常に時代の最先端に立つ技術で競われるモータースポーツの世界。その世界において高い評価を得たレーシングカーデザイナーは、ロードカーの開発においても有能なのか? 高名なレーシングカーデザイナーが手掛けた市販車を紹介していく本シリーズの第1回は、ブラバム&マクラーレンF1チームでらつ腕をふるったゴードン・マーレイの最新作「T.50」にスポットを当てていく。
文/長谷川 敦、写真/Newspress
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【画像ギャラリー】天才ゴードン・マーレイの作った3億5000万円の市販モデル T.50の全魅力【レースカーデザイナーが手掛けたスーパーカー】
F1デザインの革命家はロードモデルもアバンギャルド?
南アフリカ出身のゴードン・マーレイは、’70年代のブラバムF1チームでチーフデザイナーを務めた人物。三角断面モノコックのBT43を皮切りに、車体後部に大型のファンを装着して強大なダウンフォースを得たBT46B、そして直4エンジンを傾けて搭載することによって驚くべきローダウンを実現したBT55など、数多くの独創的なマシンをプロデュースしている。
それらすべてが成功作とは言い難かったが、誰も思いつかないようなアイデアを具現化する能力に秀でていた。そしてマクラーレンチームに移籍すると、1988年に16戦15勝という、いまだ破られぬ金字塔を打ち立てたマクラーレンホンダMP4/4の開発に貢献した。ちなみにマクラーレンホンダMP4/4のコンセプトは、熟成不足により失敗に終わったブラバムBT55からほぼそのまま引き継がれたものだった。
1988年のマクラーレンホンダMP4/4。前年度型より低重心化されたホンダV6ターボエンジンを活かし、ローラインフォルムに仕上げられる
こうしてF1GPにおいて名を遂げたゴードン・マーレイだったが、やがてレース部門からは身を引き、マクラーレン初のロードゴーイングカー開発に傾注していった。その結果誕生したのが1991年登場のマクラーレンF1だ。マクラーレンF1最大の特徴は、ドライバーが車体の中心線上に座り、パッセンジャーはその両サイドという変則的なシート配列で、理想的な重量配分が生み出すハンドリングも魅力のひとつになった。
マクラーレンF1。ロードゴーイングモデルとして設計されたものだが、1995年のル・マン24時間レースで総合優勝を飾るなど、レースでも大活躍を演じている
スポーツカーの理想は変わらない? 30年後のリニューアル
そんなF1の登場から約30年、マクラーレンを離れて自身の会社である「ゴードン・マーレイ オートモーティブ(GMA)」を設立したマーレイが作り上げたのが今回の主役・T.50だ。
ゴードン・マーレイのキャリア50年と、通算50作目を記念したネーミングを持つT.50は、マーレイ自らがアナログスーパーカーと呼ぶマシンで、コンセプトや構造などは、初のロードゴーイングカーであったF1と多くの点で共通している。
ドライバーシートはやはり車体の中央に着座し、その後ろに自然吸気式V12エンジンを搭載するのも同様だ。そのほかにも、リアにファンを搭載して車体下部の空気を引き抜き、ダウンフォースを発生させるシステムもマクラーレンF1のそれを踏襲している。だが、この30年の技術的進歩は、ゴードン・マーレイのプロデュースするマシンに多大な変革をもたらした。
素材の大幅な進化により、最新T.50の重量は986kgに抑えられた。これはマクラーレンF1と比較して約150kgも軽いことになる。フォーミュラカーと同様のスタイルを採用したモノコックとボディはカーボンファイバー製で、必要十分な剛性を確保しつつ軽量化に成功。ライトウェイトはスポーツカーにとって重要な要素となるのは常識であり、これがT.50に抜群の加速力とコーナリング性能をもたらしている。
キャビン中央にドライバーズシートが位置し、パッセンジャーシートは後方にオフセットされるかたちで両サイドに。このレイアウトはマクラーレンF1と同様だ
目的に応じた6つのモード。変幻自在の空力デバイス
