2021年12月2日、トヨタの欧州法人が突如として水素エンジン搭載のコンセプトカー「GRヤリス H2」を公開した。
GRヤリスといえば、日本でも発売されており、ベーシックコンパクトのヤリスとは一線を画す専用ボディにターボエンジンと4WDで武装した高性能モデル。その心臓部が水素エンジンとなれば、否が応でも期待せずにはいられないが、実際のところ、「本気度」はどの程度のものなのか? トヨタ自身、リリースで「実験的な」と表現するGRヤリスH2と水素エンジンの現在地に迫る。
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■GRヤリスH2と水素エンジンの「中身」
トヨタヨーロッパがコンセプトカーとして発表したGRヤリスH2は、そのグラフィックもスポーティで環境保全をイメージさせる良いデザインだと感じさせる。このクルマを制作した目的は、豊田章男社長がかねてから発言している、カーボンニュートラル達成へのアプローチの多様性を欧州へ向けて発信することだろう。
というのも日本のスーパー耐久選手権という独自カテゴリーに特認車両として参戦しているだけでは、欧州へのアピールとしてはやや力不足が否めない。そこでコンセプトカーとして発表することで、トヨタの水素エンジン開発をアピールするのが目的と思われる。
GRヤリスH2 トヨタヨーロッパがコンセプトカーとして発表した
他メーカーが追従してくる動きをみせれば、それはそれでトヨタにもメリットになる可能性がある。EV一辺倒という現在の欧州のトレンドに変化が起きれば、より現実的な気候変動対策が進むかもしれない。
肝心のスペックだが、エンジンはGRヤリスと同じG16E-GTSを搭載し、スーパー耐久参戦マシンのカローラスポーツ同様、燃料系を水素に対応させている。ちなみにインジェクター以外の燃料供給機器はMIRAIのモノを流用しているという。量産車用で信頼性向上とコスト低減を両立しているあたり、流石にトヨタは上手い。
水素エンジン自体は、レースで使われているものと同一と思っていい。レースといっても耐久レースであり、しかも水素エンジンの開発を目的にレースという戦いの場を選んでいるのだから、耐久性や信頼性を犠牲にしたチューニングはされていないからだ。
■水素エンジンの開発はどこまで進んでいるのか
このコンセプトカーは、市販目的で開発されたものではないから、このクルマ自体で詳細を追求してもあまり意味がない。それよりも気になるのは水素エンジンの性能だろう。
ガソリンに比べ水素は熱量が小さいから、出力を得るにはたくさん燃やす必要がある。そういった意味では酸素をバンバン送り込めるターボチャージャーを組み合わせているGRヤリスのエンジンは好都合だったのだろう。
理論上は、組み合わせているタービンの最大風量まで酸素を燃やせることになるので、出力の限界はガソリンと変わらないことになる。
しかし耐久レースでは燃費も重要だから、いかに効率良く燃やしてトルクを引き出すかが重要になる。トヨタは2017年から水素エンジンの研究を本格化させているらしいが、モノに成り始めたのはここ最近なのだろう。
GRヤリスH2に搭載された水素エンジン トヨタは2017年から水素エンジンの研究を本格化させていたらしい
水素自体は非常に燃えやすい物質なので、燃焼室内に水素を噴射するタイミングとスパークプラグによる点火のタイミングが重要な要素で、こいつがガソリンよりかなり難しそうだ。
同じ噴射量でトルクを稼ぐには、できるかぎり上死点(ピストンが上に上がり切った状態)に近いタイミングで一気に燃焼させてやることが理想だが、燃えやすい水素だけにノッキングを起こしてしまう可能性もあり、かなり制御は難しい。
燃焼速度が速いことは、トヨタはかつてF1参戦時にNAのV型10気筒エンジンで2万rpmに迫る高回転域での燃焼状態を経験しているから、それが役に立ちそうな気もするが、あれは筒内直噴ではなくスロットルバルブの上で燃料を噴霧していたから、条件が違い過ぎる。
そう考えると現在より応答速度の速い水素用インジェクターなどが開発されれば、更なるブレイクスルーも可能になるのかもしれない。
スーパー耐久マシンでの開発は、初戦から半年でトルクを30%アップ、最高出力も20%向上したことが明らかになっている。さらにドライバーのスロットル操作に対するレスポンスもかなり改善されたようだ。これらは前述の「燃焼をいかに制御するか」が鍵だった。
やはりレースに出て一気に開発が進んだようだが、それだけ研究が進んでいたことと、実戦投入するために準備万端の状態にまで仕上げなければならないという現場のエンジニアの頑張りが、この結果を導いたのだろう。
レース中のデータはもちろん、その後の開発に活かされることになるが、どちらかと言えばレースでおこなわれているのは耐久性や信頼性の確認作業だ。
■GRヤリスH2に水素エンジン車としての可能性はあるのか
ベースがGRヤリスなのでカローラスポーツより室内空間は限られるため、水素タンクの容量はスーパー耐久マシンより少ないと予想できる。だがレースペースで走るとカローラスポーツでも30分しかもたないのだから、GRヤリスのボディではタンク容量の小ささから、さらに航続距離は短くなる。
そのままでは公道を走っても燃料電池車と比べて航続距離が短過ぎるから、さすがに市販前提でこの先の開発を続けるということではなさそうだ。
航続距離を伸ばすために燃費を上げるのは、かなり難しい。前述のようにいかに最適なタイミングで水素を噴射して燃焼させ、得られた圧力を駆動力にして取り出せるか、ということになる。
GRヤリスH2は現段階では、市販前提で開発を続けるということではないと予想される
レースではなく、公道で速さやドライブフィールを追求しないのであれば、ハイブリッド技術と組み合わせるという手も使えそうだ。そのためにもまずはエンジン単体での開発が必要ということになる。つまり今がそれだ。
水素エンジン車は、FCV(燃料電池車)と比べて、純度の低い水素でも利用できるのもメリットだが、現実的には純度の低い水素をわざわざ供給するのはインフラ整備の問題もあってコスト低減にはつながらない。
しかしFCV用の水素ステーションの整備が進めば、水素エンジン車の現実性が高まるのは間違いない。グリーン水素(再生可能エネルギーなどによる生成時CO2排出のない水素)生成技術の確立とともに、水素利用のさまざまな方法が用意されている必要がある。
まだまだゴールは遙か先なのかもしれないが、着実に前進している水素エンジン車を熱い視線で応援しようではないか。
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それがユーザーのメリットになる。
どの様な形で市販されるにしろその開発と挑戦を応援したい。