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池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第23回:記憶に残る4ドアセダン】

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池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第23回:記憶に残る4ドアセダン】

4ドアセダンにも“走る喜び”を求めてしまう

極東の小さな島国でありながらスーパーカーの巨大マーケットとして名を馳せる日本。なぜ、日本人はスーパーカーが好きなのだろう・・・そう考えた時、1975年に週刊少年ジャンプで連載が始まり、空前のスーパーカーブームを生み出した名作『サーキットの狼』が大きな影響を与えたことに気付く。さらにはバブル経済で浮かれた1980年代から1990年代初頭、『サーキットの狼』の第2章として連載された『サーキットの狼II モデナの剣』も日本におけるスーパーカーの隆盛を支える一因になった。

池沢早人師が愛したクルマたち『サーキットの狼II』とその後【第23回:記憶に残る4ドアセダン】

自動車漫画の草分け的存在『サーキットの狼』と『モデナの剣』の作者である池沢早人師先生は、日本のモータリゼーションの発展に大きな影響を与えた第一人者であり、フェラーリ、ポルシェ、ランボルギーニなどの歴代スーパーカーを所有してきたフリークとしても知られている。その愛車遍歴によって「池沢早人師=スーパーカー」のイメージが定着しているが、実は愛車遍歴の中には錚々たる4ドアセダンも存在する。今回は「池沢先生が愛した4ドアセダン」というテーマでアーカイブを振り返り、3台のモデルについて語っていただいた。

歴代スーパーカーの狭間に手に入れた憧れの高級セダン

ボクの愛車遍歴を振り返ると実に数多くのクルマを乗り継いできた。なかには勢いで手に入れたもののすぐに手放してしまい、記憶から消えてしまったクルマもある。振り返ってみれば、愛したクルマは80台近くになるのかな。クルマとの出逢いはボクの人生の中で大きな意味を持ち、過ごしてきた人生を充実させてくれたことは間違いない。

トヨタ 2000GTやロータス ヨーロッパとの出逢いが『サーキットの狼』を描くきっかけとなり、フェラーリ 348は『モデナの剣』の主役車になった。スーパーカーは憧れであり仕事の相棒でもあるが、ボクの愛車遍歴に「4ドアセダン」が存在することはあまり知られていない。池沢さとし(現:池沢早人師)のイメージとしてはスーパーカーのイメージが強いからね。

Rolls-Royce Silver Shadow II

目標を実現するために手に入れた「ロールス・ロイス シルヴァーシャドーII」

1969年に『怪童のひびき』で漫画家デビューを果たし、1975年から連載を始めた『サーキットの狼』で大きな手応えを感じることができた。当時、連載していた週刊少年ジャンプは毎週読者からの人気投票があって、支持を得られなければ10週打ち切りで有名なシビアな世界。漫画家として成功するのは宝くじに当たるよりも確率が低いだろう・・・。ボクは漫画家になって、25歳までに少年ジャンプでトップになるんだと強く誓っていた。

そしてもうひとつの想いがあった。それは“自分の城“を持つこと。小さなアパートで漫画を描き始め、『サーキットの狼』というヒット作品によって世の中で認知された証として、ボクは30歳までに家を建てることを大きな目標にしていた。それも、何台ものクルマを納めるガレージ付きの家。そして、その夢は目標だった30歳の手前、29歳で実現することができた。当時はフェラーリ 512BB、ポルシェ 930ターボ(2台目)、ランボルギーニ カウンタック LP400Sを持っていたんだけど、ステイタスシンボルとして同じガレージに迎え入れたのが「ロールス・ロイス シルヴァーシャドーII」。この時がボクのクルマ道楽のピークであったとつくづく思う。ずっとこの夢を抱いて、追いかけて、頑張ってきたんだ・・・幸運も含めてね。

20代の最後に目標を達成できたご褒美の意味を込めて手に入れた愛車は1979年式で、ホワイトのボディにオーダーした赤い内装がゴージャスな印象だった。ボディサイドには内装と同じ赤のピンストライプを入れたオリジナルスタイル。今でも白いボディと赤色の内装はボクのトレードマークのようなものだけど、その始まりはこのロールス・ロイスから。当時所有していたクルマのラインナップからして、購入するロールス・ロイスは4ドアと決めていたが、シルヴァーシャドーIIは素晴らしいクルマだった。堂々としたボディと上質な内装、分厚い絨毯は土足で乗り込むのが申し訳ないほど贅沢だった。土足厳禁ではないけど、靴を脱いで足の裏で味わうフカフカの感覚は本当に気持ち良かった。

