バイクの走行描写が光る『スローなブギにしてくれ』導入部分
「オートバイ小説」というジャンルを広め(後に続く作家も、作品もなかなか魅力的なものが現れないが……)、70~80年代の若年バイク人口の増加に貢献した作家が片岡義男だ。
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モーサイwebで以前にも映画化された片岡義男氏の小説作品『彼のオートバイ、彼女の島』と登場車のカワサキW3を紹介したことがあったが、本稿の『スローなブギにしてくれ』も映画化され、オートバイが重要な存在で登場する作品だ。
こちらは、前述した『彼のオートバイ、彼女の島』や『ときには星の下で眠る』『幸せは白いTシャツ』『長距離ライダーの憂鬱』のようにオートバイ小説とうたっているわけではない。だが、オートバイが主人公の生活の一部とも言える点で、同ジャンルと言っていい作品だろう(ともかく当時の片岡作品には、オートバイが登場する短編も数多いのだ)。
『スローなブギにしてくれ』の主人公ゴローは高校3年生のようで、最初の高校を素行不良で退学させられ、今は別の私立高校の生徒──。
とは言うものの、気が向いた時にしか登校しない。普段から相棒のホンダ CB500Fourで、何とはなく気ままに走り回る日々を送る青年だ。「十八歳、一メートル六三の背丈に五〇キロを割る体重。歩き方はとても軽い(後略)」と記述され、髪はポマードでオールバック。小柄で鼻っ柱の強い青年を想像させる。
そんなゴローが第三京浜の待避所でバイクを止めて休憩しているとき、本線を走るムスタング・マッハ1の窓から子猫が数匹放り投げられてきた。
そこからしばらくCB500Fourでのムスタングの追走が始まるが、その際の走りの描写がリアルだ。
「直進できる位置に自分をきめ、早いけれども正確なタイミングで、一速の五000回転から四速にかきあげた。音を頼りに八000を三00ほどこえたあたりでホールドした。ギヤはすでに五速だ。ミラーのぶれが、不思議なほどぴたりととまっていた(後略)」
この後もゴローが操るCBの描写は続くが、当時の片岡作品には走行時のバイクの特徴が詳述されることが多い。おそらく、著者自身が実際に走らせて感じたことに拠ったもので、しかも登場する車種も著者自身が気に入った機種の中から、主人公に合わせてモデルを選んでいるのだろう。
ちなみにCB500Four、おそらく氏の相当お気に入りの一台なのか、後に発表の作品『長距離ライダーの憂鬱』でも登場している。
重要な小道具だった「静かなる男の500」
そんなCB500Fourは、ホンダのCB4気筒シリーズの第2弾として1971年春に登場したが、有名なキャッチフレーズは「静かなる男のための500」。
ちなみにホンダ4気筒のフラッグシップとして登場し、世界的な反響を得たのが1969年に登場のCB750Four(K0)。当時、その強大なパワー(67ps)と堂々とした風格で一躍脚光を浴び大ヒットを記録したものの、乗り手を選ぶ大きな車格、重い車重でもあった。
そこで第2弾のCB500Fourに与えられたのが、どんなライダーにも御しやすい車格、必要十分な上に余裕もあるパワー(48ps)であり、訴求するライダーとして「静かなる男」のフレーズが選ばれた。その意味するところ、必要以上に主張しないが、乗る人が乗れば十分速いモデル。違いのわかる大人のライダーの乗り物といったところか。そして、CB500Fourは、ベテランや違いのわかるライダーの支持を集めてスマッシュヒットを記録した。
CB500Fourは筆者も試乗経験があるが、手の内で操る感覚で持て余さない車格、ホンダ製エンジンらしくフラットなトルクできっちり車速が乗り、従順なパワーの出方をするところなど、確かに乗り手の正確な操作で速くもゆったりも流せる特性に好感が持てた記憶がある。
閑話休題。そうして作品の冒頭は、怪しげなムスタングとCBの追いかけっこから始まるのだが、その後第三京浜の路上脇へ減速したクルマのドアからは、猫に次いで若い女がひとり転げ落ちてきた。彼女の名はさち乃。
誘ってきたおじさんの車に乗ったはいいが、謎の気変わりか、途中で捨てられて路上に追い出されたのだ。ゴローと同い年の家出同然の少女という設定で、ここから宿無し猫好きの彼女と、アパートで独り住まいのゴローの奇妙な同棲生活が始まる。
