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ベントレー「フライングスパー」国内初試乗! 全長5.3mの巨体を感じさせない走りのヒミツとは?

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ベントレー「フライングスパー」国内初試乗! 全長5.3mの巨体を感じさせない走りのヒミツとは?

■ミュルザンヌの役割も担う、ベントレーの新フラッグシップ

 右手前方にマリンタワーを見つつ、首都高速神奈川3号狩場線を石川町方面へとベントレー「フライングスパー」を走らせる。石川町JCTの分岐を右に逸れ、すぐに出口に向かう左のレーンへと舵を切る。その先にある高速出口の横浜スタジアム横のシグナルは、赤だった。

ベントレー「フライングスパー」のキャビンはかくしてつくられる

 2500kgオーバーになる巨体が、ブレーキペダルの踏力は一定のまま、ふわりと静かに停止し、同時にそのまま12個のピストンは動きを止めた。

 その瞬間、8年前の英国クルー本社で、ベントレーのポール・ウィリアムズ氏(当時コンチネンタルGT V8開発担当責任)が、「エンジンスタート&ストップ機能は、ベントレーには必要ない」と語っていたことを思い出した。その理由は至極まっとうなものだった。

「ベントレーの顧客のみなさまは、それを望んでおりません」

 信号で停止する度にエンジンが始動しては、ストレスに感じてしまうということが最大の理由だった。

「スタート時の振動や停止時のエアコン作動など、ラグジュアリーなベントレーには、こうした快適ではない装備は必要ないのです。カスタマーはベントレーに、快適性とラグジュアリーさをもっとも求めていますから」

 さらに付け加えると、アイドリング中でもベントレーのキャビンは静謐を保っているからとのことだった。

 クルーに訪問したのは、「コンチネンタルGT」にV型8気筒エンジンが新たに搭載され、条件が揃えば走行中に片バンクを気筒休止するようになったばかりの頃で、ロンドンオリンピックが開催される少し前であった。信号にまったく出くわさないカントリーロードを、ひたすら気筒休止をしたか否かに全神経を注ぎながら、コンチネンタルGTをドライブしたことが思い出された。

 結局、瞬間燃費計を見て、その数値の変動から、いま4気筒でコンチネンタルGTが走っているであろうと推測できるのみで、残念ながら気筒休止する瞬間を感じ取ることはできなかった。

 もし、ドライバーにそれと気取られるようであったら、ベントレーは気筒休止システムをこのときに採用することはなかったであろう。ベントレーのカスタマーが、気筒休止の切り替えがドライバーに伝わるような不躾な所作を、望むはずもない。

 信号が青に変わり、ブレーキペダルにある右足をアクセルペダルへと移す。右足だけでなく、シートからもW12エンジンの目覚めによる振動は伝わってこない。これはエンジンが停止したときも同じであった。

 つまり8年前、ベントレーにはエンジンスタート&ストップ機能が必要ないと言った意味は、その機能そのものが必要ないのではなく、ドライバーに不快なノイズを与えるエンジンスタート&ストップ機能が必要ないということであったのだ。

 カタログ上の燃費の数値を上げるだけなら、グループ企業ですでに使っていたエンジンスタート&ストップ機能を搭載すればよい。しかし、ベントレーが求める洗練度が足りなかったために、8年前は採用しなかったという訳であろう。

 先代のフライングスパーには、北京で初めて試乗したのち、日本に導入された後は幾度となく長距離のグランドツーリングと普段遣いを想定した街乗り試乗の経験がある。都心からみなとみらいまでのショートトリップでは、身体に染み付いた先代フライングスパーの感覚と、〈ことごとく違い〉、そして〈なにもかもが同じ〉という不思議な印象だった。

●フライングスパーの3つのキーポイント

 新型フライングスパーのコンセプトは、「世界でもっとも信頼のおける4ドアグランドツアラー」である。このコンセプトを具現化するために、フライングスパーには新たなテクノロジーが注がれている。

 ポイントとなる点を3つ挙げてみよう。

1:アクティブAWD

 常時AWDだった先代モデルは、前後トルク配分が40:60に固定されていたが、新型では、通常後輪駆動となる。しかし、路面状況の変化やスリップの発生などを検知すると、自動的にフロントアクスルにもトルクが伝達されるアクティブAWDとなった。

 前後のトルク配分はドライブダイナミクスモードに応じて変化する。「コンフォートモード」と「ベントレーモード」では、フロントに最大480Nmのトルクが伝達され、優れたグリップとドライバビリティをもたらし、「スポーツモード」では280Nmに制限され、後輪駆動により近いダイナミックな走りが可能となる。