最上級の極みにあったシルヴァーシャドウII

実際に乗った印象は最上級の極みというか、大海原を優雅にクルージングする帆船のようななめらかで滑るような極上の乗り心地は今も忘れられない。細いステアリングを握りながら小指で操作できる軽いタッチのシフトは絶品だった。運転席からの眺めもアイポイントが高く、今でいうSUVみたいな視認性の良さも大きな特徴だね。視界に入るフェンダーの膨らみやボンネットの先端で両腕を翳すフライングレディの存在感も絶妙な演出。エンジンは低回転からトルクが太く静かにスルスルと走り出す印象。

フェラーリやポルシェとは対極にある高級感にボクは一発で虜になってしまった。スーパーカーとジャンルは違うけど、これもまた“スーパー”なクルマだったね。仕事の合間やちょっと時間のある時にはガレージに停めたロールス・ロイスの後部座席に座り自分だけの時間を過ごすことも多かった。上質なコノリーレザーとローズウッドが癒しの時間を与えてくれて「よし頑張るぞ」という活力にもなったしね。

当時、『サーキットの狼』の連載が終わって『シャッターシャワー』というカメラマン漫画を週刊プレイボーイで描いていたんだけど、その漫画を描くきっかけというのがアイドルと親しくなりたいという不純なものだった。実際、コニカのスポンサーを得て取材活動の一環としてアイドルを撮影していた時期が1年間ある。撮影にロールス・ロイスで乗り付ける姿は漫画の中のキャラクターそのものだった。

それから夜中に首都高を走り回っていた時期もあり、自分で「シュトコーの白鯨」と名付けていた。シルヴァーシャドーIIはゆっくり走るクルマだと思っている人も多いと思うけど、首都高を走ってみるとハイアベレージの走りも楽しいことに気がついた。車重があって足まわりもソフトだけどロールアングルが味方をして意外と踏ん張りが効く。アクセルの加減でロールが安定する場所があって、その領域では姿勢をしっかりと保ってコーナリングすることができるんだ。アクセルを踏んでいる限り破綻することがないのも世界のVIPや要人を乗せるロールス・ロイスらしい安全のために秘めた性能なんだろうね。

昼夜にわたる“クラブ活動”にも活躍

ネガティブな部分と言えば燃料計のメーターがいい加減なところかな。ガス欠寸前まで乗るようなクルマじゃないから仕方ないんだけど、ドライブの帰り道で燃料計の針がまだあるのに交差点で止まってしまい、角にあったスタンドまでクルマを押したことがある。後ろは大渋滞だったけど誰もクラクションを鳴らさなかったね(笑)。

その後、シルヴァーシャドーIIはフェラーリ 400ATと交換して欲しいとの話があって手放してしまうんだけど、1982年には再びシルヴァーシャドーIIを手に入れてしまった。ボクの悪い癖で、スパッと手放してしまう割にはまた乗りたくなって2台目を買うことがある。愛車遍歴の中にはフェラーリ 512BBやテスタロッサ、ポルシェ 930ターボ、マセラティ グラントゥーリズモなど、時を経て2度買い直したクルマが数多く存在しているがシルヴァーシャドーIIも同様だ。今度は白のボディにクリーム色の内装を選んだけど、このクルマでも最高の時間を味わうことができた。

1983~84年当時、RJとかRS(ミニGCマシン)と呼ばれるスポーツカーレースに出場していたけど、筑波サーキットで20分の予選を走り終わるとその日は終わり。暇なのでロールス・ロイスで六本木の“クラブ活動”に出動し、そのままお気に入りの娘をピックアップして翌日の決勝レースでは自前のレースクイーンにするなどしていた。まるで昼も夜もレースをしていたような・・・いろんな意味でやんちゃな33歳頃だった。