ただし、当時の片岡作品の多くがそうであるように、登場人物には具体的な生活感がない。どんな風に生計を立てて暮らしているのかわからないし、気まぐれでしか行かない高校をゴローはなぜ退学にならないのかとか……。
だが、この雰囲気メインでさらりと読める短編を読み進めるうち、その辺は正直どうでもよくなってくる。そしてゴローが当て所もなくCB500Fourを乗り回している自由な風情と、そこからどこへでも行ける気ままさに、引かれていくのだ。
ムスタングの窓から捨てられた猫たちのせいで、喪失感に中にあるさち乃は、猫をもらいにバイクのタンデムで出かけたり、近所の捨て猫を拾ってきたりで、ゴローのアパートはみるみる猫だらけに。そして、その猫をゴローがムスタングの男と同じように捨ててしまったりと、今なら動物愛護協会が俄然黙っていない展開へと進む。
結局、再び失意に陥ったさち乃はゴローの元を出ていく。ゴローは構うものかと強がりながらも酒に溺れ(はい、もちろん未成年は禁酒です!)、大いに荒れる日々。
ところがひょんなことに、さち乃は二人の行きつけのバーに顔を出して舞い戻り、未熟な男女の若い人生はひとまずのハッピーエンドとなる。
小説のタイトルは、作品のエンディングで、二人の再開を祝してジュークボックスの曲をプレゼントしてやろうというマスターの問いに、ゴローが緊張しながらキザに応えるセリフなのだが、その最後のシーン、なかなかオシャレ。
舞台設定も話の展開も昭和の時代色プンプンで、今の若者に共感されるかどうか怪しいけれど、80年代前半にバイクに魅せられた10代の中・高校生にとって、ちょっと自分よりも自立している風でスレた主人公が、魅力的に映ったのだ。
長らく絶版だったが、2001年に新装版が発売されているほか電子書籍版も入手可能なので、もし興味のある筆者と近い世代……40~50代の方は探して読んでみてください。
まるで雰囲気の異なる映画版『スローなブギにしてくれ』
冒頭で触れたように、この作品は同名タイトルで1981年に映画化されているが(『彼のオートバイ、彼女の島』同様に角川映画)、これが個人的に全く期待外れだった。
映画の中の主人公ゴローは、がらっとプロフィールが代わり、配役は当時若手俳優だった古尾谷雅人(故人)。さち乃役も、当時の新人女優だった浅野温子。さち乃はまだいいとして、ゴローはイメージが違いすぎる。小柄な小説の主人公に対して、古尾谷は身長188cmの大男。またそんな彼が劇中に乗るのは当時新車販売されたいたホンダのスーパーホークIII(400cc)。
スーパーホークIIIは、ホンダが70年代後半に新開発した3バルブOHC2気筒を搭載したホークシリーズの最末期モデルで、広告では当時売り出し中のライダー、フレディ・スペンサーを前面に使用するなど、宣伝にも相応の力が入っていた。
しかし実質的には後のV4(VF400F)や直4(CBX400F)のヒット作が出る前の延命の色合いが強いモデルだった。
鮮やかな赤ボディは目を引くものの、先に小説から入りCB500Fourの渋い存在感を想像していた筆者には興醒めな選定で、しかもそのスーパースポーツ然とした雰囲気のマシンに、大柄な古尾谷が白のジェットヘルにゴーグルで乗るというアンバランスぶりだ。
おまけに、原作の短編だけでは映画の尺にするにはエピソードが不足しているため、脚本には片岡作品の他の短編集の内容も含んで大幅に作り替えられたというから(これは後に知った)、小説からの違和感を盛りだくさんに抱いて当然だろう。
登場人物のキャラクターやそれに見合うオートバイについてこだわりを持っていたであろう原作者の片岡氏は、この大変貌した同名タイトルの映画にどんな気持ちだったのか知るよしもないが、小説と映画化作品の落差の代表例としても『スローなブギにしてくれ』は個人的に記憶に残る作品である──。
レポート●阪本一史 写真●八重洲出版『モーターサイクルクラシックNo.1』(岡 拓)/阪本一史/KADOKAWA 編集●上野茂岐
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みんなのコメント
逆に「彼のオートバイ・彼女の島」は、原作通りのW3でヒットした。