパ車でしたが、左ハンドルのみということもあり、販売数はあまり伸びませんでした。
ランチア・ムーザ(Musa)の語源になっているのは、ギリシャ神話における文芸を司る9人の女神たちです。英語ではミューズ(Muse)と呼ばれ、音楽(Music)や博物館・美術館(Museum)の語源ともなっています。小柄なトールワゴンにつける名前にしては、かなりロマンチックなモチーフですね。
ベースとなったのは、同じグループ内のフィアット・イデアでした。そこにD.F.N(Dolce Far Niente=無為の楽しみ)と呼ばれるセミオートマチックミッションや、ランチア伝統の本革やアルカンターラをふんだんに使った内装を組み込み、プレミアム・コンパクト・トールワゴンとでもいうべき独特の立ち位置を持つクルマに仕立て上げられています。ライバルはメルセデス・ベンツ・Aクラスやシトロエン・C3ピカソといったところでしょうか。
コンパクトな車体に上質な内装を備える
搭載されるエンジンは1.4リッターのガソリンエンジンが2種類、1.3リッターから1.9リッターまでのディーゼルエンジンが4種類で、ディーゼルエンジンモデルを主力としていました。組み合わせられるミッションは先述のD.F.N(5速セミオートマチック)と5速マニュアルで、全長約4メートル、全幅は1.7メートルを切る小型のボディを引っ張ります。
上質な内外装を持つコンパクトカーは古くからヨーロッパ車の得意とするところですが、5ナンバーに収まるサイズのトールワゴンでここまで高品質なインテリアを備えた車は、国内外問わずなかなか見当たらないのではないでしょうか。遮音材を惜しまず使用した室内は静粛性に優れ、オプションではボーズによるサウンドシステムも準備されていました。
ルーフはリアシート上まで続くグラスルーフとなっていて、フロントはチルトアップ付き電動サンルーフとかなり豪華な仕様。トールワゴンスタイルのおかげで室内は広く明るく、ロングホールベースによる恩恵で、ロングドライブでも疲れ知らずの直進安定性を確保していました。
ブランドの存亡危機にさらされているランチア
このように、クルマの出来は決して悪いものではなく、その独特の立ち位置で一部に熱心なファンを持つクルマでしたが、後継車が発表されないまま2012年に生産を終了。2018年現在ではランチアのブランドそのものが存続の危機にさらされています。ラインナップはランチア・イプシロン1車種のみで、かつイタリア国外での販売も終了してしまいました。
フルビア、ストラトス、037ラリー、デルタといったラリーで活躍した名車たち。1950年代のF1における活躍。あるいは、国家元首の公用車として使用されてきた歴史。そうした実績を踏まえると、このままランチア・ブランドが消滅するのはあまりにも大きな損失だ、と考えるのは筆者だけではないでしょう。近年のマセラティやアルファロメオの華麗な復活を見ていると、ランチアにも再び注目が集まる日が来ることを願わずにはいられません。
[ライター・カメラ/守屋健]
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