連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ
2020年に発表されたマツダのクロスオーバーSUV「MX-30」のEV(電気自動車)版として、新たに発売されたのが「MX-30 EV MODEL」だ。「MX-30」には外観上の特徴となっている観音開きドアをはじめ、近年のマツダが標榜してきた「魂動デザイン」とは、少しスタンスを横にずらした新しい造形が施され、存在感を示している。
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背も少し高めで、実用面でも目配せが効いている。もっと背の高いSUVだと立体駐車場に収まらなかったり、乗り降りが大変だと感じるような人にとっては、ちょうどいいサイズ感だ。
機械として優れているか? ★★★ 3.0(★5つが満点)
その「MX-30」のエンジンの代わりに、80.9kWの出力を持つモーターを積んで、バッテリーだけの力で走れるようにしたのが「MX-30 EV」。EVであることは、エンブレムと給電口のほか、少し張り出した床下のバッテリーのために、少し高くなった車高ぐらいしか見分けがつかない。
車内を見ても差異はほとんどない。メーターパネル内に航続可能距離と充電量が小さく表示されることぐらいしか見つからなかった。
走り始める前に、その2つを見てみると、「充電量81%、航続可能距離142km」と示していた。急速充電器で充電できる上限が80%前後に設定されているので、この142kmという航続可能距離を見て、走り出す前から気持ちが萎えてしまった。
観音開きのドアを持った、多用途に使えるボディーがあり、人や荷物をたくさん積んで遠くに行ける可能性を秘めたクルマであるはずなのに、142kmというのはいくらなんでも短すぎる。
これだと、そこまで行く手前でどこかに立ち寄って充電しなければならないわけだから、頭の中はそのことばかりになってしまって、走る楽しさや移動する喜びを味わうなんていうのは、当然、二の次、三の次になる。クルマが自らの可能性を封じてしまっているというわけだ。なぜ、こんなに小さな容量のバッテリーしか積むことができなかったのだろう。
その理由について、マツダに訊ねてみると「小さいバッテリーはライフサイクルでのCO2排出量が少ないから」だという。偶然にも、ホンダが昨年発表したEV「Honda e」の2グレードあるうちの、ひとつのグレードのバッテリー容量が「MX-30 EV」と同じ35.5kWhだった。カタログ記載の満充電時の航続距離(WLTCモード)も256km(MX-30 EV MODEL)と259km(Honda e)と3kmしか違わない。
「Honda e」はボディーや装備などを他のクルマと共用していない。リアマウントモーターが後輪を駆動し、胸のすく加速をする。オールデジタルのメーターパネルをはじめとするドライバーインターフェースは「Honda e」ならではで魅力に溢れている。
「MX-30 EV」を走らせてみると、たしかにEVらしい静かで滑らかな加速を行なう。ハンドル裏のペダルで回生ブレーキをプラス側、マイナス側それぞれ2段階に調節しながら走ることができるけれども「Honda e」や日産「リーフ」などを筆頭に、今や多くのEVが可能としている、「ワンペダルドライブ」と呼ばれるような右足のペダルだけで停止まで可能な強力な回生ブレーキではない。「MX-30 EV」は静かで滑らかに走るという以外は、EVらしさが希薄なEVだ。
商品として魅力的か? ★★★ 3.0(★5つが満点)
「MX-30 EV」は、走りっぷりでEVらしさが希薄であるのに加え、装備やドライバーインターフェースなどでもEVであることの魅力が盛り込まれていない。単にガソリン版の「MX-30」のエンジンをモーターに載せ換えて、バッテリーを積み込んだだけのように見えてしまって、とても残念に感じた。
EVであることの魅力を目一杯体現して、それに加えて、新しい装備や機能によって独自の魅力を備えている「Honda e」はもちろん、アウディ「e-tron」やジャガー「I-PACE」など、自動車メーカーが造るEVは、どのクルマもEVらしさをアピールしている。
EV専業メーカーであるテスラにいたっては、つい最近「Model 3」の販売価格を100万円近くも値下げして、航続距離580kmにもなる2モーターで4輪駆動の「ロングレンジ」を499万円で売っている。1モーター後輪駆動で航続距離448kmのベーシックグレードの「スタンダードレンジプラス」にいたっては429万円だ。
一方「MX-30 EV」は、これも「Honda e」と同じ495万円。価格もバッテリー容量も同じだが、EVの魅力、新しいカテゴリーの商品の魅力という意味で「MX-30 EV」は「Honda e」には遠く及ばない。
私が最もガッカリさせられたのは、メーターパネルだ。速度や運転支援機能を表示する中央部分こそデジタルだが、左右のパワーメーター、電力量メーター、水温計などはプラスチックの針を持ったアナログの大きなメーターだ。さすがに、古過ぎるのではないだろうか。
EVにとって、最も肝腎な航続可能距離と電力量は、小さなフォントでデジタル表示されて済まされているが、これこそデジタルで大きく表示できるようにするべきではないだろうか。きっと、ステアリングホイール上やダッシュボードなどのどこかにスイッチがあって切り替えられるのかもしれないとじっくり探してみたが、見つけることができなかった。
「MX-30 EV」はエンジン車の「MX-30」と共用している部分が多すぎて、EVならでは魅力と実力を打ち出せていない。航続距離の短さというEVのデメリットをそのままにして、回生ブレーキも弱くてEVらしさを自ら減じてしまっている。
インターフェースや装備などもガソリンモデルと変わらずそのままだから、ガソリンモデルの半歩先を行く〝新しモノ〟感もない。EVとしての主張の内容が不明確な上に、その声が小さくてボソボソとしか聞こえてこない。もしかすると最短距離あるいは最少のリソースで無理やりEV化を実行したのだろうか。
だとすると、なぜ?その理由を考えてみたが、この存在感の弱さは、自然とひとつの仮説を導き出してくれた。実は「MX-30シリーズ」の電動化の本命は、このクルマではなくて、別に控えているのではないか?
その本命とは、すでにマツダが公式にアナウンスしている2022年発表予定の、ロータリーエンジンをレンジエクステンダーに用いたプラグ・イン・ハイブリッド版の「MX-30」ではないだろうか?
ローターリーエンジンといえば、マツダのDNAそのもの。だから、EV版の開発は極力、省力化し、持てる開発力のほとんどをそちらの開発に注ぎ込んでいるのかもしれない。実はその最終段階にあることも考えられる。
この勝手な予測をマツダの広報担当者に聞いてみると笑われたが、否定もされなかった。もしかすると、あながち外れていないのかもしれない。
◆関連情報
https://www.mazda.co.jp/cars/mx-30evmodel/
文/金子浩久(モータージャーナリスト)
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みんなのコメント
例えば加速時のモーター音。ありがちな高周波のモーター音ではない、何やら官能的な音がする。
記事の筆者は「EVらしさ」が希薄だと言うが、「デジタル表示」「静かな音」「リニアな反応」だけが「EVらしさ」だとしたら、EVの未来は何て退屈なのか。
この車の完成度に疑問符は付くが、「いろんなEVらしさがあっていいじゃないか」という提案に、私は拍手を送りたい。
決算で研究開発費も出せないって言っちゃってるマツダはどうするのよ?