フルモデルチェンジを受けたベントレー「フライングスパー」に田中誠司が試乗した。印象は?
ベントレーはスポーツカー
ピュアなV8ガソリンエンジンを積んだミドシップ・フェラーリは最後かもしれない
「乗り心地は思ったより硬いな」というのが、ほとんど予習なく乗った第一印象だった。4つのドライビングモードから“コンフォート”を選んでいても、都市高速の目地段差からの衝撃がビシッと22インチのタイヤを通じて伝わってくる。全長5325mm、ホイールベース3195mmの巨躯、そしてMeteorという厳かなブルーをまとった外装は、もっと路面とキャビンが隔絶された乗り心地を想像させるのだが。
W型12気筒エンジンも、一定速巡航においてはほとんど無音に封じ込められているものの、ドライバーのスウィッチが切り替わったと判断するや、ハーフスロットルですら強烈なトルクの奔流を放ち、迫力あるサウンドでキャビンが満たされる。ベントレーは、スポーツカーなのだ。セミウェットの高速カーブで出口めがけてフルスロットルを与えると、テールがぬるりと滑り出した瞬間にトラクション・コントロールに諌められた。
15年ほど前の登場当初からそうだった記憶があるが、このW型12気筒ツインターボユニットは、ライバルが持つV型エンジンに比べ、滑らかさやバランスといった楽器的な要素よりも、いかに大きな排気量をコンパクトにまとめて効率よく出力を取り出すかに主眼を置いている。
エンジン・サウンドは、ほかのハイパフォーマンス・ブランドのように排気のチューニングで調節しましたというのではなく、もっとパワーユニット本体の身震いを伝え、前のほうから聞こえてくる感じだ。
ライバルに対する優位性とは
価格帯3000万円前後、ショファー・ドリヴン寄りの超高級サルーンというカテゴリーには、このベントレー・フライングスパーにくわえてロールズ・ロイス「ゴースト」、メルセデス・マイバッハ「S650」、BMW「M760Li」が属している。
いずれも全長5.3m前後、エンジン排気量6.0リッター前後、ホイールベース3.2m前後のこれら競合車と比べて、フライングスパーはもっとも穏健なデザインだと筆者は思う。大きく盛り上がったリアのホイールアーチは昔からの伝統だが、ほかは無理にエッジを利かせた感じがしない。
そうしたデザインを採用できたひとつの要因として、ベントレーがいまやセダン、クーペ、SUVをそれぞれ1車種だけ作っており、自社内でのヒエラルキーづくりや差別化が必要なかったことが挙げられよう。
もうひとつは、基本的にビルト・トゥ・オーダーであるフライングスパーは内外装の組み合わせがほとんど無限に用意されていて、その選び方次第によっては強い自己主張を放つこともできるからだ。ベントレーのカーコンフィギュレーターによれば、ボディカラーは88種、ホイールは10種、メインハイド(シート等)は14種、セカンダリハイド(センターコンソール等)は11種、ウッドパネルは16種が用意される。
今回の試乗車のように金融機関の重役会議に乗り付けられそうな仕様も選べれば、闇夜に溶け込むような漆黒で統一することもできるし、GT3レースカーを想起させるキャンディ カラーや、地中海のバカンスを思わせるリラックス・ムードまで思いのままだ。伝統的にコーチビルダーとして名高いMullinerが選んだ繊細なボディカラーは、それだけでフライングスパーが特別な1台であることを物語ってくれる。
パフォーマンス重視
競合他車との違いは最高速度にも見てとれる。上述した他の3台はいずれも250km/hでリミッターが作動するが、フライングスパーは333km/hまで達するという。車重が同じとして最高速度時の運動エネルギーは約8割増しである。他社がどれほどマージンを持たせているのかはわからないが、ベントレーがそれだけの最高速に対応することをターゲットに足まわりを造り込んでいることは間違いない。
ピレリP ZERO(フロント:275/35ZR22 104Y、リヤ:315/30ZR22 107Y)を履いた22インチ・ホイールの隙間からのぞくブレーキシステムは前後とも巨大で、ブレーキペダルのアームには高い剛性を確保するため、カーボンファイバー製が採用されていた。
いくつかの高速コーナーを試したところ、操縦安定性を高める四輪駆動+四輪操舵システムと、電子制御ダンパーの「CDC」、車体のロールを抑える「ベントレー・ダイナミックライド」の組み合わせは、強烈な加速力に見合う、盤石に安定したフットワークを披露した。
新しいフライングスパーでは、ドライブトレインが刷新されポルシェと共通の車台を採用することで前後重量配分が改善された(51.6:48.4)ことも、バランスのよいコーナリングをもたらしている。
これにともないステアリングフィールも向上したように思うが、これまでベントレーのフラッグシップでFRレイアウトだった「ミュルザンヌ」のような、絶品というべき繊細さは期待しないほうがいい。フライングスパーは、あくまでパフォーマンス重視の4WD車なのだ。
豪奢なインテリア
スタティックな観察の結果も記しておこう。エクステリア・デザインは、前述の車台刷新でフロントタイヤが前方へ移動したことおよび、リアホイールアーチに沿ってトランク上部を絞り込んだことにより、前後オーバーハングのボリュームがシェイプアップされて、非常にバランスがよくなった。
インテリアの豪奢なことは写真から伝わるはずだ。分厚いクッションで高い位置に座らせるシートは、座面およびバックレスト上部の角度調整や、マッサージ、ベンチレーションなど機能多彩。いったいこの椅子1脚でいくらかかっているのだろう……。
12.3インチのメインモニターは、3連アナログメーター、ウッドパネルとともに三角柱の3面に配して回転式とした「ローテーションディスプレイ」となっている。そのウッドパネルを前後2段に分割する仕様を用意して極端に派手に見えないようにする一方で、反復されるダイヤモンドの意匠をメッキ加工されたドアノブの内側にまで配するなど、伝統的高級車ならではの遊び心が楽しい。
後席空間は広大で、ドライビングポジションを合わせた前席の背後に172cmのドライバーが移ると、膝前には36cmの空間が残る。既存セダンのホイールベースを拡張してこのサイズにしたわけではないので、リア・ドアが妙に長かったりするわけではなく、自然なプロポーションであることが好ましい。
いわゆる超高級サルーンであっても、ベントレーはベントレー。エレガントなルックスから想像するよりちょっと硬めの足まわりと、一瞬で怪力を生み出すW12ユニットによって、オーナーの「次のミーティングが迫っているから、ちょっと急いでほしい」というリクエストにも、ドライバーは安心して応じられるはずだ。休日にオーナー自ら運転するとしても、バランスのよいプロポーションは街に映えるだろう。活力に満ちあふれた若いエグゼクティブの横顔が見える気がした。
文・田中誠司 写真・安井宏充(Weekend.)
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