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業界ニュース 2017.10.12

時代を25年先取りしすぎた最先端SUV いすゞビークロスの軌跡

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今や世界的なSUVブーム真っ只中。SUVもクロスオーバーが基本となり、オンでもオフでもシーンを選ばないだけでなく、スポーツセダン顔負けの走りが楽しめるモデルまで現れるようになった。

しかし、ほんの一昔前まで、「スポーティなSUV」なんて存在しなかった。そのニーズにいち早く気づいていたのは、SUVにもロータスチューンを取り入れるなど、走りにも拘っていたいすゞであった。

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そんないすゞが今から約25年前に発表した、スポーツSUVの先駆け「ビークロス」。当時は「珍車」と言われていたこのクルマの辿った数奇な運命を紹介したい。

文:大音安弘 写真:ISUZU

■SUVの走りにこだわったいすゞの意欲作

1993年の東京モーターショーで、いすゞが1台の新しいSUVのコンセプトカーを出展した。その名は“VehiCROSS(ヴィークロス)”。従来のSUVの概念を大きく覆すスポーティな3ドアのスタリングが与えられていた。

チーフデザイナーを務めたのは、のちに日産自動車のデザイン本部長となる中村史郎氏。乗り心地を含めた高速走行性と悪路走破性を高次元で融合させることを目指し、コンセプト段階では、ジェミニのプラットフォームをベースに開発されたクロスオーバーSUVだった。

出展されたコンセプトカーは、カーボン素材とアルミを取り入れた軽量なボディ構造に1.6L直列4気筒直噴エンジンにスーパーチャージャーを加えた新しいものを搭載するなど、軽快な走りを目指していたことが感じられる。モーターショー会場での来場者の反響が高かったことを受け、すでにSUV以外はOEMが基本となり、どんどん規模が縮小されていたいすゞの乗用車部門は、再起をかけてこのモデルの市販化に乗り出した。

■そのままの姿で世に出たコンセプトカー

東京モーターショー出展から約3年半後となる1997年3月、“VehiCROSS(ビークロス)”は世に送り出された。コンセプトカーと異なる点は、生産性とコストの面からプラットフォームはビックホーンのショートボディものを流用した点。それにエンジンもパワフルな3.2Lの自然吸気ガソリンエンジンに換装。駆動方式は、ビックホーンにも採用される電子制御トルクスプリット4WDを搭載し、トランスミッションは4速ATのみだった。好評だったデザインは、プラットフォームの影響により、ややロングノーズ化されていたが、コンセプトカーそのものと言っていいほど、市販車に十分に反映されていた。

装備も豪華で、レカロ製セミバケットシート、エアバック内蔵のMOMO製レザーステアリングのほか、デザインにより犠牲となった後方視界を確保するために当時まだ珍しいバックカメラが標準化されていた。凝ったスタリングから製造にも手間がかかったが、価格上昇を抑えるべく、いすゞ車のみならず、他メーカー車からもパーツを流用することで、現実的な295万円(標準仕様)としていた。

■時代を先取りしすぎた傑作

それまで存在しなかった「スペシャルティSUV」という新ジャンルを確立したものの、当時はまだRVブームの名残が強く、ライトSUV以外は、乗用車ライクな快適装備を備えた本格SUVがマーケットの中心であった。

時代としては、高級クロスオーバーSUVを確立した初代ハリアーのデビューが1997年12月であり、スポーティさを強調したSUVの存在は時期尚早であった。このため、ビークロスの販売は決して成功とはいえず、わずか2年で販売終了。いすゞは国内乗用車市場から撤退していく。

環境問題意識の高まりや原油高を受け、本格SUV市場も、一時氷河期を迎えるが、レンジローバースポーツの登場をきっかけにこのカテゴリーは息を吹き返し、オンロードでのスポーツセダン勝りの走行性能も当たり前となった。

時代の波に乗り切れなかったVehiCROSSだが、そのままでは終わらず、日本市場撤退後は、活躍の場を北米向けに移し、市場拡大を狙う。それを示すように、1999年にはオープン仕様の「VX-O2」、2000年には5ドア化を図った「VX」というコンセプトカーを発表しているが、これらが市販化されることはなかった。

しかしVehiCROSSが描いた戦略を見ていると、あの大ヒット高級クロスオーバーSUVを思い出す。そうジャガー・レンジローバーの再起のきっかけとなったレンジローバー・イヴォークだ。もしVehiCROSSが絶妙なタイミングで発売されたら、あるいはもう少し、せめて10年後に市販されていたなら……いすゞの乗用車の未来も変わっていたかもしれない……。そんな思いは、少々飛躍が過ぎるかもしれないが、その夢は大いなる可能性を秘めていたといえるだろう。

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(ベストカーWeb 寺崎彰吾)

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