T.50のコーナリング性能を高める要素は軽量な車体だけではない。ボディ後部に搭載された直径400mmのファンによって発生するダウンフォースが車体を路面に押し付け、タイヤのグリップを大きく向上させている。加えてこのT.50では、6種類のエアロモードが選べるのも特徴となっている。それらのモードのうち、ハイダウンフォースモードでは、ファンの能力をフルに活用すると同時に後部スポイラーの角度が変化し、通常状態に比べて50%ものダウンフォースが得られる。
反対にストリームラインモードで直線スピードを向上させ、ユニークなV-MAXブーストでは、ファンを駆動する48Vモーターの回転をドライブシャフトに伝えるとともにエンジンのラム圧をアップし、瞬間的には700psのパワーを発生させる。
大型ファンで底部の空気を吸い出して車体を路面に押し付ける。1978年に実戦投入されるが、1戦1勝で退場したブラバムBT46B“ファンカー”がそのルーツ
3.9リッターのコスワースGMA V12エンジンは、英国のレーシングエンジンコンストラクター・コスワース社がゴードン・マーレイ オートモーティブのために開発したもの。ターボチャージャーやハイブリッドシステムを使用しないピュア12気筒エンジンは、1万1500回転で663psを絞り出すパワフルなユニットだが、決してピークパワー追求型ではなく、日常使用でのドライバビリティも重視した特性に仕上げられている。最大トルクは467Nm(47.6kg-m)と強力で、大型のV12エンジンでありながら重量は178kgに抑えられる。これは他のスーパーカー用V12のどれと比べても群を抜いて軽い。
レースで絶大な実績を誇るコスワース社が開発したT.50専用3.9Lリッター V12エンジン。十分な出力とスロットルフィーリングにもこだわって自然吸気方式を選択
マニュアルシフトこそスポーツカーの王道
強大なパワーをドライブシャフトに伝えるギヤボックスは、レーシングカー用ギヤボックスの製造でも高い実績を持つイギリス・Xトラック製。変速数は6で、シフトはHパターンのマニュアルとなる。現代はスポーツカーでもセミオートマチックのパドルシフトを採用するクルマが多いが、T.50ではドライブする喜びをより味わえるマニュアル方式にしたのはマーレイのこだわりだ。シフトストロークが短く、さらに正確なチェンジが行えるという、F1クオリティのギヤボッスがもたらすシフトチェンジフィールは、どれほどのものなのか興味は尽きない。
Hパターン式の変速システムを採用。1~5速のレシオが近く、小気味良いシフトアップ&ダウンが行える。6速はロングレシオで高速クルージングに対応する
ボディフォルムはマクラーレンF1をイメージさせるラインでまとめられる。マーレイは、近年のスーパーカーがウイングやスポイラー、ダクトなどで過度に装飾されているのをよしとせず、できるかぎりシンプルかつ優雅なボディを完成させた。マーレイ自身「T.50は30年を経てもなおフレッシュな印象を与えてくれる」とコメントしている。
先に紹介したマクラーレンF1とこのT.50が共通のフォルムを持っているのがわかる。空力性能を考慮し、なおかつエレガントなラインを表現するのがマーレイ流
発売開始は2022年。日本でもその姿は見られるか?
2022年からデリバリーが開始されるT.50。限定100台の製造が予定され、販売価格は税抜きで236万ポンド(約3億6600万円)とのこと。マーレイ曰く「究極のアナログスーパーカー」T.50は、驚くべきパフォーマンスを持った公道を走れるレーシングカーそのものだが、日常使用にも配慮されるなど、高い完成度を誇っている。このマシンのユーザーになるのはかなりハードルが高いが、夢の存在としてのスーパーカーとは、まさにこのようなマシンのことをいうのだろう。
マシン開発者のゴードン・マーレイ。長身でダンディな出で立ちは、’70年代のF1界でも異端の存在だった。2021年に75歳を迎えたが、その創造力に衰えはない
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