また、友人たちを乗せてゴルフに行く時にもロールス・ロイスは最高の相棒になってくれた。トランクには4つのゴルフバッグが縦に入り、着替えのボストンバッグも余裕で納めることができた。今でもそうだけどボクはショーファードリブンが性に合わずどんなクルマでも自分で運転する。ロールス・ロイスに乗っている時も同様だったから、ボクは運転手に見られていたかもしれないね。

Jaguar XJ12 Sovereign

トラブル知らずの「ジャガー XJ12 ソブリン」

メルセデス・ベンツ 190E 2.3-16の回でも話をしたけど、友人がボクの2.3-16に惚れこんでしまい、彼が所有していた個人輸入の「ジャガー XJ12 ソブリン」と交換することになった。ボクとしては190E 2.3-16にあまり愛着が持てなかっただけに渡りに船というか、わらしべ長者的な感覚で交換に応じたんだけど、愛車になったジャガーはとても良いクルマだった。英国的なスマートさと上品さを持ちながらも、しっかりと乗員を満足させる乗り心地を持っていたからね。

当時の高級4ドアセダンはドイツ製の硬めの乗り心地か、アメリカ製のフワフワの乗り心地の両極端が当たり前の時代だった。しかし、ジャガーはその中間というか、快適ではありながらもハンドルを握る楽しさを上手に共存させていたのが印象的だった。凸凹の段差ではサスペンションだけが伸び縮みして乗車する人の頭の位置が変わらないしなやかさがあり、ロングドライブでも快適な走りを披露してくれた。

愛車となった1985年式のジャガー XJ12 ソブリンはホワイトのボディに紺色の内装だったけど、その組み合わせが英国的で好きだった。まるで豪華なリビングでくつろいでいるかのように思わせてくれるクルマで、細いステアリングや“Jゲート”と呼ばれる繊細なシフトパターン、ウッドを贅沢に使いながらも派手過ぎないメーターパネルはジェントルそのもの。搭載されるV型12気筒エンジンは高回転型ではないけれど、どっしりとした安心感を与えてくれた。

ドライバーズカーとしても良く出来ていたXJ12

今まで12気筒といえばフェラーリやランボルギーニでしか味わったことがなかったボクにとって、紳士的な12気筒エンジンはとても新鮮だった。飛ばさない12気筒、アクセルをフラットアウトしなくてもストレスを感じない12気筒エンジンが世の中に存在していることが驚きだった。上品なセダンというイメージはロールス・ロイスと共通するところがあったけど、ジャガーはドライバーズカーとしても良く出来たクルマだった。唯一足りなかったのはブレーキ容量かな。重量のある12気筒エンジンっていうのも大きく影響していたんだろうね。

スタイルはセダンでありながらも“おやじ臭さ“は全然なく、絞り込まれたリヤエンドのデザインは秀逸。4ドアセダンなのにジャガーEタイプを思わせる美しさがある。実用性は4ドアセダンだけど、ドライブしている時にはクーペのような洗練さが漂うのもジャガーらしいポイントだね。そしてとにかく乗っていること自体がカッコイイ。運転している自分が紳士になったような気持ちにさせてくれるのもお気に入りのポイントだった。

このクルマはゴルフのお供としても活躍してくれ、美しく絞り込まれたリヤデザインだけどギリギリ4つのゴルフバッグを縦に収納することができた。当時は「ジャガー=トラブル」というのが定説だったけど、ボクの愛車はトラブルフリーで2年間を過ごした。友人たちには「池沢さんのジャガーはアタリだよ」といわれたけど、壊れないジャガー XJ12 ソブリンは至極のセダンとして今も記憶に残っている。

Mercedes-Benz C 63 AMG

コンパクトな「C 63 AMG」はパワフルなヤンチャ小僧

2008年、我が家にやってきたのが「メルセデス・ベンツ C 63 AMG」だ。これまでにも数多くのAMGに乗ってきたけど、Cクラスのコンパクトなボディに6.2リッターのV8エンジンを積んだ小さなギャングはとにかく暴れん坊だった。当時のMBJ(メルセデス・ベンツ日本)で発売と同時にオーダーしたんだけど、ガンメタリックのボディと漆黒の内装が悪そうなイメージを放っていた。

