アクティブサスペンションはF1でロータスが先鞭をつけ、エイドリアン・ニューウェイ設計のウィリアムズFW14B(1992年)がF1界を席巻し、その後搭載が禁止された。
F1でのアピールにより有名になったアクティブサスペンションだが、市販車ではもっと古くから研究され、同じ効果を狙ったサスペンションは1950年代にはすでに登場していた。
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本企画ではかつて注目されていたが最近はあまり耳にしなくなったアクティブサスペンションは現在どうなっているのか? アクティブサスという名前ではない別の名前で存在しているのか?
アクティブサスペンションの歴史を振り返ると同時に、最新事情にも言及していく。
文:鈴木直也/写真:DS AUTOMOBILES、TOYOTA、NISSAN、MERCEDES BENZ、AUDI
人間の膝の動きを理想としたアクティブサスペンション
クルマのサスペンションというのは、基本的にパッシブ(受け身)な存在だ。加減速、コーナリング、路面の凸凹、サスペンションを動作させる要素はいろいろあるが、一般的なサスはすべて「入ってくる力を受け止める」のがその役割。
サスペンション形式はさまざまなれど、自分から積極的に何か仕掛けることはできない。だからというべきか、昔からサスペンション技術者の“夢”は、自らアクティブに動くサスペンションだった。
理想はモーグル競技でコブ斜面を滑るスキーヤーの膝の動きだ。コブが来たら膝を縮めてショックを吸収し、ギャップでは逆に膝を伸ばしてエッジで雪面をとらえ続ける……。
そんなサスペンションを目指す研究が、半世紀以上前から続けられてきた。
かつてシトロエンの代名詞でもあるハイドロニューマチックは1955年にデビューしたDSがその礎。当時異次元の乗り心地のクルマとして注目を集めた
初期のチャレンジで有名なのは、シトロエンDSの“ハイドロニューマチック”サスペンションだろう。
基本は金属ボールに閉じ込めた窒素ガスをオイルで圧縮するエアサスだが、ポンプで加圧された油圧を利用することで車高調整が可能。いわば、スタティックな状態だけを変えられるアクティブサスといえる。
このハードウェアがあれば、本物のアクティブサスまで理屈の上ではあと一歩のはずだった。
ポンプで造った油圧は蓄圧器(アキュムレータ)に蓄えられているのだから、必要なのはそれを制御する仕組み。
路面の突起に差し掛かったら減圧バルブを開いてサスペンションをソフトに動かし、ギャップを越えた直後には高圧側バルブを開いてサスペンションを伸ばす……。
これを4輪それぞれ独立してコントロールできれば、理論的にはアクティブサスペンションが実現するはずだった。
しかし、モーグルスキーヤーの身になって考えればすぐ理解できると思うが、そんなインテリジェントなサスペンション制御を実現するのは容易ではない。
人間はコブを目で見て確認し、事前に膝を縮める準備をしてそこに進入。頂点を超えるあたりから今度は膝を伸ばし始める。最新のセンサー類、コンピュータ、そしてAI制御を総動員しても、コンマ一秒以下のタイミングで正確にサスペンションの動きを制御するのは容易ではない。
シトロエンがハイドロニューマチックを世に送り出したのは1955年のことだが、センサーやコンピュータの能力が追いついてくるまで、結果的には30年以上の時間が必要だった。
日本では世界初、日本初が当たり前の時代に登場
この「サスペンション技術者の“夢」を市販車として世界で初めて実現したのは、1989年のセリカ・アクティブスポーツだった。
補助的に金属スプリングを併用してはいたが、リニアソレノイドバルブでハイドロニューマチックサスを4輪個別に制御。ロールもピッチも半分以下に抑え、バネ上の動きもかつてないほどフラットに保つことに成功していた。
ハイドロニューマチックアクティブサス+4WD+ABSで登場。1989年に300台限定で販売された。ベースに対して約120万円高の320万円とGT-FOURより高額だった
セリカにタッチの差で遅れを取ったが、金属バネを持たないフルアクティブサスを世界で初めて市販化したのは日産のインフィニティQ45だ。
こちらのシステムはより本格的で、路面からの高周波ショックはシリンダに付加した小さなアキュムレータで吸収する以外、すべてのサスペンション制御を高圧オイル系だけで行う。
そのため、ロール・ピッチはほとんど体感ゼロだし、波状路面を通過しても何事もなかったようにバネ上はフラットライドをキープ。
当時ボクは両車とも試乗したが、よりぶったまげたのはインフィニティQ45のほうだった。
こうなるともう意地の張り合いだと思うのだが、インフィニティQ45に2年遅れてトヨタが投入したZ30ソアラのアクティブサス仕様は、アキュムレータすらない究極の油圧システムを採用していた。
1989年に登場したインフィニティQ45にはアクティブサスペンション搭載車がカタログモデルとして販売された。ベースに対し70万~110万円高の設定だった
トヨタによると「完全に油圧のみで車両重量を保持し、アクティブに制御した、世界で初めてのフルアクティブサスペンションである」とのこと。