2:オールホイールステアリング(AWS)

 ベントレー初となるエレクトロニックAWSを採用。

 低速走行時には後輪が前輪と逆方向に操舵され、回転半径が小さくなることで取り回しがしやすくなり、高速走行時には前輪と同じ方向に後輪が操舵されるため、車線変更の際の安定性が確保される。

3:130mm前方に移動したフロントアクスル

 ほぼ同サイズの先代フライングスパーに比べて、ホイールベースが129mm延長され、フロントアクスルが130mm前方に移動した。これにより重量配分が最適化され、オーバーハングも短くなった。

 以上の3点に加えて、最新のアルミ押出成形や高強度鋼の技術を用いたオールニューのプラットフォームも、フライングスパーの新たな乗り味に大きく貢献していることは想像に難くないだろう。3チャンバーエアスプリングがいかに優れていたとしても、それを受け止めるシャシの性能が低ければ、意味がない。

 さて、以上のことを念頭に置きつつ、臨海副都心から湾岸線を通ってベイブリッジを渡り、みなとみらいまでフライングスパーを走らせてきたわけだ。そして首都高速を降り、信号待ちでエンジンがアイドリングストップした際に、冒頭の8年前のインタビューを思い出したのである。

■極めて人間の感覚に忠実なフライングスパー

 路面はドライだったため、路面状況の大きな変化はなく、フロントアクスルへトルクが伝えられるようなシーンは訪れなかった。ドライブダイナミクスモードを「ベントレーモード」から「スポーツモード」へ切り替えてみるも、フライングスパーには、他メーカーのような分かりやすい劇的な変化は訪れない。

 多くのメーカーが、ドライブダイナミクスモードを変えると、エキゾーストサウンドの音量、サスペンションの硬さ、ステアリング重さ……などの変化が明確に分かる場合が多い。その変化の違いは、幼虫から蛹、成虫へと形態がガラリと変わる蝶のような昆虫の完全変態に喩えるとわかりやすい。

 一方のフライングスパーの場合は、グラスホッパーやコオロギのような不完全変態の昆虫のようだ。見た目は同じなのに、サイズが大きくなっていく様を思い浮かべるとよいだろう。

 AWSについても同じだ。あるイタリアン・スーパーカーメーカーの4人乗りAWS装着車両は、最初の交差点を90度曲がっただけで、「これは車酔いしやすいクルマだな」ということがはっきりと分かったし、実際にそのクルマの国際試乗会で、別の車両に乗っていたジャーナリストは、最初の休憩ポイントで、ひどい車酔いに陥っていた。

 同じくイタリアの別メーカーのAWS装着スーパーカーで、伊豆スカイラインを熱海峠から南へ下ったことがあるが、目的の天城高原には程遠い山伏峠で引き返したことがある。なぜなら、AWSによる回頭性の良さを楽しめるのは最初のうちだけで、感覚とのズレによるものなのか、ワインディングを長く走っていると、脳が疲弊して、途中で集中力が途切れてしまったのだ。

 しかし、フライングスパーでは、AWSが介入していることを強く意識するシーンは皆無だった。介入していても、それは人の感覚を逆撫でることなく自然で、表出するようなことはない。

 通常、変化に対して違いを感じ取ることが出来なければ、インプレッションとしては落第であろう。だが、ベントレーがそうした劇的なスパイスによる変化を味付けとして用いることなどないことを、8年前のインタビューで思い出したのだ。

 高速道路や一般道を流すように走らせているだけで、フロントアクスルへ駆動が伝わっていることや、AWSが作動しているなどということが、ドライバーに気取られるようでは、ベントレーの美学に反するという訳である。

 つまり、気筒休止システムやエンジン・スタート&ストップ機能と同じく、ドライバーにその存在が分かってしまうようならば、ベントレーは採用しなかったに違いない。「ベントレーの顧客のみなさまは、それを望んでおりません」と。

●先代フライングスパーと、ことごとく違い、なにもかもが同じ

 地下の駐車場に停めたフライングスパーに近づくと、新しくなった「フライングB」のマスコットが妖しく光りながら自動でせり出してくる。マスコットは、インフォテイメントからコントロールして格納することもできるが、せっかくなのでせり出した状態で走行することにした。