なぜこのクルマを選んだのかといえば、当時のDTMで活躍していたことが大きい。4ドアセダンでありながらもサーキットを駆け抜けるエキサイティングな走りはレース好きのボクの心を鷲掴みにした。ツーリングカーレースでは他のクルマとバンバン接触して、縁石を引っかけてインリフトしながら走る姿は憧れだったからね。当時のF1ドライバーが乗っていたことも選んだ理由のひとつかな。

パワーに溢れタイヤの消耗も凄まじかった

Sクラスに載せてもパワフルなエンジンをCクラスのボディに乗せているんだから、その走りが強烈だってことは誰の目にも明らかだ。実際にステアリング握ってみるとその楽しさを公道で味わうのは危険すぎるくらいのパワー&トルクの塊。アクセルを踏み込めばリヤタイヤが空転して爆発的な勢いで加速する。ボクの運転だとタイヤの寿命は5000から6000kmがやっとだった。気がつくとリヤタイヤがツルツルになっているから恐ろしい。タイヤの寿命はフェラーリやポルシェよりも短かったけど、これが車重とパワーを持つAMGの定めなのかもしれないね。FRマシンとしての面白さを楽しんだ。

もちろん、ブレーキパッドやローターも定期的に交換しなければならず、その度に100万円コースのお支払いが待っていた。ある時、高速道路でニッサン R35GTRと走ってみたら加速性能は負けていなかったのには感動した。日本のスポーツカーの頂点にも負けない加速性能は大したものだね。これが過給器に頼らないNAエンジンなんだから、AMGのチューニング技術は本当に天下一品。モータースポーツの世界で鍛えただけのことはあると思う。ただし、Cクラスなのに6.2リッターの排気量だから自動車税の高さにビックリ。そんな部分すらも「羊の皮を被った狼」だった。

ダイレクトなハンドリングと楽な取り回しが嬉しい

それにエンジンも素晴らしかったけど足まわりのセッティングも抜群で、セダンでありながらもダイレクトなハンドリングは乗っていて楽しく、ノーズの重さをさほど感じないくらいだった。高速道路での直進安定性も抜群だし、曲がりくねったワインディングでも実力を発揮してくれた。サイズ的にはポルシェ 911と変わらないサイズ感だし、フロントタイヤが入るので都心の街乗りでも取り回しが楽なのは嬉しい限り。それに加えて感動したのがシートの形状。サイドサポートがしっかりと効いていてポルシェ 911並にスポーティな座り心地だったからね。結局C 63 AMGはお気に入りで、5年オーバーかつ5万km以上走った。

トランクはやはりコンパクトなCクラスベースだからゴルフバッグは3つが限界。でも、これだけのパワーがあって楽しいクルマなのに、実用的なトランクが付いた4ドアセダンっていうのは凄いことだと思う。総合力としは90点以上を付けられるクルマだね。マイナスの10点分はタイヤの減りが早いことと税金が高いこと(笑)。C 63 AMGは、以前に乗っていたSL 55 AMGがよくできた長男なら、小生意気な愛すべき末っ子って感じだった。

セダンでもスポーツカーでもドライバーを納得させる理由が大切

ボクの愛車遍歴のなかにはスーパーカーだけでなく乗用車や4ドアセダンも存在するけど、その多くは「運転する楽しさ」を秘めたクルマであり、今回紹介した3台も楽しさを与えてくれた素晴らしいクルマだった。特に1台目のロールス・ロイス シルヴァーシャドーIIは自分の描いた夢を実現してくれたクルマであり、今も良き思い出として心の中に残っている。

パワーや加速性能、最高速度だけでクルマの優劣を語ることはできないけど、便利な家電製品のようになってしまった最近のクルマたちにはあまり魅力を感じない。クルマが進化を遂げ、安全性を高めることは必要だけど、知能を持ったクルマに「乗せてもらう」と言うスタンスはボクの中には存在しない。クルマを操るためにドライブスキルを磨くことが求められ、そして乗りこなす努力をする。そのレベルが高いクルマほど面白く、楽しいのではないだろうか?

例えそれが4ドアセダンであってもドライバーを刺激する何かを持っていれば、ボクのクルマ選びの琴線に触れることになる。これからも数多くのクルマと出逢い、また手に入れたくなることもあるだろう。しかし、そこにはボクを納得させる理由が必要になることは間違いない。

TEXT/並木政孝(Masataka NAMIKI)

文:GENROQ Web 並木政孝
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