まさに「本物のフルアクティブはウチだけ!」と言わんばかりの鼻息の荒さだが、当時のクルマ業界は何かしら「世界初」や「日本初」のハイテク技術がないと恥ずかしいくらいの認識だったのだ。
だが、冷静に考えると油圧アクティブサスは欠点も少なくなかった。
ソアラではノーマルサスとの価格差は約200万円だったが、それでも大赤字だったといわれるコスト高。高圧にさらされるオイルシールの信頼性問題。ポンプが消費する馬力(10kW近いといわれる)による燃費の悪化……。
こういう先進的な技術が市販まで行けたのは、新技術には湯水のようにお金が使えたバブル期ならではの現象だったが、残念ながらそれ故にバブル崩壊後はまっさきにリストラの対象となってしまったのであった。
1991年に3代目にチェンジしたソアラのアクティブサスペンション搭載車は、ベース+約200万円の745万円でカタログモデルとして販売された
路面センシングは有望な技術
こういう油圧システムの欠点を克服して21世紀に復活したアクティブサスが、2013年にメルセデス・ベンツSクラス(W222)に装備された“マジックボディコントロール”だ。
このシステムは、金属バネ、小容量のハイドロニューマチック、そして可変ダンパーの組み合わせで構成されているが、カメラで路面を監視してその情報を制御パラメータに入れているのが新しいアイディアだ。
カメラからの情報を元にサスペンションが事前にスタンバイするからより、小容量のアクチュエータでも理想的なボディコントロールが可能だし、ポンプが消費する馬力も少ない。
さらに、フル油圧に比べればハイドロニューマチックは枯れた技術だから、コストや信頼性もベンツなら許容範囲に収められる。
Sクラスのユーサーにしてみれば、オプション価格54万6000円というのは格安といっていいレベル。100万円以上するAMGカーボンパッケージやセラミックブレーキより、よっぽど日常の快適性を向上させてくれる有意義なオプションだと思う。
ベンツが先鞭をつけたカメラを使った路面センシングは、サスペンション制御全般に有望な技術といえる。
2013年10月から日本で販売されているベンツSクラスは自動運転技術をはじめとするハイテク満載で、そのひとつとしてマジックボディコントロールが搭載された
今後新たなトレンドとなる可能性もある
ハイドロの元祖シトロエンは、新しいDS7クロスバックでカメラセンサーと可変ダンパーを組み合わせた“アクティブスキャンサスペンション”というシステムを導入。
これまでは、タイヤが突起を踏んでからGセンサーでそれを感知してダンパーを制御するというロジックだったが、突起が事前にわかっていれば圧倒的に有利。
制御レスポンスがよく減衰力変化の幅が広いKYB(カヤバ)製リニア可変ダンパーとあいまって、顕著な乗り心地向上効果をあげている。
2015年にシトロエンから独立し単独ブランドとなったDSのトップレンジ、DS7クロスバックにはアクティブスキャンサスペンションが搭載されている。価格は549万円
このリニア可変ダンパーの利用はより低価格なセグメントにも広がっていて、国産ではカローラスポーツなどにもオプションで設定。
厳密にいえばアクティブサスではないが、それに近い効果を期待できる「コスパのいい」可変サスペンションシステムといえる。
カローラスポーツ(ターボ、ハイブリッドともZ)にオプション設定されている可変サスペンションシステムのASVは税込10万8000円とコスパ最高!
もうひとつ、新しいアクティブサスペンションのトレンドとしては、48Vマイルドハイブリッドシステムとの組み合わせで急浮上してきた電動アクティブサスがあげられる。
48Vマイルドハイブリッドシステムは10kW程度の電気エネルギーが利用できる。これを電動スーパーチャージャーとして使ったり、あるいは電動可変スタビライザーとして使ったり、さまざまな用途が模索されているが、これをアクティブサスのパワー源として利用する動きが出てきたのだ。
先進的なのはアウディがA8で採用したモーター駆動によるアクティブサスで、減速機構によって1100Nmのトルクを出すモーターがエアサスペンションに介入し、油圧と同じロジックでボディのコントロールを行う。
ベースはエアサスペンションなので、何もしなければエネルギーロスはゼロ。制御の自由度は油圧の比ではなく、うまく使えばものすごいポテンシャルが期待できる。
アウディのトップレンジのA8で登場したモーター駆動によるアクティブサスペンションは今後将来に向けて大きな可能性を秘めている技術といえそう
また、ベンツは新しいGLEに“E-ACTIVE
BODY CONTROL”と名付けた電動アクティブサスを導入している。
これは、基本的には“マジックボディコントロール”の油圧ポンプを電動化したもので、実績あるユニットを使いながら油圧ポンプのロスを減らして燃費効率の向上につなげる手堅い手法。コスト的にも、まだ電動よりだいぶ安価なようだ。
こうなると、かつて油圧フルアクティブサスで世界をリードした日本勢にも期待したいところ。ぜひ、国産各社には頑張ってもらいたいものでございます。
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