 フライングスパーのドライビングポジションは、いわゆるスポーツカーのそれとは少しだけ違う。ボンネット先端のマスコットが見えるくらいまで、シートを高くするとちょうどよい。ヒップポイントを気持ち高く取ると、全長5325mm、全幅1990mmのけしてコンパクトとはいえないボディの四隅が掴みやすくなる。

 また、このマスコットを目印にすると、車両のセンターを掴みやすく、走行中に車線の真ん中をピタリとキープできることはもちろん、パーキング時にもスペースの真ん中にまっすぐ停める際の目標としても役立つ。

 衝突時には自動で格納されるマスコットは、正確に動作するために、各部品の公差はわずか0.15mm。こうした厳密な品質管理は、エンジンからシャシ、ボディパネル、インテリアとあらゆるところにまで行き届いている。そして、この精緻なつくりは、そのままフライングスパーの走りにも反映しているのである。

 市街地を周囲のクルマの流れにあわせて走っているとき、フライングスパーのW12エンジンはドライバーにその存在を積極的にアピールすることはない。助手席との会話に夢中になっていれば、フロントに収まるエンジンの存在など、ついつい忘れてしまいそうになるほどだ。

 これほど前席・後席ともにラグジュアリーで甘美な蜜に包まれるキャビンは、そうそうない。記憶にあるのは、初めて先代フライングスパーを運転したときに感じた印象に極めて近い。〈なにもかもが同じ〉と感じたのは、まさしくこのことである。

 しかも、フライングスパーは、ミュルザンヌが2020年に退役することが決まっており、その役割を担うことが決まっている。さらに、ショーファードリブンとしての洗練度に磨きがかけられていることはいうまでもない。

 しかし、アクセルペダルをさらに踏み込み、タコメーターの回転数が上がるほどに、W12エンジンは精緻にして大胆にドライバーにその存在をサウンドで伝えるようになる。フライングスパーが、ショーファードリブンからドライバーズカーへと切り替わる瞬間だ。

 新型フライングスパーのドライバビリティは、先代フライングスパーよりも構成しているメカニズムから、先行して発売されているコンチネンタルGTに近い感覚だ。これが、先代フライングスパーと〈ことごとく違う〉という印象につながる最大の理由だ。

 ドライブモードを「スポーツモード」へと切り替え、パドルシフトでトランスミッションをコントロールして走らせると、優雅なサルーンが一転して、ひと回りボディサイズが小さいスポーツセダンの様相に変貌する。「羊の皮を被った狼」、否、「馬の皮を被った虎」とでも喩えようか(しかも馬は、1トンを超え、英国王室騎兵隊のパレードにも使われるイギリス原産のシャイアーだ)。

 通常は後輪駆動であるアクティブAWDは、自らがリスクを負い、クルマと対話しながらコーナーをひとつひとつクリアしていく歓びを、ドライバーにもたらしてくれる。

 ただし、ベントレーの見識の高さが伺えるのは、ドライバーに全長5m以上&2.5トン以上の巨躯を運転していることを、きちんとに伝えてくれる点だ。限界を超えた先にいきなり断崖絶壁が来るのではなく、ドライバーは限界のポイントをフロントウインドウの先に見ることができる。その意味で、まさしくドライバーズカーといっていい。

 最新技術が作動していることはドライバーに伝えないが、ドライブする上で本当に必要な情報は、しっかりとドライバーに伝えてくれるのだ。フライングスパーは運転に集中できる、極めて類稀なリムジンである。

 しかも、極めて優れたグランドツアラーなのだ。ショーファードリブンとしてはもちろんのこと、スポーツセダンとして見ても、ONとOFFを切り替えてドライブを楽しむことができる。どうやら、ベントレーを選ぶすべての人の望みが、新型フライングスパーには詰まっているようだ。

* * *

●Bentley Flying Spur
ベントレー・フライングスパー
・車両価格(消費税込):2667万7400円
・全長:5325mm
・全幅:1990mm
・全高:1490mm
・ホイールベース:3195mm
・車両重量:2540kg
・エンジン形式:W型12気筒DOHCツインターボチャージドTSI
・排気量:5950cc
・エンジン配置:フロント縦置き
・駆動方式:四駆動
・変速機:8速AT
・最高出力:635ps/6000rpm
・最大トルク:900Nm/1350-4500rpm
・0-100km/h:3.8秒
・最高速度:333km/h
・公称燃費(WLTC):8.1km/L
・ラゲッジ容量:420L
・燃料タンク容量:90L
・タイヤ:(前)275/35ZR22、(後)315/30ZR22

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