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業界ニュース 2018.9.14

“バブル”を象徴する1台「シーマ」が今年30周年!──歴代ニッサン シーマを振り返る

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シーマの登場は1988年。セドリック/グロリアの上級に位置するパーソナルユーザーの最高級モデルとして誕生した。フルモデルチェンジしたセドリック/グロリアから半年遅れのデビューだったが、基本をセドリック/グロリアをベースにしながら外観デザインを大きく変えた点や、3ナンバー専用車だった点、当時としては比較的大排気量だった3.0リッターのNAとターボのみの設定だった点で、日本車のプライベートカーとして孤高の存在だった。

時代はバブルの真っ盛りで当時流行ったハイソカーブームの頂点に立つモデルとしてシーマの存在感は大きかった。ボディサイズは全幅1770mmの堂々の3ナンバーサイズ。1.8m越えが当たり前の現在の3ナンバーからすればおとなしいが、約4.9mのロングボディとともにビッグカーとしてのインパクトは大きかった。このびっくりするようなサイズ感もシーマのひとつの魅力でもあった。

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もう一方の魅力は3.0リッターV6エンジン。特にターボは圧倒的なトルクで、アクセルを踏み込むとリアのセミ・トレーリングアーム式のサスペンションを大きく沈み込ませ、フロントを浮かせた迫力のある加速姿勢を見せた。これがシーマ・ファンには堪らないものだった。これはソフトなサスペンションセッティングの為でもあったが、シーマを象徴する姿勢で、ニッサンファンを喜ばせた。

初代シーマは最初の1年間で3万6000台余りが売れ、品薄現象を起こし、高額な高級車がこれだけの人気を呼んだことから、バブル期を象徴する「シーマ現象」と呼ばれた。誰もが中流意識を持てた時代であった。

筆者がシーマのハンドルを握ったのは箱根ターンパイクだと思うが、多くのメーカーが登坂試験をおこなう長く続く急勾配の上り坂を、シーマは分厚いトルクで凄まじい加速力を発揮して駆け登った。正直、今風に言えば「速い!やばい!」と思った。大排気量スポーツカーのような加速を高級セダンが難なく成し遂げたのは新鮮だったのだ。

ハンドリングはスポーツカーのような俊微さは持ち合わせてなく、クルーザーを操るような感覚でコーナーをまわったと記憶する。サスペンションは高出力化にともない硬められたものの、当時の技術では乗り心地とハンドリングの両立がなかなか難しかったようで、妥協点を探るのに苦労していた印象だった。

また、シーマはアクセルの動きに応じて正直にピッチングするために、通常走行の前荷重時と加速状態の後荷重時ではステア特性の変化が大きかった。それだけドライバーにはパワフルで大きなクルマを走らせている感覚を与え、それはそれでマイナス要因でなく、ポジティブな感覚でとらえられてシーマの存在感を大きくアピールできた。

ただブレーキはそれほど強力ではなく、高いスピードから繰り返しブレーキを掛けるとフェード気味になり、それなりに気を配る必要があった。

大ヒットして結局4年間で12万9000台も販売されたシーマは長い納車待ちも発生したが、他に変わるモデルもなく、シーマの一人勝ち状態だった。当時は好調な国内販売を背景に4年スパンでフルモデルチェンジがおこなわれていたが、シーマも例外ではなかった。

しかし1991年に期待されて登場した2代目シーマは、バブル経済の崩壊とともに国内需要が減少した影響をもろに受けてしまい初代のようなヒットには至らなかった。

デザインが大きく変わったことも影響したのかもしれない。初代シーマはセンターピラーレスの明るい印象を持っていたが、2代目シーマはセンターピラーを持つオーソドックスで威厳を持ったフォーマルセダンになったのだ。この2代目からシーマの前についていたセドリック/グロリアの名称は消え、シーマだけの固有名詞となった。

エンジンはインフィニティQ45の系統の自然吸気4.1リッターV8エンジンを搭載したが、2年後のマイナーチェンジで3.0リッターV6ターボが復活した。2代目はボディ剛性が高く、静粛性など大きくレベルアップしたが初代ほどの弾けた雰囲気を持っていなかったため、クルマのレベルは上がったものの市場からはそれほど評価されなかった。バブルの崩壊に合わせたかのような堅実な高級車だったが、経済の低迷はその復活を許さなかった。

1996年登場の3代目は2代目から打って変わってアグレッシブなデザインだったが、プレジデントを除くニッサンのフラグシップカー、インフィニティQ45が市場から撤退したため、3代目シーマはトヨタ セルシオにも対峙する宿命を負わされた。多面的に守ることが多くなったシーマは、さらに苦戦を強いられた。

先代と同じ4.1リッターV8エンジンの動力性能はともかく、悪路で突き上げ感のある後席の居住性など、VIPが満足するにはやや力不足だったのは否めない。また、随所にコストダウンの影響を感じる“安っぽさ”が目立ち、クオリティではライバルのセルシオと雲泥の差だった。

2001年に登場した4代目シーマはプラットフォームをプレジデントと共用し、エンジンも新たに4.5リッターV8エンジンを搭載した。ちょうど、カルロス・ゴーンの下、ニッサンが大きく変わり始めた時期のモデルだっただけに、特徴あるヘッドランプをはじめとする斬新なエクステリアデザインなど、意欲的な1台でもあった。

また、レーンキープサポートを世界で初めて導入するなど“技術のニッサン”らしい先進的な取り組みを見せたが、もはや販売は戻ってこなかった。次第に厳しくなる安全基準や市場の縮小で2010年にシーマの系譜はいったん途絶える。

しかし2012年、フーガ・ハイブリッドの姉妹車として復活し、今に至っている。

現行シーマのベースは、販売好調な中国市場に投入したフーガ・ハイブリッド(現地名:インフィニティM35h)のストレッチ版だ。ホイールベースを150mm拡大し、後席居住性を高めている。

パワートレーンの完成度は高いものの、積極的に運転したくなるような類ではなく、運転手に任せて、自らはリアシートに腰掛けていたくなるようなクルマだ。歴代シーマのようなプライベートカーとしての面影は微塵もない。

こうしてみるとシーマは時代の流れを映しているのが良くわかる。華やかなバブル期の爆発的な性能とそれに続く経済の急速な鈍化を反映した時期の堅実なまとまりかた、そしてインフィニティQ45やプレジデントとのモデル統合を経て、フーガとの兄弟車種として復活する……。こうしたストーリーに映し出されるのは、メーカーのときどきの御家の事情である。

シーマは、ここ30年あまりのニッサンの浮き沈みを、もっともわかりやすく見てとれる1台なのだ。

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(GQ JAPAN 日下部保雄)

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